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新学期が始まった…

黒田良太は中学二年生だ、


成長期に入っている筈だが

少し背の低いのが悩み、それでいて痩せ気味。


よく人の顔色を窺いながら慎重に言葉を選ぶ。

好き嫌いをはっきりしない良くも悪くも表裏の無い性格である。

彼はクラスで目立たない部類の男子生徒であった。



そんな黒田良太は教室のど真ん中に席がある、


クラスの中心人物でも無いのに良太はクラスの中心に居座っていた。



夏休みが終わり新学期が始まる。


9月に入ってもまだ暑い、

暦の上では秋になるのだがやはり9月も夏だ。



窓から通る風が唯一の救いだが

良太の席は教室のど真ん中、


良太の周りは人間の壁に囲まれてほとんど風が届かない。


額に流れる汗は新学期が始まる事への苛立ちからか?

いや暑いからだ。


教壇には無駄に体格いい教師が

生徒たちに向かって事務的に話をしている。


これから始まる新学期の業務連絡をしていた。


だが、休み明けの生徒たちは

真面目にその話を聞き入るのは難しい。


各々好き勝手にしている。



良太の後ろの男子生徒たちが放課後の密談を交していた、


勿論良太には関係のない遊びの計画。

友達でない生徒なので当然だが。



左右横の席でも同様に女子生徒たちが密かに談笑。

良太を挟み良太の頭を飛び越して会話をしている。


女子と話す事はほぼないので関係ない。

聞きたくも無い話が耳に入ってきた。



前の席の生徒はコックリ、コックリと船を漕いでいる。

良太も一緒に夢の世界へ船出をしたかった。


そんな生徒たちの中

良太は眠たい目を擦りながら教師の話を一応聞く。


良太は担任の教師とよく目が合う。


席が教室のど真ん中で視線が届きやすいのもあるが、

良太を映すその切れ長い目には蔑むような冷たい感情が籠っていた。


教師は、「お前くらいはしっかり人の話を聞けよ」と目で訴える。



無駄に体格はいいのだが

生徒に注意をしない臆病な教師だった。


でも、何故か良太にだけ噛みついてきた。



(ひさしぶり、僕のリアル世界…)


良太は心の中でつぶやいた。


夏休みが終わり、新学期が始まる。


見知った顔のクラスメイト、

大きくなるからとサイズを大きめに発注したブカブカの制服、

夏休みには忘れていた教室の匂い、

前任者が刻んだ机の謎の文字、

よく目が合う陰湿な担任教師。


良太は現実世界に引き戻された。


家族と旅行に行ったり、

友達と朝から遊び通したり、

恋人とデートしたり、

一日中ゲーム三昧だったりとか。


そんな異世界生活が終わってしまった。



ちなみに良太の夏休みはゲーム三昧だった、

朝から晩までゲーム三昧。


夏休み最終日、

つまり昨日も新学期が始まる事への細やかな反抗心で

朝までゲームをしていた。


そしてとうとう今日の朝の5時まで意地で続けていた。

だから寝不足だった。




「じゃあ、今日はここまで…。明日から授業が始まるから、教科書忘れるなよ」


教師の誰も聞いていないお話しを聞いて、

起立、礼、ありがしたー(ありがとうございました)、

で本日のお勤めは終了。


今日は授業が無く午前中で終了する事が心の支えだった。


急いで帰りの支度をする良太に

一人の男子生徒が近づいて来る。


薄ら小麦色に焼けた肌の平凡な顔立ちの男子生徒だった。


「良太!一緒に帰ろうぜ!って大丈夫か?顔色悪いぞ…」


「鳥島くん、うん…実は寝不足で…さっきもヤバかったよ、先生の話を聞いてて寝落ちしそうだった…」


鳥島くんは良太の数少ない友人である。


勿論良太同様クラスでは目立たない部類に入るのだが、

その地位にめげず自己アピールに余念が無い。

自称良太の親友で良太にとって無害な少年だ。


良太も鳥島君には多少は心を開いている。

そんな数少ない友人だ。


「おっ!まさか、とうとうオレが勧めたネトゲを始めたな!」


「いや、違うよ、アレだよ…その、アレ…」


「何だよアレって?今考えていないか?あぁ、宿題の事?」


「そう!宿題だよ宿題!もう昨日必死だったよ、まったく宿題を終わらせていなかったからさ…」


ちなみに良太は嘘をついている。


鳥島くんの言う通り良太は

彼に勧めてもらったオンラインゲームをやっていた。


何なら夏休み中ずっとそればかり。


鳥島くんに勧めてもらったゲームだが、

このゲームをプレイしている事を

鳥島くんには頑なに秘密にしている。


「オレは宿題を先に済ませるタイプだからな、夏休み中はネトゲ三昧だったぜ!良太もやればいいのに、面白いぜ!……あ、そうだこの後やらないか?オレが教えてやるからさ!」


片足に重心を掛けた斜めな態勢で鳥島くんが言った。

良太の肩に肘を掛けて身体を支えている。


9月の始めに先輩風が良太の寝不足の顔面に吹き付けていた。


これだから頑なに鳥島くんには秘密にしていた。

ある程度レベルを上げてから報告するつもりだったが、

自分のレベルが低い内は絶対に彼には黙っているつもりだ。


「ごめん今日塾があるからさ、それに僕ってコミュ障だし、知らない人と接するゲームって苦手でさ」


「あれ?お前、塾に通ってた?」


「うん夏休みからね、だから中々遊ぶ時間が取れなかったんだよ。この夏休みは勉強三昧さ………はあ……」


良太はワザとらしくため息を吐く。


「なんで、勉強ばかりの筈なのに宿題を終わらせてなかったんだよ?」


「………………」


「なんで黙るのさ?」


良太は気まずくなった。

黙りを決め込んで鳥島くんから視線を外す。


顔の前で手を組み虚空を見つめる、

何だか良太は苦悩する司令官になった気分だった。


「おい良太、聞いてんの?」


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか、塾に行かないと」


「“それじゃあ”って何でだよ。オレの質問の答えは?」


鳥島くんを無視して良太は席を立った。


クラスメイトの女子の群れが視界に入る。

意図していなかったが群れの一人、

彼女と目が合ってしまった。


別に君を見つめるつもりじゃなかったんだと、

教室の出入り口に視線を逸らす。


自称コミュ障の良太にとって

クラスメイトの女子と目が合うのは

何とも気恥ずかしい事だった。


他のクラスメイトの女子ならまだいい、

ただでさえそれが稲取さんだったから。


「あっ!黒田くん」


「えっ?はい!な、何かな?稲取さん?」


良太は、

今気が付きましたと言った感じで答える。


稲取さんは程よく肌が焼けていた。

でも半袖の隙間から見える二の腕に

小麦色と肌色のコントラストはない。


身体全体が程よく焼けている、友達と海にでも行ったのか?


良太と稲取さんは小学校の頃からずっとクラスが同じだった。

良太は幼馴染だと思っている。


良太と違い彼女はクラスの中心的存在で

男女両方から人気がある。


また彼女はバスケ部に所属しており、

更に部のエースでもある。


スポーツ万能で人気者、

そんな稲取さんに良太は淡い恋心を抱いていた。


「黒田くん、実はお願いがあるんだけど…」


「えっ、な、何かな…?」


良太は胸の高鳴りを無視できなかった。


現実世界にこんな素敵な瞬間があったとは、

滅多な事では話す事のない彼女が

自分に話しかけてきている。


この瞬間に限ってはクラスの中心に良太はいる。


「ごめん!黒田くん!今日の日直の仕事交代してくれない?部活で急ぎの用事があってさ」


ただの仕事の押しつけだった。

だが、そんな彼女の願い事を良太が

断る理由も無かった。


「う、うん、まあいいけど、日直の仕事くらい簡単だし、まあ僕に任せてよ。稲取さんは部活の用事を済ませておいで、後は僕が全てやっておくからさ!」


普段口数の少ない良太が

ベラベラと稲取さんの日直の仕事を

全て引き受ける事を告げた。


「ありがとっ!じゃあ、よろしくね!そうだ、上地さんにもよろしく言っておいて、上地さんも日直だから!」


「うん!後は任せて!部活の用事頑張ってね!」


稲取さんはそう言って去って行った。


横にいる鳥島くんが

目を細めた嫌な目で良太を見ている。


「塾は?」


「いいんだ、少しくらい遅れたって」



黒板の隅にボロボロの日直の日報が掛けてある。

良太はそれを手に取った。


日報には生徒たちの雑な文字で

いい加減な業務報告が書かれてある。


今日の日直の担当者名には、


筆圧が強く丸い文字で「稲取」と書かれてあった。

その横には薄らと消え入りそうな文字で「上地」とある。


上地さんはどこ行ったのか?

良太は教室を見渡す。


先程よりか人数が減っている。

女子の群れも去っていた。


もう一人の日直である上地さんは

クラスの中でも特に目立たない女子生徒だった。


いや、目立たないというには少し間違いである。


確かに自ら目立とうとしないが

見た目のインパクトは絶大だった。


身体の線が細くて、

肌が驚くほど異様に白い。


そして異様に長い髪を前に垂らして

素顔を見る事ができない。


もしホラー映画に出演したら主役級の存在であろう。

────勿論幽霊役で。




「りょ、良太!う、うしろ!!」

「なに?て言うか鳥島くん帰って無かったんだ」


良太の肩にひんやりとした何かが触れた、


暑苦しくて敵わなかったはずの

教室の温度が一気に下がる。


背後に嫌な気配を感じた。


良太は恐る恐る自分の肩に目をやると、

蝋人形のような血の通っていない

真っ白な手が良太の肩に力なく触れていた。


「ひ、ひゃああ!!」


普段の声より1オクターブ高めの変な声で良太は驚いた。


そして、その背後の違和感の正体は…。


「び、びっくりした…上地さん、頼むから無言で僕の後ろに立たないで…」

「…ごめん、…黒田くん…日直代わったって?」


上地さんはくぐもった声で答えた。

俯きながら良太のすぐ後ろに立っている。


この夏は記録的な猛暑が続いたはずだが、

上地さんの肌は一切焼けていない。


良太も夏休みはほとんどインドア生活だったので

そこまで肌は焼けていないが、


上地さんの場合は度が過ぎる。


「う、うん、稲取さんの代わりにね」


良太は人の目を見て喋るタイプではないが、

上地さんがどんな表情で喋っているのか気になった。


前髪の隙間からわずかに見える瞳は良太を映していない。

彼女はどこの世界を見ているのだろうか。


「…じゃ、じゃあ、早く済ませて帰ろう!」


「…わかった、私ゴミ捨てするから…」


そう言って上地さんは

教室の片隅にあるゴミ箱へ消え入るように進む。


いや一瞬消えたかも、なんて良太は思った。


「オレ、上地さんが喋っているところ初めて見たかも、良太、死ぬなよ?」

「何で僕が死ぬんだよ?」




良太は上地さんに特に話しかける訳でもなく

黙々と日直の作業を進めていった。


でも上地さんの「終わったよ…」などの

業務連絡のタイミングが絶妙過ぎて

良太は一々驚いていた。


上地さんと二人過ごしたこの短時間で

良太はおそらく3年程は寿命を縮めてしまったのかもしれない。


良太と上地さんは担任の教師に日報を渡し、

これで日直の業務は終了した。


担任の教師は稲取さんがいない事に気付いて、

女子に良い様に使われている良太をまた蔑んだ目で見る。


ガタイは無駄に良いのに陰湿な態度な教師である。


今日はもう、

さっさと帰ってゲームの続きをするつもりだ。


嫌な気分を抱えたまま

良太は現実逃避の自宅へ帰路に立つ。


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