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素敵な女の子だった

良太の自宅には鍵がかかっていた。


今の時間は誰もいない。

学校は午前中で終わりだったので

両親はこの時間は働いている。



良太の自宅は少し小さいながらも庭付きの一軒家で

良太の父親が苦悩して組んだローンで建てた物だ。


今の会社を定年まで勤めてようやく返済できる見通しらしい。



もう既にお昼を過ぎている、


リビングには母親の書置きがあった。

「冷蔵庫にチャーハン!」と書かれてある。


そのまま昼食を取らず良太は自室へ向かった。


ズボンを脱いでベッドに投げ捨てる。

シャツのボタンを少し開けて胸元を広げた。


エアコンの設定を「強」にする。


部屋中のほこりが舞って、

見ているとくしゃみが出そうになった。


自室のパソコンを起動する。

遮光カーテンを閉め切り外の光が部屋に入らないようにした。


パソコンのモニターが暗室に光を放つ。

暗がりに良太の顔が青白く照らされた。


良太は現実逃避に走った、


ゲームという異世界にどっぷり浸かってやるつもりだった。



良太がハマっているオンラインゲームは

まだリリースして間もないのだが、


オンラインゲーム黎明期から続く

大人気シリーズの最新作だった。


鳥島くんの勧めで夏休みから始めたクチだったが、

かなりのめり込んでいる。


長年蓄積され練り込まれたストーリー、

爽快痛快なアクション、

美麗なグラフィック、それぞれ評価が高い。


だが、何より良太は

このゲームの自由度の高いキャラメイクに惹かれ、

そして力を注いでいた。


良太の作ったキャラクターは勿論女性である。


意図しない限りは

滅多に不細工になることはないキャラメイクのシステムだが、


良太の作ったキャラクターは群を抜いて魅力的だった。

少なくとも彼はそう自負している。


ログイン画面で長い黒髪の美少女がポーズを決めていた。


年齢としては良太と同世代、

と言うのが良太の脳内の設定である。


確かに幼さが残るが、

その美人過ぎる容姿のせいか大人びて見える

クールビューティな少女だ。


だが所詮は良太が作った架空のキャラクターに過ぎない、


青白く照らされた

不気味な顔の良太の口が開く。


「大丈夫、大丈夫、気にしない、気にしない」


簡単に消えてしまう淡い恋の筈だったが

何だかんだで良太は引きずっていた。


同じ言葉を二回繰り返す。

初めての失恋は思春期真っ盛りの少年には

まだ耐え難い出来事だった。


良太はヘッドホンを装着して

現実世界の音を完全にシャットアウトする。


良太はログインのボタンを押した、

ロード中の画面に切り替わる。


「…さあ、気持ちを切り替えて昨日の続きをしよう、あ、今朝の続きか、ははっ…」


前回プレイした時は冒険者ギルドの宿舎で

ゲームを中断したはずだった。


その宿舎に宿泊すると、

HP・MPが回復するなどメリットがある。


ちなみに良太は

自身のキャラクターを愛するあまり

モンスターや無法者がうろつくフィールドで

ゲームを中断することはない。


どんなに時間が掛かろうと

今回のように冒険者ギルドの宿舎や、

多少値が張っても宿を取るようにしている。


ゲームをしてない間は

別に危害が及ぶ事は無いのだが、

良太の気持の問題だった。


そして、昨日はキャラクターが寝付くまで

そばで見守ってあげていた。


ゲームなのでキャラクターはほんの数秒で眠りにつくが、

これも良太の気持の問題だった。


それはともかく、


昨日中断した状況のままなら

良太のキャラクターはまだベッドで寝ている筈だった。


そのはずだが…、




「あれ?なんで鏡の前にいるんだ?」


ベッドで寝ている筈の良太のキャラクターは

容姿や装備の設定を変更するためのツールである鏡の前に移動していた。


キャラメイクに凝っている良太は

確かにこの鏡をよく利用するが、


前回は利用していない、

前述のとおり彼女が寝付くまで見守っていた。


尋常じゃない眠気で限界ギリギリだったし、

よく覚えていないだけで

この場所で中断したかな?

と良太は思った。


だが、そう言う訳でもなかった。




(だれ!?だれかいるの!?)


良太のキャラクターは勝手に喋りだした。


「ひ、ひゃああ!!」


普段の声より1オクターブ高めの変な声で良太は驚いた。


遮光カーテンを閉め切った暗い自室で、

パソコンのモニターの光はスポットライトの様に

間抜けに驚く良太を照らす。


「び、びっくりした…何で急に喋ったんだ?アップデートの新しい仕様かな?」


これまで、このゲームでは

キャラクターが喋る様な仕様は無かった。


声と言っても

攻撃などのアクション時の掛け声くらいしかない。


このようにはっきりと物を喋ることはない。


(あなたは誰?何処にいるの?)


良太の疑問とはお構いなしに

キャラクターは喋り続ける。


「あ、えっと黒田良太ですけど…」


良太は「誰?」と言う質問に律儀に答える。


(クロタリョータ…?)


画面内の美少女キャラクターは

良太の名前を繰り返した。


良太の声が届き、

そして返事をしている。


間違いなく意思の疎通をしている。


「………………」

(………………?)


良太はマウスカーソルを

ログアウトのボタンに合わせてクリックする。


「ごめんなさい、一旦失礼しますね」

(あっ、どうぞ、お構い無く…)


良太は冷静になれなかった。

一旦ゲームを終了した。


冷静になれない頭で考える。


「ど、どどど、どういう事だ?アップデートでこんな仕様になったの?でも結構普通に会話してたよ今!いつの間にかそんなAIってそこまで進歩してたの?」


良太は頭を抱えていた。

思っている事をそのまま口に出して取り乱している。


「ちょっと、一回調べてみよう、たぶんアップデートだ、いいね!自分のキャラと交流するって…は、はは」


ゲームのオフィシャルサイトを確認する。


アップデート情報では、

直近のアップデートはつい先月

8月の良太にとって夏休み中にあったらしい。


良太は夏休み期間をほぼ毎日このゲームに費やしていた。


流石にこんな目立った

仕様の変更があったなら気づいていた筈だった。


それに前回ゲームを中断したのは

8~9時間前、

そんな短時間で急に大幅アップデートもするはずもない。



良太はこう理解した。


つまり、



「僕が作ったキャラクターに魂が宿ったんだ!」


良太の都合の良い願望が入った勝手な解釈だが

今起こった出来事ではそう言えなくも無かった。


良太の都合の良い願望が入った勝手な解釈だったが。


「間違いない!僕のキャラが喋った!彼女はこのゲームの世界で生きている!僕のキャラに魂が宿ったんだ!…ってこうしちゃいられない!もう一度彼女に会いに行こう!!」


慌てて良太は再度ゲームにログインしようとする。


IDはフリーメールを使っている。

「45ajlh\ql94q@~~~.com」


パスワードは自分の生年月日と今となっては遠い昔の、

好きだった女子の名前を組み合わせたもの。

「************」


ログイン画面からロード画面に切り替わった。


初めてこのゲームを開始した時に

ロード時間がやたら長く感じたが、


今回はその倍以上の時間を待っている気がする。

そんな待ち時間で良太に雑念がよぎった。


「僕のキャラクター、元の普通のゲームキャラに戻ってないよね…」


まだなおロード中…

デフォルメされたモンスターたちが

フラグを持って行進している。


「うがー!!早くしてよ!!予想が当たりそうで怖いよ!!」

(わっ!!び、びっくりした…)


PCのモニターに黒髪の美少女が映し出された。

小動物の様に可愛く身を屈めて驚いている。


「よ、よかった!そのままだ!ごめん急にいなくなって…ちょっと僕もびっくりしちゃってさ」


(まあ、構わないけど、私も驚いていたし…)


彼女は先ほどより落ち着きを払っていた。


少し間があったので、

気持ちを整理していたのかもしれない。


(ところで、あなたはクロタリョータ…くんでいいんだよね?)


「うん!そうだよ!!そうだ!キミは何て名前なの?」


良太は自身のハンドルネームで呼ぶわけも行かないので、

黒髪の美少女に名前を尋ねてみた。


ちなみに良太のハンドルネームは

「RYO☆TAN」である。


小学生の時、

一時期「リョータン」と言うあだ名で呼ばれていた。

特に気に入っていた訳では無いが、

何となくそうなった。


(えっ…わ、私?私は…え~と…ま、まり?…だ、だけどぉ?…)


「えっ!?マキ?マキってマジ!?あのマキって事?」


(まり!)


「まじ!?…マジで!?稲取さんと同じ名前!?」


(まりー!!)


「あ、何だマリーね…びっくりした」


(…うん、もう、マリーでいいよ)


彼女は良太が発言した名前で通すことにしたようだ。

彼女にとって名前などどうでも良いのかもしれない。


「そうか、マリーか!いい名前だね!よろしくマリー!改めて僕は黒田良太!良太でいいよ!」


(分かった、リョータくん)


マリーは涼し気にそう返答した。

そして続ける。


(…ところでリョータくん、君は何処にいるの?姿が見えないようだけど)


マリーは辺りをきょろきょろと、

見渡しながら言う。


「あっ…それはね、何だろ?どう説明したらいいか分からないけど、君とは別の世界?から君の様子を見ているんだ、そっちの世界にはいない存在なんだよ………はっ!」


良太はそう言って

何だか自分がカッコよく思えた。


異次元の存在、

見えぬ姿、

ヒロインを助ける謎の人物、

適格なアドバイス、

司令塔、

頭脳プレイ、

親友の死、

出会いと別れ、

衝撃的な結末、


そしてラブロマンス


─────良太の勝手な想像が膨らんでいく。


(そうなんだ…俯瞰で私を見えているってことだね、と言う事は…死角を補えていいかもしれない)


「えっ?どういうこと?」


(正直言うと君を信用することは出来ないけど、背に腹かえられない状況だ!────実は手伝って欲しい事があるんだ…)

「えっ!?何々?言ってみて!絶対協力するよ!」


良太は二つ返事もいいところだが

協力を誓った。


もう既に冒険心が止まらない。

男心と中二魂が抑えられそうになかった。


良太が冷静でいられない状況の中、

とんとん拍子で話しは進む。


(詳しい事は説明できないけど、私はこの世界を救わないといけない!)


「あ!その設定ってもしかして、オープニングであったヤツでしょ!?600年前の大災厄の事件のアレでプレイヤーは一応その使命で冒険するって!」


このオンラインゲームを初めてプレイした時に流れる

オープニングムービーの事を良太は言っていた。


このゲームのメインストーリーの

事の始まりと世界観の説明、


プレイヤーの心を掴むための動画であった。


(んなっ!?何故それを?いや…そうか、やはり私と君は繋がっているのかもしれないな…)


「えっ!?繋がっているって、そんな…う、運命って事?」


運命…良太の勝手な想像は更に膨らんでいく。

そして、マリーは語る。


(だが、そこまで知っていたら分かるだろう?この冒険がどんな危険な目に会うのか分からない!異世界にいるとは言え、君にも何かしらの影響があるかもしれない。何せヤツは次元の違う存在だ!…それでも──────)

「はい!やります!やります!!僕も協力します!!キミの、マリーの力になるよ!!」


(び、びっくりした、すごい食い付きっぷりだね…)


良太の入れ食い状態だった。

良太が釣れ過ぎて困る位だった。


裏表のない性格の相手の顔色を窺って

慎重に言葉を選ぶ良太だが、冷静さを欠いていた。


(…まあ、君の事をまだ信用している訳では無いけどね。怪しい動きがあれば容赦はしないから。でも、ありがとう!よろしくね、リョータくん!)


「うん!よろしく!マリー!」


良太は彼女をクールビューティな

キャラクターとして作成したつもりだった。


だがマリーは笑いながらにこやかに話す。


良太の思惑とは違った

笑顔が似合う素敵な女の子だった。


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