第15話 マーライオン
予め決めていた集合場所の空き教室には、すでにマリンネスタと王子が待っていた。
「ぶび、ばぶべんばべいぼーびばびばぶば」
顔をぱんっぱんに腫らしたパールちゃんは、それはそれは綺麗に敬礼する。
「惚れ惚れするような名演技でしたわね、エスメラルダ。
誰も彼もがあなたの姿に釘付けでしたわよ」
「演技じゃないっス、素ですあれ」
私は明確な否定を交えて首を横にぶんぶん振り乱す。
そんな私たちのやり取りを見て、安堵した様子の王子が口を開いた。
「いやぁ、本当に助かってしまったよ。
僕もあんな事態になるとは想定してなくてね、まだまだ勉強不足だ」
「あぁダイアリー様……、そんなことはありませんわ。
ダイアリー様は何も悪くない、全部この学園の落ち度ですわ」
いや学園はちゃんと対策を進めようとしてたはずだし、それをぶっちぎって勝手に編入をメッチャ早めた王子が全面的に悪い。
第一、私の小説ではこんな大混乱イベントなんて起こってないんだよ!
「ひとまず学園長をクビにしましょう」
「やめてあげて」
さらっとぶっ飛んだことを言うマリンネスタ。
学園長なんて王子の件でも冷や汗ダラダラだろうに。
「それにしてもようやく一息つけるよ。
あの様子じゃ、きっとまともに食事もとれなかっただろうからね」
「ああ、まだだったんですかお弁当」
疲れた様子で弁当箱を開く王子。
つい覗いてしまった中身は、豪華ではあるが贅を尽くしてるというほどでもない。
王族の食事というものも、案外こういうものなのだろうか?
「いやぁ、お弁当というのは初めてでね。
シェフに教えてもらって作ってみたんだ」
「手作りかい!?」
途端に料理のグレードが六段階くらい跳ね上がる。
人気沸騰中の超絶イケメン王子様が丹精を込めて自作した特性お弁当。
これを食べたい女子を集めれば国ができるぜ。
「へ……、変だったかな?
学園というのはみんなでお弁当を食べるってお父様が言っていたんだが」
王様は何を吹き込んでんだ!?
こんな弁当、スラム街に置かれた札束より無防備!
欲しいものは何でも手に入れてきた貴族令嬢たちの中に、とんでもねぇもん放り込んでくれたなぁ!
目の前にある一食分の小箱一つでウン億の値が張ることは必至。
「パールちゃん」
「おう、超やべぇ」
もしこの現場を、学園内にうろつく令嬢たちに見つかればどうなるか。
それはまさにゾンビ映画ばりの地獄絵図。
「おっ、王子様食べてっ、早く食べてください!!」
「え、でも君たちは?」
「もう食っちまいました、だから早く食ってくれ!!」
全力で急かす私達。
だが大事なことを失念していた。
そう、この場には一人ゾンビ側の人間が紛れ込んでいることに。
「王子の……おべっ、おっ…おべべ!!」
「おべべじゃねぇっ、引っ込んでろ!!」
「マリン様っ、今度こそもんじゃになりますよ!?」
完全に顔が豹変したマリンネスタは、王子のお弁当に飛びつこうと必死だ。
手足をがちがちに拘束する私たちを今にも振りほどきそうな馬鹿力。
この部屋の外ではほかの令嬢もこんなふうになるかもしれないと思うと背筋が凍る。
「マリンネスタさん、もしかしてお昼足りなかったんですか?
でしたら、一つ差し上げますね」
なんと王子はよりによって、肉の揚げ物的なおかずを弁当箱の蓋に乗せて差し出す。
「あ……あぁ、ありがとうございます、王子様ぁ」
マリンネスタは王子の持っていた予備のフォークを借りて、結構腹に溜まってしまいそうな一品を一口。
「あぁ、ひあわふぇ……」
このお弁当のおかずをタッパーで分けてもらえないかなぁ。
多分適当に餌付けすれば完封できるわ、このラスボス。
「へいマリっさん、大丈夫か?」
背中をさするパールちゃんの呼びかけにそっと首を振るマリンネスタ。
当然胃袋内がパンパンのギッチギチな彼女は、青い顔でもぐもぐしたまま俯いている。
きっとあれは味わっているわけじゃないだろう。
「王子様、こんなこと言うのも失礼かもしれないですけど、もうお弁当は持ってこないでください、死人が出ます」
「えぇっ、お弁当ってそんな危ない物だったのかい!?」
「はい、これを人は弁当戦争と呼びます」
「エメっち、嘘を教えてんじゃねぇ嘘を」
こうして手早くお弁当を完食した王子様は、一息つくと弁当箱を鞄へと戻す。
ちなみにマリンネスタはまだもぐもぐしてる。
「マリン様ぁ! 気合いだぜ!
乙女の尊厳を気合で守れっ、ファイトォ!!」
パールちゃんは親切心でお腹に響きそうな声を出す。
ぶっちゃけやめてあげてほしい、普通にかわいそう。
「ねぇ王子様、ちなみになんですけど。
今回の騒動から王子様を直接救い出したマリンネスタ様の事、どう思ってます?」
昼休みももうすぐ終わる。
私はひとまず王子の心の内を聞きたくて、直接問いかけてみた。
「うーん、そうだなぁ……」
王子は少し考えるそぶりで目をつぶる。
そして思い出すようにポンと手を打った。
「マリンネスタさんも凄かったけれど、僕を助けるためにあそこまでしてくれたエスメラルダさん。
僕にはあなたの事が、とても魅力的に感じました」
「ヴぉえええぇぇぇええぇぇぇぇ………!!!!」
「あ、出た」
ショックで乙女の尊厳をすべて口腔から噴き出すマリンネスタ。
そのマーライオンもびっくりの威風堂々たる放出は、ただ一つの事実を突き付けてくるのだった。
王子をマリンネスタに惚れさせよう大作戦、失っ敗!!!




