ボスと呼ばれる女
『ボス!見つけましたよ、例の女の子!』
ボスと呼ばれた女は
スマホを耳に当てて話を聞く。
顔の半分近くを覆うサングラスで
その表情は読めない。
「…どっちだ?」
『両方です!猫耳と熊殺し!どうです?お手柄でしょう?』
「そうか、ご苦労だった。私も後でそちらに向かう」
『了解です、でも早くしないと始末してしまいますよ』
電話を掛けて来た男は
勘違いをしている。
ボスと呼ばれる女は
そのような命令を下してはいない。
「…忘れたか?一人は消してもいいが、もう一人は確保だ…」
顔の半分近く覆うサングラスで
表情はつかめないが。
声のトーンは押さえつつも、
静かな殺気がにじみ出ていた。
『す、すみません!で、ではお待ちしております』
「…ああ」
通話を切り、
ボスと呼ばれた女は席を立つ、
ブラインドが降りた窓へ近づく。
「……………」
女はブラインドの隙間に
手を差し込み外の様子を確認した。
今日は土砂降りの雨だった。
「しまった…、傘忘れた」
「一之瀬、私用の電話は控えろよ、それと何だ?そのサングラスは?」
杉森は珍しく
一之瀬の勤務態度を注意した。
とても少年課の課長とは思えない面構えの上司が
こちらを凄んでくるからだった。
仁義なきメロディが聞こえてきそうな面構えだ。
「はぁ!?杉森さんって本当に警官ですか!?ボスと言えばあの人しかいないでしょ!!ブラインド越しのサングラスのあのダンディ警部!」
一之瀬はサングラスを
頭へズラしてそう言った。
サイズが大きすぎるのか、
すぐストンと元の位置に戻る。
杉森は強面上司の様子を横目で警戒する。
ボスという言葉に警部である課長が
ピクリと反応している。
だが、ダンディとは言えない。
どちらかと言えばダーティだ。
ただ、沸点は下がってきているようなので、
杉森は一之瀬の話に続く。
「…ああ、あの芸人の、えっと、ゆうじ…ナントカの?」
「違いますよ!あっちは、ものまねで、こっちは本家です!」
どちらも本家ではない。
この場で唯一近い立場にあるのは
役職と階級が近い、
強面上司である課長だけだ。
「それにしても、ずいぶん演技が入った喋り方をしていたな」
「まあ、私ってこれでもボスですからね、こんなキューティボイスだと、部下に示しがつかないでしょ?」
「ボス…お前が?」
とても人の上に立つようには思えない程の
お目出度い人格者に杉森は疑問を抱く。
「そうですよ、ボスです。まあゲームのギルマスですけどね」
「ゲーム、…例の件か?」
声を潜めて杉森は聞く。
例の家出の少年の件を
杉森は暗に言っていた。
「そうです!やっと見つかりましたよ、彼!じゃあ、私はお先に失礼しまーす」
周りが見えていないのか
一之瀬のボリュームは壊れたままだった。
お気に入りのモッズコートを手に取って
帰宅の準備に取り掛かろうとする一之瀬を杉森は静止する。
「ばか、まだ仕事が終わって無いだろ」
先程から「ボス」、「ボス」言っていたせいか、
警部がこちらに聞き耳を立てて仕方がない。
一之瀬はボリューム以外にも
壊れている所があるかもしれない。
「何言っているんですか!早く帰らせてください!私が働いていると税金の無駄遣いでしょ!」
「全く持ってその通りだが、万引き女子高生の報告書が先だ、お前の同級生だろ?」
「まっ!失礼な!パワハラですよそれ!セクハラの疑惑もあります!」
「うるさいな、とにかくさっさと済ませてからにしろ」
「杉森さんが言い出しっぺなのに…」
杉森は間を置き、
強面上司の動向を伺いながら潜めた声で言う。
「あの事件の捜査は趣味みたいなものだ、まず目の前の仕事を終わらせないと…」
「杉森さんが真面目に仕事をしている…」
「ずっと真面目だよ、お前が気づいていないだけだ」
「そんな筈はありません、私はずっと杉森さんの背中を追い掛けて来たんですから…」
「…一之瀬」
見つめ合う二人。
二人の間には先輩後輩とはまた違う、
だが男女の関係とも言えない、
特別な関係がある。
それを同志と言う。
「仕事のサボり方とか…」
それを同志と言う。
「言うと思ったよ、さあ仕事を終わらせてからにしろ」
「はい、はい。…“サボ”り方とか」
「何だよ?」
「やはり“サボ”り、の部分に反応するんですね。…大丈夫、彼は生きていましたよ」
慈しみを込めて
一之瀬は杉森に語り掛ける。
「どういう意味だ?」
「ほら子供の時に砲弾に巻き込まれて死んだと思ってたでしょ?義兄弟の…」
「…その弄り方こそパワハラだぞ、ココアちゃん」
杉森瑛栖巡査部長は
当てつけにそう言ってやった。
「どこが悪いんですか?心愛!私に似合っていて可愛いでしょ?」
一之瀬心愛巡査長は
自分の名前に自信を持っている。
ギルドメンバーの間ではボスと呼ばれているが、
あのゲームのHNは自身の名前から取って「COCO」としている。
一之瀬心愛は
悪徳ギルド「ゴロ寝子同盟」のギルマスである。