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救世のホライゾンブルー  作者: 射月アキラ
第四章 国境の町
19/26

01-02

 間に置かれたベッドを飛び越え、鞘を抜き捨てる。驚くクローディアをかばうように立つルシアンへ狙いを定め、切っ先を向けるが、


「グレン! 駄目!」


 クローディアの叫びを聞いて、足裏が板張りの床を踏み掴む。剣の刃が潰れ、所々欠けていることに、グレンはようやく気付く。


 剣の下ではルシアンが右掌を扉へ向けていて、その先で副官らしい黒髪の男が剣を半ばほど抜いて止まっていた。


「どうやら間が悪かったようですね」


 この状況にあっても揺れない声に、グレンは弾かれるように視線を戻す。表情一つ変えず、見定めるようにグレンを観察していたルシアンは、その視線を受けて微笑すら作ってみせた。


 気味の悪さを感じて、グレンは顎を引いて腕に力を込めなおす。その不安を感じとったのか、ルシアンの背にかばわれていたクローディアがグレンの前へ歩み出た。


「剣を下げて」


「……けど」


 クローディアの言葉には従わず、グレンは剣を構えた姿勢を維持する。逆らう、というわけではないのだが、グレンの中ではクローディアに対する信頼よりもルシアンへの不信が勝っている。


 今も、ルシアンから目をそらすことはかなわない。


「グレン……!」


「結構ですよ。そのままで」


 必死に説得しようとするクローディアを遮り、ルシアンはあっさりとグレンから視線を外した。扉の近くで待機していた副官へ目を向けて頷くと、わずかにためらいを見せた後に剣が収められる。


 対するグレンは困惑するしかない。刃が潰れているとはいえ、剣を向けられてなぜ平然としていられるのか。疑念を抱く間にも、ルシアンはクローディアに、グレンの近くへ行くように促している。


 剣を持たない手でクローディアを背にかばい、グレンは困惑の目をルシアンへ向けた。しかし当然、その疑問を解消する言葉など、返ってくるはずもない。


「動いても?」


 右手を広げて胴から離したまま、ルシアンが確認するように問う。グレンが迷う間に、ルシアンは敵意がないことを示すようにゆっくりと一歩下がった。


「朝食を置いていきます」


「毒、入ってないだろうな?」


「……毒見はご用意できませんが、昨晩クローディアにお出ししたものと同じですよ。一応、二人分にしておきました」


 言いながら、ルシアンは抱えていた紙袋を右手に持ち直した。数歩足を進め、扉の正面に置かれたチェストの上に乗せる。そのまま、扉の方へ──グレンから両手を隠さないよう、神経質に害意を見せずに──ゆっくりと下がっていく。


「クローディア」


 あと一歩で廊下へ出る、というところで、ルシアンは立ち止まって声をかけた。


「部屋の前にノークス中尉を待たせておきます。落ち着いたら声をかけてください」


 では、と言葉を残して、扉は音も出さずにゆっくりと閉められた。


 その後、部屋の前から足音が遠ざかっていくのを確認して、グレンはようやく体から力を抜く。と、背後から聞こえたのはクローディアのため息だった。


「グレン……なんでこんなこと」


 振り返れば、桃色の瞳は不満げな感情を含んでグレンを見つめていた。自分の行動をそこまで否定されるとは思わず、グレンの肩がぎくりと震える。


「クローディアはあいつのこと信じてるのか!?」


「信じてる、というか……」


 クローディアの返答は歯切れが悪い。なにがクローディアをためらわせているのかは分からないが、グレンはひとまず投げ捨てた鞘に目を向けた。


 ベッドとサイドテーブルの隙間に落ちていた鞘を手に、剣の状態を再確認。ボロボロになった刀身は、もはや刃としての役割を果たせないだろう。刃物というよりは鈍器の方が近い有様だった。


 戦えないこともないのだろうが、その程度の武器ではクローディアを守れない。


 グレンが剣を鞘に戻し、クローディアに向き直ると、途切れていた言葉がようやく繋がれた。


「……うん。ルシアンは、信じていいと思う」


 俯き気味ではあるものの、その表情があまりにも真剣で、グレンは息をのんだ。


 自分がルシアンに抱いた違和感は、クローディアにはないのだろうか? と、疑問を口にすることすらできない。


「勝手にアルミュールから離れてしまったのは、ごめん。グレンを守るためにはこれしかなかったの。……我を失くして暴れた後、そのまま眠っちゃったでしょ? それを見た人がたくさんいて」


「もしかして俺、まずいこと……」


「フリーデンの兵士としか戦ってなかったよ。そこは、大丈夫。でも、他の人には危険だと思われるかもしれないし」


「う……」


 グレンが後ろめたく声を漏らしたのは、そう言われるにたる記憶が抜けているからだ。


 少なくとも、剣の刃が潰れるほどのことはしているのだが。


「そもそも、私やグレンになにかしようとするなら、グレンが起きる前の方がいいし」


「まぁ、そりゃあ、そうかもしれないけど……」


「そうだよ。だから、私は信じる」


 言いよどんで頬をかくグレンに対し、クローディアは断言してようやく笑みを浮かべた。


 そして、あっさり紙袋へ意識を向ける。

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