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救世のホライゾンブルー  作者: 射月アキラ
第一章 城塞の町
2/26

01-01


     1


 時はさかのぼり。


 数刻前。



「リヤンに襲撃だと?」


 白い軍服を着た兵士の口調には棘が含まれていて、グレンは思わず半歩後ずさった。


 後ろに控えていたクローディアも空気の変化を感じとったようで、フードの下から兵士の様子をうかがっている。


 華奢な手が背中に触れるのを感じて、グレンはぐっと顎を引いた。


「そ、そーだよ。昨日の夜、見たんだ。リヤンが焼かれてるのを」


 兵士たちの注目をクローディアへ向けるわけにはいかない。


 その一心で続けた説明は、はたして届いているのか。兵士詰所の入り口に並んだ門番は、二人とも疑いの色が強い表情を浮かべている。


「んで、川にかかる橋が直されてて、近くに軍の陣地があったとかで……伝言を頼まれたんだよ」


 わずかに言葉を選ぶ間があったのは、グレンたちが少しばかり複雑な立ち位置にいるからだ。


 グレンとクローディアには戸籍がない。戦争で町が失われている以上、それ自体は珍しいことではないのだが、無戸籍のまま国が管理する「神殿」に住むのは違法行為だ。


 神殿の管理者でありクローディアの生みの親でもある巫女はリヤン近辺に残り、引き続き調査を行っている。無戸籍である以上、グレンとクローディアは「実際は神殿に住んでいた」としても短期滞在者としてふるまう必要がある。


「嘘はないだろうな?」


 兵士の問いには苛立ちが含まれている。


 グレンは嘘が苦手だ。そもそも頭を使うことが不得手なのだ。なにを伝えなければならないのか、なにを言ってはいけないのか、考えながら話していては確実にボロが出る。


 それを理解しているクローディアが、応対の仕方をいくつか考えておいてくれたのだが、これほど疑われるとは想定していなかった。


「な、なんでそうなるんだよ、実際リヤンは、」


「フリーデンとはつい数日前に南で大規模な戦闘をしたばかりだ。わざわざ軍を分けておきながら侵攻のタイミングを変える必要はないだろう」


 決めつけるような口調に、グレンはひるんで口をつぐむ。頭から否定するのを見るに、兵士はグレンの言葉を嘘と確信して聞いているようだった。


 グレンはフリーデン侵攻の証拠も、リヤンが滅んだ証拠も持っていない。南で起きた戦闘だって、今初めて知ったことだ。


 さらに隣の門兵までもが口を挟んでくれば、形勢はさらに不利になる。


「そもそも、リヤンの住民はほとんど移住している。お前たちのような若者は、とっくに別の土地に移ったはずだぞ」


「そりゃ、俺たちは近くの神殿で世話になって」


「出身は」


「北の……霊峰のふもとにある集落から避難してきた」


「まだこのあたりに残っていたのか。もう西へ移住したものと思っていたが……まぁいい、避難手続きと戸籍の再発行を行うなら、明日出直してこい」


「っじゃあリヤンは!」


「まだその話をするのか? 虚偽の報告は犯罪だぞ。未成年なら見逃してやるが、お前たちは見たところ、」


「──分かりました。出直します」


 このままでは状況が悪くなる一方だと判断したらしいクローディアが、話を切りあげながらグレンの服の背を引っ張った。仕方なく引き返して兵士から離れるグレンの耳に、「どうせイタズラだ」という言葉が入ってくる。


 リヤン襲撃は事実だが、グレンは兵士への反論の言葉を持っていなかった。もやもやとした感情を喉の奥に抱えながら、クローディアに手を引かれるまま詰所を後にする。


「いいのか、クローディア。あいつら全然信じてないぞ?」


「仕方ないでしょ? 戸籍の手続きなんてしたら、困ることがたくさんあるんだもの」


 そう言って、クローディアは空いた手でフードを掴む。目深に被ったそれは、クローディアの特異な髪と瞳の色を隠すためのものだ。


「触れられたら困るのは、歳も、ね」


「俺らももう十八だし、立派な大人だっての」


「大人だからダメなのよ。イタズラと思ってくれた方が、罪に問われるよりマシでしょ」


 釈然としないまま、グレンは首の後ろをかいた。一つに結んだ赤い毛束が手の甲で跳ねる。


 詰所近くとあって、周囲を行きかうのはほとんどが白い軍服をまとった兵士たちだった。どこかピリピリとした緊張感に包まれているような気がして、門兵の言った「南の大規模戦」という言葉がグレンの頭をよぎる。


「……南でもフリーデンと戦いがあったって言ってたよな」


「うん」


「どう、だったんだろうな」


「…………」


 なにも言わずに、クローディアは手に力を入れた。

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