9月某日…近づく聖母
9月も末に入ったが、
秋晴れ何て言葉はお構いなしに今日は雨。
使命を忘れてフラフラとする大型の台風19号が
急に何かを思い出した様にこちらに向かってきているらしい。
何だか私に似ているな、
そう思った。
テレビのリモコンを手に取る。
お昼の情報番組は台風情報ばかり。
このまま行くと日本列島を横断…
勢力を保ったまま北上…
充分に備えを…
海岸付近の…
勢力を保ったまま北上…
このまま行くと日本列島を横断…
充分に備えを…
どこも似たような事ばかり言っていた。
テレビを消しても良かったが、
今は人の声が聞こえないと何だか落ち着かなかった。
いつものチャンネルに戻しておく。
実は台風にはそれぞれ名前がある、
国別に順番で140個決められている。
それを順に繰り返し使っている。
そして、今回の19号は「マリア」と言う名前だ。
そんな呑気な事を情報番組のキャスターが言っていた。
「………マリア」
「マリア」その名前を聞いて私は
優しい微笑みを浮かべながら赤子を抱く聖母の絵を思い出した。
私は母親失格だ、
「くっ…」
嗚咽が零れる。
テーブルに頭を突っ伏して両腕で覆う。
視界を暗く遮り雨の音も聞こえない。
涙がとめどなく流れ出る。
枯れ果ててしまったと思ったのだが。
私が悪い訳じゃない、
ただ、あの子も悪い訳じゃない、
私たちを裏切った、
あの男がいけないのだ。
自分勝手なあの男がいけないんだ!
自分にそう言い聞かせる。
ぐちゃぐちゃの感情を怒りに集中させる。
「……ふう」
だが、これもそう長く続かないだろう。
怒りを抱いてもぶつける先がない。
そうだ、そろそろ警察に行かないといけない、
あの子の捜索願を出さないと、
準備は出来ている。
後は流れに身を任せるだけ、
私にはもう、それしか出来ない。
「この世界から消え去りたい…」
もう何もない。
ただ、あの男が平然とこの世界に生きているのは許せなかった。
あの男が少しでも痛い目を見たら、と思うと胸がすく。
たぶんこのままだと何も変わらない、
いや、分からない、
先はどうなるか分からない。
事件が発覚したら?
証拠が見つかったら?
死体が見つかったら?
私は母親失格だ。
いや、それどころか人ですらない。
自分の子供を殺したんだ、
獣以下の存在でしかない。
外の風が強まって来たのか、
窓が大きく音を出す。
大粒の雨がガラスに打ち付ける。
外を眺める、雨も強くなってきた。
雨戸を閉めるのは一苦労だ。
それもこんな大きな家の一つ一つを閉めないといけない。
今は一人しかいないから大変だ。
暴風に注意してください、とテレビが言っている。
マリアが近づいている様だ。