1.鎌田エイトのミドルネームがアリスってなんかカワイイよね②
日本に来てからのオレは障害という障害もなく、とんとん拍子でここまで来られたからな。むしろこの容姿と頭脳のおかげでフランスにいた頃から大きな上昇カーブを描いて今日に至る。
父はオレと妹のレイを連れ、日本に渡った。母を失ったオレとレイにとって、環境を変えることが重要であると父は考えたのであろう。それはフランスで友達ができなかった当時のオレにとってもプラスであったし、後の人生において大きな転機となった。
日本で暮らしてからのオレは何の不自由なく友達を作ることができたし、別れてしまったが彼女もできた。まあその子とはうまくいかなかったのだが。というか価値観が違ったり相手のマイナス面が見えたりして続かないのは、この年代の若者には良くあることだろう。
冒頭の会話のように、その後も告白されたりしたが、面識の少ない相手では付き合う気にはなれなかった。付き合うことにより、自分とその周りの空気感が変化していくことで、自分にとっても相手にとっても居心地が悪くなることをオレは恐れたからだ。別に釣り合う、釣り合わないを意識していたわけではない。いや、多少は思っていたか。
とにかく毎日が平穏で些細なことすら起こらない、そんな環境をオレは自然と求めるようになっていた。
過去のトラウマをそう易々と払拭できるはずなんてない。しかし、フランスと日本における環境の違いが自分自身の心境や性格にまで影響を及ぼすことをオレは想像もしなかった。
フランスで出会った少女の言葉もいつしか忘れてしまっていた。もはやあの頃とは全く違う自分。周囲に対して良く見せようとしてしまう、学校内で常にトップ層にいるためには自分の本心を隠滅し、「高評価」しか求めない、そんな【偽善者】としてのオレ、鎌田エイトはこの地に馴染んでいる。
私立・藤城学園高等学校。世間でいう「お金持ち進学校」にオレは今日から通い始める。
桜の花びらが剥がれては舞い上がり落ちていく。
学校の校門を通ると部活動の生徒達が新入生を歓迎している。何処にでもあるよく見る光景だが、自分も高校生になったのだと実感が湧く。
校門を抜け、しばらく歩くと聞いたことのある声で呼びかけられた。
「エイト!こっちこっち!」
呼んだのは伊藤信太。オレと同じ中学で部活も同じサッカー部。オレにとっては数少ない「良い子ちゃん」ぶらないで済む人間だ。その伊藤が知らない女子二人と会話しているなか、オレを呼んでいる。容姿に関して、一人が中の下、もう一人は下の上といったところか。
「今日からまたよろしくな、エイト」
伊藤はオレと軽く話した後、自分達の関係をその女子二人に話す。どうやら二人のうち一人、中の下の方が伊藤と同じ小学校だったようで久しぶりの再会らしい。
「はじめまして、鎌田エイトです。よろしくね」
とりあえず笑顔で何の当たり障りも無い挨拶をすると、伊藤の知り合いである女子がオレに話しかける。
「エイト君って言うんだ〜よろしくね!早速なんだけどLINE交換しよ!」
変に交換を拒否するのも印象を悪くすると思ったオレは素直に交換に応じる。隣の女子もここぞとばかりにスマホ画面をオレに向けた。
「さてここで問題です。エイトはフランス人とのハーフですがミドルネームは何と言うでしょうか?」
伊藤が突拍子もなく、こんな解りっこもない問題を出す。
「そんなの解らないよーヒントちょうだい!ってかフランス人とのハーフかっこいい・・・・・・」
何だか目を輝かせているんだが。この感じなんか嫌だなと思いつつ似非笑いをしていると、伊藤がヒントを出し始めた。
「ヒントはねー不思議の国の・・・・・・」
「アリス!」
伊藤とその女子がお互いの人差し指を相手に向けながら沸いている。なに人の名前で楽しんでんだよと思いながらも、笑顔でその輪の中にいるオレも何だかなーと思っていると一人の男子生徒が近づいてくる。
「君、もしかして鎌田エイト君?」
傍から見ても明らかなイケメンが何いきなり話しかけてくるんだよと思いながら、相手の顔をしっかり認識すると見覚えのある表情がそこにはあった。
「もしかして・・・・・・キュウ?常和求!?」
「そうだよ。久しぶりだね、小学四年生以来だっけ?」
「確かそれくらいだよな。いきなり話しかけられてビビったわ」
「アリスか何か聞こえたから気になって来てみたんだ。エイトと同じ高校だなんてホント嬉しいよ」
オレと求のイケメンによる運命的再会を周囲がキョトンとしながら見ているなか伊藤が切り出す。
「エイトお前こんなイケメンとも友達かよ。ホント羨ましいぜ。こりゃ周りの女子たちが湧いてくるのが今から想像できるわ」
「ぶーちゃんの言う通り二人ともすんごいイケメンだね。エイト君、求君、私たちと絶対仲良くしてよね!って湧いてくるって何なのよ!」
苦笑いを浮かべるオレとは対照的に求は、
「もちろん、高校入って初めて話した仲なんだからずっと仲良くしようね!」
と、相変わらずイケメンな発言をした。というか求の場合はこれが明らかに本心なのだからマジ鬼に金棒だよ。ここまでの発言、オレでは咄嗟には言えないぞ。
小学生の頃共に過ごした四年間で、求の性格は幼いながらに理解したつもりだ。物事に対して妥協しないところや自分の意思がブレないところ、それでいて相手に対する思いやりも持っている。小学生でこんな奴早々いない。
きっと両親の教育がしっかり行き届いていたのだろう。確か父は政治家だったはずで中々家に帰れなかったようだから求の根本を支えていたのは母親の方だ。何度か会っているがとても優しくメリハリも持った人物である記憶がある。
そんな両親に育てられ今の求がある。きっと転校してからも変わらなかったんだろうな、良い意味で。
いつの間にかオレたちの周りには小・中の同級生たち(たぶん)が溢れていた。我ながら高校入学早々リア充感半端ないな。
「あれ、もしかしてエイトと求!?」
一人の女子生徒がオレと求に話しかける。上の中。大きな瞳で明らかな美少女。そしてその笑顔にオレと求だけでなく周囲の男子、更には女子までもがうっとりしてしまった。少なくともオレと求は彼女のこの雰囲気、このオーラを知っていた。
「そうだよ。もしかして、奈々?」
求が答えると彼女は満面の笑みを浮かべる。
「うん!よかったぁー覚えていてくれてホッとしたぁー。おんなじ高校だなんて、また昔みたいに遊ぼうね!」
「もちろんだよ、奈々。そういえば今もサッカーしてるの?」
求と奈々、時折混ざるオレの言葉のやりとりに周囲はただ聞き入ることしかできない。オレたち三人の関係、というかオーラが強くて介入できないといった感じか。何言ってんだオレ。
そんなオーラをじっと見つめ笑みを浮かべながら通り過ぎる一人の女子生徒にオレや周りは気づかなかった。