拾われ主夫との鍍金の家庭
最近、主夫を拾いまして・・・
一目惚れと言う青年の嘘はどこからどこまでが本当なのか・・・
「んぅ・・・」
体に染みついた習慣からか、アラームのなる前に目が覚めてきた。
三十路入りたての私の部屋で、もぞもぞと余眠を貪ろうとする塊が一つ。
自分の姿を客観視する人がいれば、まさにそう見えていただろう。
まあ、結婚のけの字も見えない私にはそんな人はいなかったわけだが。
そうこうしているうちに頭上で軽快な電子音がピロンとなる。
こんな朝早くからメール?とぼやけた思考のなかスマホを手に取り電源をつける。
「・・・っはぁぁあああ!!?」
通知欄に載ったメール、ではなくその上の時刻に私は絶叫した。
「仕事!遅刻!!ヤバッ!!!」
キチっと整頓されている部屋に寝間着を脱ぎ捨て仕事着に着替える。
枕元に投げられたスマホが今日の日付、そして週の始まりを爛々と表していた。
バタバタと部屋を駆けまわり、着替えを済ませて寝室を出る。
サクッと朝食をとろうとした私はリビングに広がった匂いに思考が停止する。
作ってもいない味噌汁の匂い、朝食の匂いが充満していたのだ。
「ああ、ようやく起きました?もうすぐご飯が炊けるので先に身支度終わらせてきてください。」
「あ、はい。」
キッチンからエプロン姿の男にそう言われ、私は身支度を済ませるため再び自室に戻る。
(・・・あれ~?夢じゃないのか~??)
・・・一日前。
私はいつものごとく近所のスーパーに買い出しに来ていた。
生活力のない私には、スーパーの総菜や弁当は心強い味方だった。
食料の調達を終え帰路についていると、路地にいた青年に目が行った。
なぜかはわからなかった。
正義感が強い訳でもなく、ナンパなどという気でもなく、言うなればなんとなくだった。
路地でぼうっと空を見上げていたその青年に私は声をかけたのだ。
「あの、君・・・」
肩に置いた私の手から離れるようにその青年は地面に倒れてしまった。
「ええぇぇ!!?き、君大丈夫!?」
触っただけで人を倒すような武術やナニかは持ち合わせていない。
よく見れば顔色の悪いその青年が、弱っていることに気が付く。
その場に捨てておくこともできなかったので、私は二つ隣の私の住んでいるマンションにその青年を連れて行くことにした。
その青年が目を覚ましたのは数時間後、私の家のリビングでだった。
病人食をと三回失敗してようやくできたお粥を青年にふるまった。
青年曰く味がないとのことだったが、食事など数年ぶりに作ったのでそこには目を瞑ってもらった。
そうして、その青年をこれからどうするか悩んでいた時、青年から一つ提案された。
「あの、僕と結婚してくれませんか?」
「え、無理・・・」
いきなりのプロポーズに私は即答でお断りをした。
脊髄反射で答えた後、冷静にいくつか理由を聞いてみた。
ーーなぜ私に結婚を?
ーーー一目惚れです。
ーー私、働いてるし専業主婦とかできないよ。
ーーー僕が主夫になりますよ、家事は得意です。
ーーっていうか年も名前も知らないし。
ーーー23歳独身、意中の相手はあなたです。
ーー・・・プロポーズすんな。
いろいろまだ聞きたいことがあったが、昼に差し掛かっていたのもあり腹の虫がなる。
青年はお礼にとキッチンに立ち、料理を始める。
手際よくまともな食材もない中、青年はいくつもの料理を完成させていく。
・・・なぜあんなところにいたのか、なぜ倒れるまでそうあったのか・・・あの時、一瞬目が合ったことは気のせいだったのか。
色々聞き出したいことは残っていたが、その青年の料理の前に私のそれらは忘却の彼方へと飛んで行った。
「超美味いッ・・・!」
私があと十五年若ければ服が四散し、身悶えて美味しさを表現していたかもしれない。
それくらいには、青年の料理は美味しかった。
「結婚できないのなら主夫として置いてくれるだけでも構いません。それが無理ならここを出ていきます。」
「はい、じゃあどうぞ。」
「・・いただきます。」
こちらを見ることなく料理に箸をつける青年を見ながら、味噌汁をすする。
強烈な旨味ではなく、体に馴染むような優しい味に朝からホッと息をついてしまう。
・・結局私は、この青年を主夫として雇うことにした。
雇うといっても家事をしてもらうだけの賃金もでない、いわばただ働きなのだが。
まあ、よく見れば顔立ちは整っている方で目の保養であるし、嫌悪感はないし、なによりご飯が超絶に美味しい。
青年はここに住み込みながら私を篭絡していくつもりらしく、下手に私の機嫌を損ねることはしないようだ。
すでに胃袋を鷲掴みされている私も、もうこの子の料理が食べられないのはいささか困りものでもある。
「じゃあ、行ってくるね。」
「はい。気を付けてくださいね。」
初めて家を出るときに見送られることとなった。
世の夫婦が体験することを未婚で体験するとは、思ってもみなかった。
扉を閉め、仕事場に向かう。
彼は嘘をついている。
少なくとも、一目惚れをしたのが真実であってもここまでのことが普通は起きないだろう。
それに、まだ彼がああなっていた理由も知らないままでもある。
全てを問いただしてしまいたかったが、すでに社会人の一週間は始まってしまっている。
良くも悪くも忙しい私は、彼のために平日の時間を割くことはなかなか難しい。
「全て明らかにしてもらうのは、週末だな。」
続かないっ!