4.男2女1の幼馴染同士で嫉妬してしまうあるある②
迎えた陸上大会。これまで何度か睦月に例の理由を尋ねたが、案の定上手く躱されたため一旦諦めて、ある目標への指標を考えていた。
その目標とは奈々と二人きりで話すこと。
オレは奈々に対して恋心を抱いていた。それ故に、その目標は自身の内面的圧力のせいで、なかなかハードルが高いものとなっていた。
外野からすれば、「イケメンがビビってんじゃねーよ。そんな目標くらいで」と思うだろうが、恋心を寄せる相手もまた最高クラスのグッドガール「Sランクガール(SG)」であるのだ。よって、怯えないのも無理な話だ。
また、その恋心は現時点では、そこまで大きいものでは無いが、小学校時代からの積み重ねと運命を感じる再会によって「輝きあるもの」となっていた。
今後もそんな奈々に対する、その実体の無い何かにオレは強く惹かれ、引きつけられていくことになる。
それでも、奈々と二人きりで話すという目標は当初、簡単に達成できると考えていたが甘かった。
まずクラス単位で待機するテントがあるのだがその配置が辛い。
陸上大会が開催される競技場はメインスタンドとバックスタンドがありメインスタンドは主に3年生が利用する。1、2年生はバックスタンドを利用するのだが全面芝生となっている。そのため休憩用のテントが仮設されるのだが、端から1年A組、B組、C、D、E、F、G、H、2年A組、B、C、D、E、F、G、Hという順で設置されていく。
これにより、オレはH組で奈々はB組のため出向くにはなかなか距離がある。
一応人気者であるオレは、様々な理由から長い時間このテントを離れる訳にはいかないため、抜け出すタイミングが難しい。それに二人きりになるタイミングが難しいのには他にも理由がある。
求の存在だ。アイツも人気者であるため多くの時間はクラス内に居るだろうが、A組であるためむしろオレよりも奈々に会いやすい。
案の定、求と奈々はレースを見ながら二人で話していた。それを嫉妬の目で見るオレ。
「むっちゃんどうしたの?遠くの方を見て?」
話しかけて来たのはもう一人のむっちゃん、睦月。普段は決して見せない、すごくニヤけた顔でオレに話しかけてきた。本当、キャンプ部の歓迎会以降、オレに突っかかって来るよな。
「いや、何でもないよ。てかむっちゃん言うな。誰かに聞かれたら面倒くさいから」
「いいじゃん別に。どうせ誰にも聞かれてないしさ。それより誰か探してたの?まさかストーカー?」
「そんなことするかよ。睦月の方こそオレに何の用だよ。普段教室では話しかけて来ないくせに」
「エイト・・・・・・むっちゃんが一人で遠くの方を恨めしそうに見ているから気になって」
「いや、一々言い直さなくていいから。そういえばいい加減その呼び方の理由教えてくれない?」
「そっちが遠くを見ていた理由を教えてくれたら教えてあげる」
「はぁー。またはぐらかすのかよ」
そんなやりとりのなか午前のレースは終了した。
結局、午前中はオレの出場する200mの予選やクラスメイトとの馴れ合いで奈々と二人きりになるチャンスは訪れなかった。
「ぶーちゃん凄い!」
叫んだのはGG市川奈央。伊藤の殊勲の勝利にクラスメイトでもないのに周りを気にせず喜んでいた。勿論友人として。
「伊藤君って体力あるんだね。どうしてプロレス同好会に入ったのかな?またサッカーやればいいのに」
睦月がそんな疑問をオレに問いかける。
「元々伊藤は800mが得意なんだよ。中学時代は確か関東大会までいったかな。今回も新記録狙いでここ1ヶ月相当走り込んでたらしい」
「そうなんだ。でもあれだけのスタミナがあるんならサッカー部に入って欲しいな。きっと活躍出来るよ」
伊藤が今回どれだけの決意をもって走り込んでいたのかオレは知っている。お前のためだよ、睦月。お前にかっこいいところを見せたくて頑張ったんだよ。果たして伝わっているのだろうか。
疲労困憊の伊藤がオレ達に気づいた。ガッツポーズを決めている伊藤は不思議とカッコ良く見えた。
「イェーイ。ぶーちゃんイェーイ」
クラスが違うのにはしゃぐGG市川。お前らノリが合うから付き合えばいいのにな。
伊藤のレース後、今度はオレの出場する200m決勝が近づいていた。予選通過は特に意識していなかったが、オレはオレでかっこいいところを奈々に見せたかったため頑張った。そして、決勝が終わったら今度こそ奈々に会いに行こうと心に決めていた。
1回のフライングのあと2回目のスタートは全員成功。7レーンのオレは遠心力で外に振られながらも何とか序盤のリードを保って直線に進入。最後は二人に差されて3着で入選。
まあそれなりの結果だし面目は保たれて満足だ。
だがしかし、このまま満足感に浸っている余裕はない。次に行われるレースは1500m。求が出場するのだ。オレは求が出場するこのタイミングを狙って奈々に会うと決めていた。
B組に向かおうとバックスタンドへ行くところで予想外の声で呼ばれた。
「エイトー。3位入賞おめでとう。短距離早かったんだね」
振り返った先にいたのは奈々。まさか向こうから来てくれるとは思わなかった。喜んでいる奈々を見れたことに心の中でガッツポーズした。
「まあそれなりの結果で良かったよ。優勝すればカッコ良かったけど」
意気揚々としていたオレだがその気持ちが奈々にバレないよう、淡々としたセリフで平静を装う。
「私が出る800mはこれからだからちゃんと応援してよね」
「勿論。1年生にしてサッカー部のエース候補なんだろ?ここで無様なレースしてはいけないよな?」
「わかってるよー。絶対優勝して先輩達に認めてもらうんだから」
やはりというべきか奈々と話しているこの時間は心地が良い。オレはこの勢いで奈々を遊びに誘おうと決めていた。勿論二人きりで。奈々との時間を他の人間と分散するなんて御免だ。時間が無駄になる。
「そういえば、次は求が1500mに出るよね?一緒に応援しようよ!」
二人きりになる理由がイマイチではあるものの、この時間を無駄には出来ないと感じたオレは躊躇わず賛同し、一緒にレースが良く見える場所へと移動した。
「求のレースを見るのはいいけど自分のレースも近いんだろ?いいのか?ウォーミングアップしなくて?」
「見終わったらすぐやるよー。じゃあエイト一緒に付き合ってよ」
いや、オレ200m全力で走った後なんだけど。と愚痴を言おうと思ったが奈々と一緒にいるのは全くもって悪くないので了承することに。
「わかったよ。その代わり絶対優勝しろよ」
「もちのろんだよ。それよりも今はとにかく、求の応援だよ!」
1500mがスタート。求は軽快に先頭集団に取り付く。2周目に先頭に立ちそれ以降は完全に一人旅。余裕の一着フィニッシュだった。
「求〜。やったねー!大楽勝じゃん!」
ゴール近くで歓声を上げる奈々。その喜びを見て、求が羨ましくなったオレは奈々にウォーミングアップを促す。
求の勝利の余韻に浸りたかった奈々であったがオレの真剣そうな顔を見て従ってくれた。
オレは奈々にはこのレースに勝ってほしいし、先輩に陰口を言われないくらいの「新エース」たる資質を示してほしいのだ。
ウォーミングアップ中は奈々に程よい緊張感と平静さを持たせるために高校サッカーの話題であったり、最近話題の偽サイドバックが上がった際のFWの動きについて話した。何処ぞのトレーナーかよオレは。
「だいぶ体が温まってきたからここでエイトから闘魂注入を頂きたいと思います」
いい感じに体が温まった奈々はオレに気合いを入れて欲しいと頼んだ。
「いや、体ほぐれたんだからいいだろ?そもそも何すればいいのさ?」
「そりゃ勿論、手のひらで背中をパンと叩くヤツ、根性焼きだっけ?」
根性焼きはヤーさんのケジメとかで使うヤツだよ。てかよく知ってたな。
「根性焼きは絶対違うぞ。それはともかくそんなに気合い入れて欲しいのか?」
「うん!気持ち的に上がるんだよね。それにエイトに叩いてもらったらその分頑張れるし」
そこまで言われたら女子に手を挙げたことの無いオレでもしない訳にもいかない。
それなりの力加減で奈々の背中を叩くオレ。叩いた後にやり過ぎたことに気付く。
「痛ッターイ!エイト本気で叩きすぎ!でもすっごい力が湧いてきた。ありがとね、エイト」
「あぁ。オレの残りの体力全てと念を奈々に送ってやったぞ」
「念ってなに?じゃあ行ってくるね!」
笑いながら待機所に向かって行く奈々の動きは先程よりも軽やかに見えた。翼を授けられたかな。