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救世のホライゾンブルー  作者: 射月アキラ
第二章 戦争の徒
6/26

02-01


     2


「まぁ、いいか。ガキも化け物も、死ねば死体だ」


 言葉を紡いだ瞬間に、目の前の青年はスキナーの興味の対象から外れていた。


 グレンの目はうつろで、なにも映していない。スキナーの一撃をかわしたときには興奮を覚えたものだが、それ以外は少しばかり反応速度のいい子供だった。


 期待はずれだ。面白みがまるでない。


 ──と、思ったのも束の間。


 刃と視線をグレンに向けていたスキナーは、青年のまとう空気の変化に気付いた。


「な、に?」


 スキナーの声に、初めて硬い緊張が混ざる。


 焦点の合っていなかったグレンの瞳が縮小し、スキナーを捉えている。抵抗の意思を失っていた人間が、次の瞬間には獣のような目でスキナーを見るなど初めてのことだった。


 困惑しながらも、スキナーの腕はためらわず刃を振り下ろす。


 数えるのも愚かしいほど繰り返してきた、殺人という行為。


 体に染みついた動きを、ただ繰り返すだけ。


 しかし、額を狙った切っ先を、グレンは首の動きだけで回避する。歪曲した刃はグレンの後ろ髪を束ねていた髪紐を切り裂き、石畳に激突した。


 耳障りな音と振動。スキナーは顔をしかめるだけにとどめて、そのままグレンの首を狙う。仰向けの状態であれば、切り払う動きは避けきれない──と思考したのも束の間、グレンの右手が動くのを見てとっさに飛びのいた。


 不利な姿勢にも関わらず、グレンの剣筋に乱れや遅れはない。スキナーがグレンを殺すことを優先していれば、スキナーの右足は半ばで断たれていただろう。


 スキナーの肌に冷や汗が浮いたのは、一拍遅れてからだ。


「おいおい……なんだよ、そりゃあ……」


 ゆらりと立ちあがったグレンの体に、明確な異変があった。


 鎖骨から首筋にかけて、あざのような文様が浮かびあがる。徐々に範囲を広げていくそれは、衣服に隠された胸や腹にまで広がっているのだろう。スキナーが見ている間にも、剣を持った右手の甲に達していた。


「まさかお前、『こっち側』の人間か? ……いや、いい。面倒くせぇ。とりあえず殺す」


 スキナーが得物を持ち直すと同時に、グレンの足が石畳を蹴った。


 迷いなく心臓に向かってくる剣を払い、顎を狙った石突は回避される。戦意も殺意も、数刻前の比ではない。グレンの軸足が踏みしめた石畳にひびが走るのを見て、スキナーは大きく回避行動をとった。


 横なぎの蹴りが、スキナーの脇腹をかすめる。


 着地した足が危うく崩れかけて、スキナーは笑みを浮かべた。今のグレンの膂力は、人の領域の外にある。少なくとも、細身の青年が放っていい蹴りではない。


 自分の口が弧を描くのを、スキナーは意識の端で感じとった。


「化け物の方だったか……!」


 スキナーが呟くと同時、背後から近付いてきたのは蹄の音だった。


 町にふさわしくない速度に、スキナーはわずかに身構える。しかし、音は一騎のみ、接近するにつれて速度を緩めていくのを確認して、意識は背後から正面に向く。


 体中に文様を浮かべたグレンは、剣を構えたまま動かない。


 それは、新たな敵の接近を見定めているようでもあった。


「手間取っているようだな」


 重い声が、スキナーの背後から降ってきた。


 胃の腑に沈み込むような、圧力を伴う男の声だ。スキナーはグレンから目を離さずに、努めて軽い調子で口を開いた。


「あれを殺すべきか、ちょっと迷っちまっただけですよ」


「……ほう」


 スキナーは、背後の声から感情を読みとれずにいる。とはいえ、今のグレンから目を離すこともできない。周囲には自軍の兵もいるが、まだアルミュールの住民が残っている。


 なにをするにも、思考と判断が必要だった。


「んで、どっちがいいですかね」


「決まっている。総員で、その赤毛を先に殺せ」


 心臓を鷲掴みにされるような錯覚が、スキナーを襲う。


 命令の内容など、大した問題にはならない。命令という行為が──声の主が命令したという事実が、スキナーの意識を上書きしていく。


 グレンへ抱いていた殺意が、より濃くなっていく。


 自我のすべてが闘争に向かうのを感じながら、スキナーの口は軽い調子のまま命令に応じた。


「了解。──陛下の御心のままに」

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