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救世のホライゾンブルー  作者: 射月アキラ
第二章 戦争の徒
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03-04

 フードはとっくに脱げ落ちていて、風にまきあげられた薄い水色の髪は背中の上で露になっている。


 世の果て色の髪と、豊穣司る果実色の瞳。


 クローディアが『神の力を継いだ証』が、隠し続けていた人ならざる色彩が、ついに大勢の人の目に触れてしまった。


 クローディアの思考が真っ白になるのと同時に、足から力が抜ける。ぺたりと石畳の上に座り込んだ足は、力を入れようとしても震えるばかりで動こうとしなかった。


 仮に動けたとしても、気を失ったグレンを抱えた状態ではクローディアに逃げる手段がない。


「無駄話をしている暇はありませんよ」


 ざわめきを断つような落ち着き払った声が聞こえて、クローディアは弾かれるように顔を上げる。


「各隊、負傷者の確認と応急処置を。手が空いている者は市民の保護を優先してください」


 目を向ければ、茶色の軍服を着た兵士たちは陣形を崩して指示通りに散っていくところだった。一人、眼鏡の軍人だけが、剣を腰のベルトに戻しながらクローディアの方へ歩み寄る。


 自分の鼓動がいやにうるさくて、クローディアはグレンを抱える手に力を入れる。心細さを感じてしがみつくような行為だったが、グレンはなにも反応を返さない。近くに頼れるものがいない事実が、なおさら強調されるだけだった。


 息を詰めるクローディアの前で、軍人が静かに跪く。


 視線を合わせる動きではない。目を伏せ、頭を垂れる姿勢は、敬意を表すためのものだ。


「御髪をお隠しください、世の果ての方」


 混乱する頭で聞き取った言葉に、クローディアはほとんど反射的に従った。長い後ろ髪をまとめてケープの中に入れ、フードを被る。


 とはいえ、兵士や市民の一部はいまだちらちらとクローディアを気にしている。戦場の空気のような鋭さはないものの、危機感を煽られる雰囲気が漂っていた。


「このままだと……」


「はい、騒ぎになりかねません。それをお望みでないのでしたら、一刻も早くアルミュールの外へ向かっていただきたいのですが──」


 軍人は、一度言葉を切った。


 グレンに触れるクローディアの手に力が入る。彼の肌からあざは消えたものの、まだ目を覚ます様子はない。


 クローディアの手からその意思を読み取ったらしい軍人が、短く問う。


「──他に、お連れの方は?」


「いません。アルミュールに来たのも……初めてで」


 答えてから、クローディアは胸中で首を傾げる。なぜ目の前の軍人へ、こうも簡単に自らの状況を伝えてしまうのか。


 ただ、クローディアだけでは状況の打破に答えが出せないのも事実だった。


 クローディアは、今すぐにでもアルミュールから離れるべきだ。


 しかし、グレンのそばを離れるわけにはいかない。恐怖や絶望といった負の感情に晒されたグレンは、妙なあざの広がりと同時に自我と理性をなくしてしまう。


 もう一度さっきのような状態に陥ってしまったら──そして、その場にクローディアがいなかったら、多くの兵士はグレンを殺そうとするだろう。


 緊張を高めるクローディアに対し、軍人は顔を上げる。


「あなたさえよろしければ、お二人をアルミュールの外までお送りいたします。必要であれば、充分な治療と休息のとれる町まで」


「…………!」


 願ってもない提案に、クローディアが息をのむ。


 出会って数刻。交わした言葉も多くはない。頼れる者が他にいないとはいえ、すぐに信用できるはずもない。


 ──はずなのだが。


 クローディアはどうしても、軍人へ疑いを向けられなかった。


 神への信仰を、神として感じとっているからだろうか。


「ですが、」


 と、軍人が続ける。


「我々はルジストルの人間、この国の領土を自由に移動できません。国境を越え、ルジストルに入ることになりますが、承諾していただけますか?」


 エル・プリエールの隣国、大陸の中央に位置するその国の名を、クローディアは覚えていた。いつだったか、両親が「いざというときに逃げ込む先」の一つとして出した国の名が、ルジストル王国だ。


 曰く──かつて神と交わした誓約の通りに神話を『守護し続けている』国。


 神代より変わらぬ国境を維持する、難攻不落の国家である、と。


「──条件があります」


 クローディアの返答に、軍人の呼吸がわずかに乱れた。


 クローディアは、エル・プリエールとルジストルの情勢など知らない。


 唯一見知っていた村は、炎に焼かれて地図から消えてしまった。


 家族以外の人間と接した経験だって、数えるほどしかない。


 その中で判断するのは不公平のようにも思えるが、エル・プリエールの兵士を頼ることに抵抗があるのは否めない。


 神の色ですら、疑われるのではないか。


 いたずらや悪ふざけと扱われ、一蹴されるのではないか。


 リヤンへの襲撃を信じなかったのと同じように。


「私とグレンの、彼の安全を──私に誓ってくれますか」


 軍人の目が見開いたかと思えば、ゆっくりと閉ざされる。


 答えは、深い呼吸を挟んでから返ってきた。


「ええ……もちろん」


 間の一呼吸で声の震えを整えて、軍人は続ける。


「このルシアン・オルコット、すべてを賭けてお二人をルジストルへお送りいたします」


 差し出された右手を拒む理由を、クローディアはもはや持っていなかった。

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