第16話 通路で突進技はヤバい
放課後、戦場のような一日を終えて多くの学生がホッとして下校する中、私は今日一で波乱万丈なことになってた。
「エスメラルぅダぁあああ!!?
極刑っ、圧巻の極刑にいたしますわぁぁぁあ!!」
「落ち着けぇ!
エメっちに恋したわけじゃねぇって!
可愛いって思っただけだってたぶん!」
パールちゃんは剣を振り回すマリンネスタを全力で押し留める。
ぶっちゃけマリンネスタの中では修羅になるか首括るかの二択だろう。
そのやり玉に私があげられるのは、ほんととばっちり感半端ないんだが。
「まてぇ、緑チビぃ!!!」
「待てるかぁ!!」
廊下は走るな改め、廊下を斬るな!
剣撃乱舞の必殺技を前方に繰り出しながら爆速突進してくるマリンネスタは、さすがのラスボス。
「ちがうぅ、私バトル系のキャラ張る気はないんだって!」
マリンネスタの後ろから羽交い絞めの恰好で押さえてるパールちゃんが、じゃれつく猫の様に引きずられている。
「一旦っ、一旦落ち着いて話してみようっ、ね!!」
私は全力でマリンネスタに訴えかけると、ようやくその剣撃が緩やかに速度を落とす。
「おち……つく…?」
「そうです、話せばわかると思うんです!」
「そうっスよ、オレらも王子様に初めて会ったけど、
あの人結構惚れやすそうに見えましたよ、マリン様も行けますって」
「うんうん、プレゼントとか渡してデートとかしちゃえば!」
「あっ、オレおすすめの恋愛小説知ってます!
王子にプレゼントしてみたらどうっすか?」
怒涛の連係プレーでガンガンに攻めていく。
「王子様、……ああ王子様」
「そう、王子様もきっと!」
「王子様の前でもどしてしまいましたわぁ!!!!
みんな死ね死ね死ねぶっ殺すぅ!!」
「ひぎぇええーー!!
情緒っ! 終盤のジェンガくらい情緒が不安定だやべぇ!!」
まずいまずいまずい、廊下はこの先行き止まり!
あと一分も逃げ延びられない。
「ぬがぁ、パールちゃん何とかしてぇ!!!」
「やってんだよ、止まんねぇんだよ、ゴリラかこの人!!」
「ぴぎゃああっ、スカートの端っこ切れたぁ!!」
この先は階段もなくて一本道。
普段使われない校舎だから全部施錠されてて教室に飛び込むこともできない。
「窓から飛び降りるかぁ!?
いやここ三階だったぁぁぁーーー!!」
せめて一階で逃げればよかったと後悔してももう遅い。
最後のT字路を右折したらもう……。
「ぐわあああぁあっぁぁ! 行き止まりだぁぁ!!」
「追い詰めましたわよチビィィいいいい!!」
背中から聞こえてくる剣先の風切り音がじわじわと近づいてきた。
スカートがだいぶ切り刻まれ、背面だけミニスカになってる気がする。
一か八か窓に飛び込むか!?
そんな思考に心が揺らぎそうになっていた時、私たちの背後からさわやかな声。
「あれ、マリンネスタさん」
「ふぇ!?」
急に乙女な声を上げて剣を後ろ手に隠すマリンネスタ。
そう、耳に残るイケメンボイスは、見なくても王子のものだと確信する。
「おっ、王子様は、なっ、なんでこの場所に……?」
うわずった声でマリンネスタが質問すると、王子は楽しそうに笑う。
「ええ、ここなら人が少ないから囲まれないと先生に教えてもらいまして。
でも皆さん本当に仲がいいですね、楽しそうで羨ましいです」
このイケメンは何を見ていたんだろう。
あれが鬼ごっこに見えていたのだろうか?
亡者を追い立てる鬼みたいな構図ではあったけど。
「い、いえそんなことは、ねぇエスメラルダ?」
突然にこやかに私をハグしてくるマリンネスタ。
もうスイッチのオンオフが激しすぎる。
「あ、そうそう、マリンネスタさんに謝らなければならないことがありまして」
「あら、そんなことありましたかしら?」
唇に指を当てキョトンと首をかしげる。
さっきマーライオンしたくせになんでそんな顔ができるんだ。
「いえその、先ほどお食べになった肉が少々生焼けだったようで。
なんだかシェフが焼くものとは食感が違うとは思っていたのですが」
「え?」
…………そういや小説では王子にメシマズ設定を付けていた気がする。
すぐに上手くなっちゃったから忘れてたけど。
「申し訳ありませんでした!
高貴な女性にあのような失態をさせてしまったのは僕の責任です」
「いえっ、そんなそんな、顔を上げてくださいなダイナリー様!」
急な事態で私もよく呑み込めないが、どうやらマリンネスタがリバースしたのは王子のせいってことになりそう。
よかった、バカみたいに食べ過ぎて自滅したポンコツ令嬢はいなかったんだね!
「今回の事はあなたを深く傷つけてしまった。
そのお詫びとして、僕に何かできることは無いだろうか?」
私とパールちゃんはハッとして目を見合わせる。
まさかこれは!
「ウルトラビッグチャンス……」
「到来じゃねぇのか、これ……」
ランプをこすって願いをかなえるてきな。
七つのボールを集めてドラゴンに願うてきな。
そんなレベルの究極ビッグチャンス!!
「どうぞ、好きなことをおっしゃってください。
僕にできることなら何だってしますよ」
「あっ、あの、わたくしは……」
震える声で願いを口にするマリンネスタ。
王子に放ったその言葉は、私たちの予想とは大きく違っていたのだった。




