アンドロイド・ガールとスペースシャトル
「宇宙に行きたいのでス」
「……はあ」
突然そう言われてもどう答えたらいいのかわからない。十分な間をおいたのだし気の利いた言葉を言えたらいいんだろうが、やっぱり意味がわからないことには間抜けな返事しかできない。
「ガラクタ、たくさん欲しイ」
そう言って目の前の少女はガラクタの山を指差す。それを基にスペースシャトルでも作るのだろうか。それとも壊れた左腕を直すのだろうか。
「いいけど、どうやって持ってきたらいいの」
ここは夢の世界。私の夢の世界。この何もない月面に新たなガラクタを持ってこいだなんて。
「次に会いに来た時、ガラクタ持ってるはズ。お願イ」
そう機械の少女――私と瓜二つのアンドロイド・ガールは私の右手を握った。
「なーち。一緒に帰ろう」
左肩に手を添え、学校一のイケメンは私に微笑む。その笑みのお零れを浴びた女子たちがクラクラと倒れていく様子が視界の端に映った。
「遼平くん」
添えられた指に力が入る前に、私は彼のほうを向いて微笑んだ。表情を作るのだけは昔から上手かったから、きっと気づかれていないはず。
「母さんがケーキを大量にもらってきたんだけど食べきれなくてさ。よかったら手伝ってほしいんだけど、今日大丈夫?」
今、おじさんもおばさんも海外にいるのに?
よっぽどそう吐き捨てたかったけれど、微笑をキープする。
「それならお邪魔しようかな」
――ああ、今日もか。
私と篠原遼平は恋人同士で――私と彼との間には大きすぎる溝がある。
「持ってきてくれて、ありがとウ」
アンドロイド・ガールはそう言ってぎこちなく笑った。私の左手にはガラクタが握られていて、どうして持っているのかわからなかったけれど考えても仕方がない。夢なのだから。
「あなたはこれを使って、何を作るの?」
「ここから飛び立つのでス」
そう言ってこの前も見たガラクタの残骸を指差す。やはりあれはスペースシャトルなのか。
「飛び立ってどこへ行くの?」
「ここじゃないどこカ。どこでも変わらなイ。ここから出ることが目的でス」
「……何それ」
アンドロイドなのに計算しないのか。そう思うと何だかおかしくて笑ってしまった。そんな私を見てアンドロイド・ガールは首を傾げる。それから平坦な口調で「またよろしくお願いしまス」と言って頭を下げた。何故か努めて平坦に言ったように感じて私も首を傾げた。
「奈智。起きたの?」
甘い声に起こされる。どうやら寝返りをうとうと身じろぎしたのが、起きたと勘違いされたようだ。
「……おはよう、遼平くん」
時計を見ると夜の八時。こんな時間まで寝てしまったのか。
「私、そろそろ帰るね。お母さん、心配するし」
「奈智」
ベッドから降りようとする私を後ろから抱きしめ、また甘い声で私の名を呼ぶ。こみあげてくる拒絶の言葉を飲み込み、代わりに私は彼の名を呼んだ。
「遼平くん。私たちはまだ高校生なんだよ。保護者の許可なしで、あまり頻繁に泊るものじゃないの」
「はあ……早く卒業したいね。そしたら」
正式に籍を入れられるのにね。
そう耳元でささやかれ、パッと彼は離れた。
「今は我慢するよ。せめて家まで送らせて」
私がアンドロイド・ガールの夢を見るのは週に三度というところだった。夢を見るたび私は何かしらのガラクタを持っている。時には新品のように、時にはどうにもならないスクラップのように見えるそれを、アンドロイド・ガールは嬉しそうに受け取る。そして、悲しげな顔をする。
「あとどれくらいで完成するの?」
「わからなイ。ただ、アナタの気持ちしだイ」
「何それ」
私の気持ち次第ってどういうことだろう。応援する力が足りない、とかかな。
「……早く、月から脱出したいね」
そう告げると、アンドロイド・ガールは私の右手を握った。
「二人一緒、でス」
「奈智」
遼平くんの声に起こされる。首を左に傾けると少し眉をひそめた彼が私の顔をじっと見ていた。
「うなされていたけど、大丈夫?」
うなされていた? そんなわけはない。嫌な夢じゃないんだから。
「夢を見ていただけ……寝言で相づちうってたのを、うなされてると勘違いしたんじゃない?」
「夢? どんな?」
より眉間にしわがよったのを見て、やってしまったと後悔した。彼はひどく嫉妬深いのだ。
「――月面を一人で散歩する夢だよ。他の人は誰もいなかった」
「……そっか。じゃあ今度は、一緒に散歩したいね」
ようやく安心したのか、私を包み込むように抱きしめた。苦しいよ、と言った後に微笑んでキスをするのが恋人なのだろうけど――私は苦しいよとしか言えなかった。
何かと正当な理論武装で魔王城から撤退した。帰宅してすぐにシャワーを浴び、夕飯を温めて食べる。夜勤だからと作っておいてくれたカレーはひどく甘かった。
「月、かあ」
そういえばどうして月なんだろう。ウサギはいないけど、クレーターがたくさんあって、地球は青かった――なんてセリフが言えるくらいには近くに地球があった。だからあそこは月なんだろう。
夢には深層心理が表れるというけれど。夢占い、月、宇宙で調べて似たようなものがないか調べてみた。多少異なるが、「月に行く」夢は「環境や人間関係が新しくなる」。「宇宙船で別の星に行く」夢は「新たな価値観に気付く」らしい。
私そっくりのアンドロイド・ガールはどうなりたいのだろう。そう思いながら食器を洗っていると、ポケットに入れていた携帯が振動した。水を止めて手を拭き画面を確認すると、一気に気分が落ちた。遼平くん。私にあなたを想う気持ちはないの。
ああ、そういえば――アンドロイド・ガールの夢を見るのは、いつも遼平くんと寝た後だ。
一方的な愛をぶつけられるだけの時間。きっと今は丁重に扱ってくれているんだろうけど、私が応えなかった途端にひどく思い楔になるのだろう。
所謂ヤンデレというやつなのだろう。変なフィルターを私にかけて、自分の愛を正当化したいだけにしか思えないのだけど、世間ではある程度支持されている属性なのだろう。
向けられる側の気持ちを考えろ。実際に欲をぶつけられる気持ちを考えろ。そう思うも思うだけで、誰に言えばいいのか分からない。
――彼女なら聞いてくれるかな。
少しずつ遠のいていく視界の隅に彼の顔が見えた。ああ、やっぱり。
私は篠原遼平が大嫌いだ。
「これでスペースシャトル完成できル。ありがとウ」
アンドロイド・ガールはそう言って微笑んだ。とてもニンゲンらしい笑い方だった。よっぽど私のほうが機械みたいに笑うな、と自嘲する。
「ねえ。ここから出てどこを目指すの」
もう会えないのかと思うと悲しくなる。少しでも話していたくて、思いついたことを話した。アンドロイド・ガールは少し考え込むように右手を口元にあてた。
「そうですネ……。まずは水星や金星へ行って新しい景色を観まス。それから火星へ行って火星人とお話ししまス。最後は地球へ行って左腕を直してくれる素敵なダーリンと出会いまス」
「……いいなあ」
素敵なダーリンと出会う旅か。ああ、とても――とても羨ましい。
泣き出してしまった私を見て、彼女はきょとんとした。それから私の右手を優しく握った。
「アナタも一緒に行く約束でス」
「……私、行っていいのかな」
「当たり前でス」
「私でも、素敵なダーリンと、出会えるかな」
「もちろんでス。アナタはとても素敵な女性でス」
「私、私……もう、汚れちゃってるよ」
「アナタとワタシは同じでス。アナタが傷ついた分だけワタシの左腕も壊れましタ。だから一緒に左腕を直すのでス」
――ああ、そうだ。彼はいつも私の左側にいたんだ。だから彼女の左腕は壊れてしまったんだ。
「私も……私も、一緒に行く」
とうとうしゃくり上げて泣き出した私を、アンドロイド・ガール――ワタシは優しく抱きしめてくれた。
夢から覚めたら遼平くんの顔を思いっきり殴ろう。罵倒しよう。そして闘うんだ。
完成したスペースシャトルの中はガラクタでできているはずなのにとても明るくて温かくて、勇気を貰えた。