サブミッション開始!
サブミッション「お婆さんの頼み事01」
難易度:★★☆☆☆
条件:グリズリーを2体以上撃破、上質な毛皮を3枚採取
報酬:鉄の手甲
(ミッション詳細)
都会に働きに行っている息子の為に毛皮のコートを作りたい、だがお店には出回って無く中々手に入らない。グリズリーから「上質の毛皮」を3枚とってきてくれ。
グリズリーの生息地は森林地──────────
…
…
…
…
…
マリーは老婆の助言もそこそこに足早に村を去ろうとする。
すでに2回も受けているこのサブミッション、
標的の生息地や倒し方などとっくの昔に把握している。
一々老婆の助言は必要なかった。
良太が現れる前にさっさとこのミッションを終わらそう。
マリーは思った。
(マリー…、またこのミッションを受けたの?)
「りょ、リョータくん!…いつから見てたの?」
良太が現れた、
姿は見えないがこちらの様子を窺っていたようだ。
良太はこことは違う安全な世界から
モニター越しにこちらの様子を見ている。
(えっ?さ、さっきだよ!さっき!お婆さんと話してたところ)
「…良太くん、本当に?いつから?」
(ホントだよ!ホント!それより前はまだ見て無かったよ!!)
ちなみに良太は
マリーが目覚めた時からずっと見ていた、のでした。
「ふーん…まあ、別にいいけど。でもこっそり見るのはやめてね、恥ずかしいから」
(ご、ごめん。次からは気を付けるよ)
きっと守る事はない約束を
良太は誓った、のでした。
(ところで、またこのミッションを受けるの?これで3回目だよね?)
ミッションは何度も受注でき金稼ぎなどに一般プレイヤーも受注している。
そして今回の老婆の依頼は
サブミッション。
ミッションより更に重要度が低く
報酬もイマイチな物しかない。
マリーはこの老婆のサブミッションを
これで3回目となる。
報酬の鉄の手甲もこれで3つ目になるだろう。
「うっ…、そうだけど、あのお婆さんを放って置けなくって…」
(ギルドでクエストを受けないと、メインストーリーが進まないよ)
クエストは基本一回限りで冒険ギルドで受注する。
ゲーム上のメインストーリーに関わるような
重要度が高いものが多い。
「メインストーリー?私たちの目的の事?…でも、私はお婆さんを助けたいから」
良太も「でも」と言い返そうと思ったが
それを止める。
良太にとって
このゲーム世界の平和を守ること何て正直どうでもよかった。
この異世界生活がもっと長く続いてほしい、
彼女ともっと時間を共有したい。
ただ、彼女との時間を共有するのが
良太にとって一番だった。
(そうだね、分かったよマリーの思う通りにして。それに結局僕はそっちの世界に干渉できないし、主導権を握っているのはキミだからね!僕はそれに従ってアドバイスをするだけさ!)
「ありがとう!リョータくん!このお礼はいつか必ず!」
いやいや、既にお代は貰ってますよ、と良太は思う。
彼女の笑顔があればそれで充分だった。
おそらく、鼻と口の間が広がった変な顔で
良太はモニターを眺めているだろう。
「そう?じゃあ準備はいい?行こうかリョータくん!」
(うん!レッツゴー!)
マリーは無駄に立派な村の防壁を潜り村を出る。
「ところで、あのお婆さんって、子供は何人いるんだろうね?他の冒険者にもお願いしているみたいだし、少なくとも3人以上だよね」
(さ、さあ?何人かな?検討もつかないや…)
等と無駄話をする。
恐らくこのミッションを受ける
プレイヤーの人数分だけ息子がいるのだろう。
…
…
…
…
…
目的の森林地帯まで草原を一直線に進むマリー。
視界を遮るものが一切無く、
遥か彼方には遠近法を無視したほどの
あり得ない標高の山脈が一望できる。
まず日本では見る事ができない風景。
そよ風が吹く、
腰より低い高さの草が波の様に揺れる。
マリーはここが好きだった。
「今日は敵が少ないね、警戒せずに自然堪能できるよ」
(そうだね、他の冒険者が狩りつくしたとか?)
村の外のフィールドは草原地帯と森林地帯からなっている。
危険な生物と言えば狼や今回のターゲットである熊、
普通の大型肉食動物くらいしかいない。
この辺りには魔物が少なく見かけるのは
せいぜい小型の低レベルな魔物くらいだった。
駆け出し冒険者には優しい狩場であった。
「でも、今日は他の冒険者が少ないけど」
(確かに…この時間帯ならいつもわんさかいるけど、何かイベントとかあったかな?)
「イベント?お祭りのこと?──────ん?何だろアレ?」
軽快に進んでいたマリーの足が止まった。
森林地帯に着く手前、
まだ草原地帯に黒い大岩が横たわっている。
森に行くのによく通るルートなのだが
これまで見た事が無かった。
「リョータくん、あそこにあんな大きな岩ってあったかな?」
(さあ?僕の記憶にはないけど…)
「ちょっと近づいてみようか?」
(うん、でも何があるか分からないから気を付けてね)
「大丈夫、大丈夫、そこまで近づかないから」
少し身を屈めながらゆっくりと近づいてくマリー。
程よい一定の距離を開けて様子を伺うと、
「ん?」
その大岩には《《岩感》》が無くて《《違和感》》があった。
(どうしたの?マリー?)
触り心地が悪そうな
ゴワゴワした黒い毛に覆われている。
「コケ?じゃないか…、そんなに湿気がある場所じゃないから…」
(何だろうね?貴重なイベントだったりして…)
「お祭り?何でこんなところで…」
注意深く観察していると、
ぴょこっと、
尖ったコブのような物が立ち上がり
右往左往に動いた。
「うわっ!」
(き、気を付けてね…、し、慎重に…)
そして、そのコブはマリーがいる方向で
ぴたりと停止した。
「……………」
(……………何だろね?)
大岩がのっそりと動き出す。
「動いた…」
(……………?)
尖ったコブだと思っていたそれは、
耳だった。
そして、
(うわっ、グリズリーだ!)
「探す手間が省けた、これで一匹目!」
黒い大岩だと思っていたそれは、
グリズリーだった。
マリーはグリズリーの背後に立っていたのだった。
「…でかいね、でも毛皮が一気にとれるかも」
老婆の依頼はこれで3回目、
マリーは何体もグリズリーを仕留めて来た。
だが、このグリズリーは今まで出会った他の者よりも
倍はある大きさ、尋常じゃない大きさだった。
「ぐるるるぅう…」
(僕のお腹の音じゃないからね…、僕は皮ごとは食べないから)
「分かってるよ、…ってリョータくん!本当は何処から見てたの!?」
(………………)
「何で黙っているの?」
その大岩だと思っていたグリズリーは
黄ばんで鋭い歯をむき出しにしてマリーを睨んでいる。
目は血走っており赤く光っているおり、
口からはダラダラと粘度の高い涎を垂らす。
他とは違う異様な雰囲気が漂っていた。
「…何か様子が変だけど、どう思うリョータくん?」
(ちょっと待っててググってみるから)
「え?グルグルって?な、何それ?魔法!?」
若干の違和感を覚えた良太は調べてみる事にした。
ググるとはブラウザで検索をする時の造語、
魔法では無い。
検索の結果、0.25秒で約15000件ヒットした。
良太はこのゲームのレビューを書いているブログから
良い情報を発見した。後でお気に入り登録しておく。
…
…
…
…
…
☆暇人のネトゲ大捜査線☆
「草原地帯の大型グリズリー発見!」
久しぶりに故郷の草原地帯をうろついていたら、
大型グリズリーを発見です!
希少種かもしれないのでキャプチャしておきました。
他のグリズリーと比べても倍以上あると思います…。怖い怖い
さっそくバトル開始です!これが意外と手ごわかった…。
冒険者ランクSクラスの私ですが、少し手こずりました…。
まあ、当然ノーダメージだったですけどね!!!
初心者の皆さんの狩り場だというのに、
ゲームバランス大丈夫でしょうか?
たぶんBクラスでようやく倒せるくらいかと思いますが、
Cクラスはたぶん無理でしょうね。
そして倒してみた結果、
レアアイテムがドロップ!
するのかと思いきや、
上質な毛皮が3枚取れただけでした。
村のおばあちゃんにあげときましょう。
倒したら「熊殺し」の称号がもらえます。
でも称号ボーナスがイマイチ…
植物系素材を通常より多く採取できる、…だけです。
バットステータスが付きます。大食漢が付きます。最悪…です。
まあ、称号コレクターとしてはこれで良し、
としておきましょう。
でもスタート地点は意外と見落としが多そうですね、
いい発見がありました。
暫くはこの辺りを拠点にしようかと思います。
ではまた次回!
…
…
…
…
…
(マリー!止めよう!あの熊ちょっと危険かもしれない!色んな意味で!)
「いや、もう遅いかも」
大型グリズリーは完全にマリーに狙いを定めていた。
マリーを見合って、
涎をまき散らしながら雄叫びを上げ突進してくる。
「向かってくるなら相手してやる!」
(ちょ、ちょっと!?)
マリーは腰の剣を抜いた。
片手でそれを持ち少し脱力気味に構える。
だが瞬時に動けるよう両足は地面に付けたまま。
「大丈夫、戦い方は他のグリズリーと一緒だって」
(ま、マリー!!)
大型グリズリーは
その大型かぎ爪をむき出しにして、
大型前足をマリーに向かって大きく振りかぶる。
小型マリーがこの攻撃を食らったら一溜りもない。
(マリー!避けてぇーーー!)
だがマリーは一切避けようとせず、
逆にあえて一歩前に踏み込み懐に入り込む。
(ひゃーーっ!?マリー!!)
抜き身の剣の柄の底に手を当てて
大型グリズリーの心臓めがけ、
力いっぱい突き立てる。
クリティカルヒット!
(ぎゃーーー!!マリー!)
そして瞬時に剣を引き抜き、
その勢いのまま倒れ込む巨体に押し潰されてしまわない内に
身を翻して背後に回り込んだ。
(きゃー!ぎゃーーー!!)
背後に回り込んだマリーは高く跳躍する、
そしてマリーはグリズリーの
首筋の頸椎に狙いを定めて剣で薙ぎ払う!
これもクリティカルヒット!
(避けてぇーーー!マリー!!マリー!ギャー!!)
ドスーンとスローモーションの様に
倒れ込んだグリズリーは立ち上がる事は無かった。
だが息はある、
後は単純な斬撃を繰り広げるだけだった。
マリーの完璧な勝利だった。
…
…
…
…
…
(マリー!!避けてぇーーー!マリー!ギャー!!キャー)
「リョータくん、もう終わったよ」
(キャー!…え?あ、そ、そう?早かったね…)
マリーはレベルも体力も倍くらいはある敵を
かすり傷つけずにノーダメージで倒してみせた。
「やった、リョータくん上質な毛皮が沢山取れたよ」
マリーは上質な毛皮を3つ手に入れた。
そして「熊殺し」の称号を手に入れる。
大食漢のバットステータスも漏れなく付いて来た。
良太はただマリーの戦う姿を
モニター越しに見ているだけだった。
そして女性的な悲鳴を上げていた。
(マリーって、すごく強いよね…)
「そう?まあ、ありがと」
(それに引き換え…ぼ、僕って役に立ってるかな?)
「え?うん、まあ役に立ってるよ、ほら、今だってさ、リョータくんは私が知らない事色々知っているし、私が危ない時には注意してくれるからね」
(そ、そうだよね!そう!僕はキミのサポート役!ブレーンってヤツだね!)
適格なアドバイス、
ヒロインのサポート役、
司令塔、
頭脳プレイ、
良太は今の自分をカッコいいと思った。
………だけど干渉できない、
ただそれを見ているだけの自分、
何もできない、
役立たず、
あきれる彼女、
役立たず、
飽きられる、
捨てられる、
役立たず!
「うん、それに話し相手にもなってくれるから」
ただの話し相手、
ただの暇つぶし、
まあそこそこ役に立っている程度。
役立たず!
(………………)
「どうしたのリョータくん?」
(いや、なんでもないよ…)
あれ、僕って必要あるの?
良太は思った。