第14話 飛ばすな、私を
「みんな王子に目が向いてるからいけないんだろ?」
「うん」
「もっとびっくりすることが起きればいいんだろ?」
「まぁうん?」
「エメっちが空を飛べば皆はビックリするわけじゃん」
「んーー、うん?」
「つまり空を飛んでもらいます」
「わかんない」
屋上に連れてこられた私は、背中に羽飾りと天使の輪を装備。
よくわからん材質のワイヤーを腰に括り付けられ、スタンバイ完了。
「てなわけで、行ってらっしゃい」
「ちがうじゃん!!?」
確かにさっきまでは、借りてきた猫みたいに大人しく聞いてたよ!
無抵抗でされるがままワイヤー巻きつけられたよ!?
でもちがうじゃん!
「ちがうじゃん!!」
「もうおせーぞ、マリン様教室前でスタンバってるし。
あとはお前が注目浴びて一躍スターになってる隙に、王子様ゲットだぜ!」
「スターじゃない!! スターじゃないよこれ!?
ただのバカっ、行動力のある目立つバカだよ!!!」
「はい、行ってらっしゃーい」
キャイキャイ喚き散らす私の背中は、無造作に押し出される。
一瞬の浮遊感が全身を心地よく包んで、ああ、飛んでるんだなと不思議な心境に………。
「なるかブァァーーカッッ、落ちとるわぁぁーーー!!!」
近づく地面! 耳を傷める風切り音! 困惑する脳みそ!
全部ひっくるめてパールちゃんのバァカ!
「ぬがぁあああぁぁああっ!
ぱぁぁーーーるぢゃんぶっどぶぁぁーーずぅっ!!!」
喉の奥からの叫びは校舎中にジンジン響く。
そしてワイヤーが限界点に達した時、私のお尻が悲鳴を上げる。
「ひんぎぬぅ!!!」
ゴムじゃなくてワイヤーの為、あんまり伸縮性はない。
いや多少はあるから今こうして生きてるんだけど。
「お尻が三つに割れました」
窓から覗く人たちの悲鳴に返す、私の最初の返事がこれでした。
「エスメラルダちゃん!!?」
「えっ、ちょ、何やってんの!?」
「私が聞きたいわ……」
絶望と痛みとそれなりの恥ずかしさが募ってるのに、なぜか背中の羽は自動でパタパタ羽ばたいて最低限の天使感を演出する。
なんで小道具無駄に凝ってんだよ。
「あの、助けてくんない?」
しかし妙に窓から離れたところでふよふよしてるから、窓から手を伸ばしても届かなそう。
「ちょっ、ちょっと待って、棒! なんか棒持ってきて!」
「えっ、これどっから吊るされてんの!?」
「おーい、女子が飛び降りたって!」
「うっそ、エスメラルダさん!?」
「なに、体張ったコスプレ?」
「すげぇ、パンツ見えそう」
「こっち見てみろよ、すげーもん飛んでるぞ!」
「エスメラルダちゃんはしゃぎ過ぎー」
本気で殺してくれと思ったのは、人生で初かもしれない。
あと今パンツ見ようとした男子、顔覚えたかんな。
「ぬぉおおおつ、殺せぇ!!
せめて降ろせぇ!!
あと背中のパタパタ止めろぉ!!」
騒げば騒ぐほど、もがけばもがくほど人が集まってくる。
なんて見世物だろうか、動物園のチンパンジーの方が人権が尊重されている。
「えっ、エスメラルダちゃん棒! これ棒!!」
クラスの女子が私を助けるために、角材を窓から延ばす。
「メシア!! マジで救いの神!!
あなたのこと今日からミカエルって呼ぶわ!!」
「ふざけたこと言ってないで早く掴まっ……あ」
私が手を伸ばした瞬間、目の前の景色が上昇する。
……いや私が下がったんだわこれ。
「パールちゃんてめぇええぇぇぇえぇ!!!」
地味な嫌がらせで救済を阻止される。
ぷらんぷらんとその後も無様に醜態をさらし続け、途中からまな板の魚の様にビクンビクン跳ねていた。
多分十分な時間を稼いだのだろう。
というか多分上の操作で遊ばれてた可能性が高いのだけれど。
「終わったのか?」
復活の儀式が済んだ魔王のような声が出る。
久しぶりに感じる地面の感触に足をなじませると、目の前にはにこやかなパールちゃん。
「よっ、お疲れ!」
「エスメラルダ式、メガトンドロップキック……六連!」
雷のような俊足の動きでパールちゃんをめった蹴りにする私は、多分人生で最高潮に戦闘力が上昇していた瞬間であった。




