1.鎌田エイトのミドルネームがアリスってなんかカワイイよね①
〜回想〜
フランスのシャンティイという街に鎌田・アリス・エイトは日本人の父、フランス人の母、妹の四人で暮らしていた。
幼き日のエイトは一人寂しく、サッカーボールを壁に向かって蹴っては跳ね返ってくるボールを受け止めることの繰り返しを続けていた。
「ねえ、一人でボールなんて蹴っていて楽しいの?」
一人の少女がエイトにフランス語で話しかけた。その少女の綺麗な容姿にエイトは一瞬見惚れ、話しかけてくれたことに嬉しさが込み上げてきつつも、平静さを装いながらフランス語で切り返した。
「楽しくはないけど、一緒にサッカーしてくれる子がいないからこうしてるだけだよ」
エイトは無表情でこう答えた。日本人とのハーフということで、物心つき始めた同世代の周りの子供達はいつしかエイトを避けるようになっていった。一種の人種差別である。この頃のエイトはこういった差別への認識を持つには幼すぎたため、何度も近所に住む子供達に話しかけるがいつしか仲間外れにされてしまっていた。
「だったら私としようよ。私もサッカー好きなんだ」
思ってもみなかった言葉に驚いたエイトが返事するのを少し躊躇った隙に、その少女はエイトからボールを取り上げると、
「あっちに広い野原があるからそこでサッカーしよ!」
と、言われるがままにその少女に連れられその場を後にする。これがエイトと少女との楽しいひと時の始まりであった。
エイトと少女は週に5日くらいは一緒に遊んでいた。主にサッカーボールでパスをしながらのコミュニケーション。そのほかにも昆虫採取や木登り。フランス・パリから離れたこの少し離れた街は自然豊かで外で遊ぶにはもってこいの環境であった。
「×××。今日は何して遊ぶ?」
エイトが少女に話しかける。いつしかエイトと少女は互いに名前で呼び合っていた。
「今日はエイトのお家に行ってみたいな」
少女のその言葉にエイトは戸惑いの表情を見せる。
「来てもいいけどあまり騒げないんだ・・・・・・」
この言葉に少女は不思議な顔で理由を尋ねた。
「実はお母さんが病気で家にいるから、あまり友達を連れて行くのはちょっとね・・・・・・」
それを聞いた少女は申し訳なくなり、エイトの家に行くことを諦めようとした。しかし、エイトは少女を家へ連れて行くことにする。エイトが友達を連れて行くことで、母が笑顔になってくれるとそう感じたからだ。
「ただいま、お母さん。実は今友達が来ているんだけど、家で遊んでも大丈夫かな?」
エイトがそう告げるとベッドで読書していた母親は笑顔で、
「そうなの?もちろんいいわよ!エイトが友達を連れてくるなんて久しぶりだから、お母さんとびきり美味しいクッキーを焼いてあげるね!」
そう言ってベッドから起き上がると少女をリビングへ招き入れ、意気揚々とキッチンでクッキーを焼き始めた。こんなウキウキな母親を久しぶりに見たエイトは、嬉しくなると同時に病気の母に負担をかけることへの後ろめたさも幼いながらに感じていた。
「×××ちゃん。これお土産のクッキーね。パパ、ママ、家族みんなで食べてちょうだい」
エイトの母は少女の帰り際に綺麗にラッピングされたクッキー入りの袋を渡し、笑顔で手を振った。
「エイト、また×××ちゃんに来てもらってね。お母さんいつでもお菓子作ってあげるから!」
エイトの母は満面の笑みを浮かべてこう話したが、少女がエイトの家に来ることはもう無かった。
数日後のある日、いつもの待ち合わせ場所にいた少女は悲しい表情を見せていた。
気になったエイトはどうしたのか尋ねると、少女はこう答えた。
「来週にアメリカへ引っ越すの。今まで黙っていてごめんなさい」
どうやら伝える機会はあったものの言えずに時が流れてしまったようだ。先日、引っ越す前に一度エイトの家にどうしても行きたかったのはこのことが理由の一つでもあった。
落胆するエイトの様子を見ていた少女は英語である言葉を口にした。
「You can do it!(君ならできる)」
エイトと少女はこの数か月の間でお互いのことを話していた。エイトは日本人とフランス人のハーフで、最近近所の子供たちから避けれていることを口にしていた。エイトが落ち込んでいたり消極的な姿勢をとるたびに、少女は英語で「You can do it!」と励ましていたのだ。
少女はアメリカ人で、親の仕事の都合でフランスに2年間滞在していた。今までは幼いながらも覚えたてのフランス語でエイトと接していたのだ。それでもテンションが上がるなど感情的になる場面では英語を使用していた。この「You can do it!」は彼女の口癖でもあったが、英語のわからなかったエイトにとっては自身を勇気づける【魔法】の言葉であった。
小一時間経ち、少しずつ元気を取り戻したエイト。
「×××と出会ったことでとても勇気と元気をもらった。だから×××がいなくなっても僕は友達を作ってみせるよ!だから気にせずアメリカへ行くんだよ」
エイトの少し気張った笑顔に戸惑いはあったものの、少女は笑顔で旅立っていった。
〜回想終わり〜
「あれから色々あったよなー。おかげで人との付き合い方には慣れた。今日からの高校生活も今まで通り上手くいくに決まってる」
オレのこの言葉は決してポジティブなものではない。
少女が引っ越した後、オレは勇気を出して近所の子供たちを遊びに誘った。
何度断られても誘った。
母親が亡くなった。
心が壊れた。