始まりの物語。
やあ、はじめまして。
僕の名前は一 一。
変な名前だと思うかい?
僕もそう思うのだけれど仕方がないじゃないか、なんていったってつい先ほど即興で付けた名前なのだから。
え、そもそも生まれた時に親に付けられた名前はないのかって?
それはもちろんあったのだけれど、何万年何億年と経ってもう忘れてしまったし、気が付いた時には何もない時空と時空の狭間の朧げな空間にいて自分に関する記憶―能力のことを除いて―が殆ど抜け落ちてしまっていたんだ。
一応他に呼び名のようなものはあるのだけれども、マザーグースやナーサリー・ライム、アラン・スミシーなんて言った何かの総称で呼ばれる事が多いからあまり気に入ってはいないんだ。
まあ、時と場合によって使い分けてはいるんだけどね。
名前の件は置いておいて、唐突だけど僕は様々な世界を自由に行き来して、その世界の欠陥を修復する仕事をしているんだ―仕事といっても別に賃金が得られるわけではない―。
分かり易く説明すると、一冊の本の物語の中で、本来の筋書きと違う出来事―死ぬはずの登場人物が生きてしまっていたり、逆に生きるべき人物が死んでしまったり―に対して、結末が同じになるように登場人物の手助けをしたり、邪魔したり、時たま本当に元の物語に戻るように手を加えたりしているんだ。
大変だけれども、様々な出会いもあるし得る事もある、結構やりがいのある仕事だよ。
さて、自己紹介もある程度済んだことだし、僕が置かれている現状について話をするとしよう。
今僕はどこかの世界に来ているんだ。
おいおい、様々な世界を自由に行き来できるんじゃなかったのかだって?
いやいや、確かに能力は持っているのだけれど、これは僕が最初の世界にいた時から持っていた能力ではあるのだけれど、ある時次の世界に転移した際に些細な事で臍を曲げてしまって、以来こうして僕の意思に関係なく勝手に転移してしまう事が多発するようになってしまったんだ。
一応問題が起こっている世界に転移してくれているには助かるんだけどね。
さて、いくら能力が勝手には発動したとしても、どこに転移したかくらいは分かる。
何故分からないのかというと、転移する際にこの世界が僕を呼び寄せたからだ。
流石の僕も能力の発動中に干渉されて無理矢理呼び出されたんじゃあお手上げだ。
恐らくは、この世界に呼び寄せられた原因をなんとかすれば、この世界から出ることが出来るだろう。
…てか、用が済んだら追い出されるね、うん。絶対。
向こうからすれば僕ほど異質なものはないし、長居しすぎると僕にも悪影響が及ぶからね。
色々扱いが酷いけれどこんな生活が途方もなく長い年月が続いているんだ、流石に慣れる。
僕だって一応人間だしね。
そう言うと、その人物は手に持った一冊の本をパタりと閉じ懐にしまうと、目的地であろう方向へ姿を消した。
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「どこだああああ!?どこだどこだどこだあ、どこだああああああああっっっっ!!!」
瓦礫と瓦礫の間にできた空間に身を潜ませ、抉れた脇腹をおさえる。
腹以外の出血も酷い。
息もかなり荒い、動悸も耳元で鳴っているんじゃないか勘違う程どくんどくんと聞こえる。
全身から聞こえる限界だという悲鳴を無視して、無理矢理呼吸を整える。
あと少し、あと少しの辛抱だ。
この日のために身体を鍛えてきたが、明らかに予想以上だ。
今暴走している彼に伝えたい事は全て伝えた。
息を潜め、なるべく物音をたてないようにする。
まあ、俺を手当たり次第に破壊している彼が気付くとは思えないが、能力が使えなくなった今油断は禁物だ。
なんせ彼はこの世界の主人公だ。
どんな能力になるかも分からないし、暴走状態とはいえ彼の都合が良い様に話の流れが進んでもおかしくはない。
そんな現実と激痛から少しでも逃げたいのか、俺は今までの事を想起する。
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俺は黒岩 竜治、ただのサラリーマンだった。
だが、生まれた時から薄っすらと誰でもいいから人を殺したい―そういった願望が漠然とあった。
それは年を重ねるたびに明確なものにそして肥大化していった。
殺したい、誰でもいい、誰でもいいから血を見たい。
人の血を、赤赤とした血肉、鮮血を。
そんな思いが脳内を占めていったがいつもあと少しの所で踏みとどまる。
古ぼけて劣化した命綱を適当に体に巻き付けて綱渡りをするようないつ決壊するかも分からない程の危うさで。
けれど、日本の―いや、現代の警察は存外優秀だ。
逮捕されて親を泣かせたくもない。
それに捕まった後は?刑期が終わった後はどうする?仕事は?その後の生活はどうなるんだ?
そんな考え事ばかりがぐるぐると頭の中を巡る。
ひたすら、頭の中で友人や知人、上司同僚部下、周りの人間を虐殺する想像ばかりしていた。
―あの日までは
奇妙で不思議な殺人現場を見た。人型の誰かが人型の誰誰かに殺される。
誰かは憶えてはいない、いや正確に言い表せばその人物がはっきりと認識することが出来なかった。
男なのか女なのか、年老いているのか若いのか、小さな子供だったような気がしたし、成熟した大人だったような、嗄がれた老人だったようにも見えた。
後日能力を使い周辺の監視カメラの記録などで調べてみたものの、そもそもあの日、あの正体不明の人物はおろか人ひとりいなかったのだ。
狐につままれたような気分で帰宅し、次の日いつものように脳内で人を殺しながら出社すると誰も俺が出社したことに気づいていなかった。
目の前にいるのに俺の名を呼びながら「無断欠勤だ、社会人失格だ!」と怒る上司を見て殺意が湧いた。
今で抑えきれていたはずの感情が抑えられない、どろどろとまるでマグマのような粘着質な黒い感情がとめどなく溢れ出る。
その感情に支配されるままに俺は近くにあった鈍器で思いっきり上司を殴りつけた。
血を出し倒れる上司、沸き上がる悲鳴。
しかし、誰も俺を咎めようとする人も、捕まえようとする人もいない。
慌てて両手に持った鈍器を服の下に入れ鞄を抱えるようにして隠す、そのまま逃げるようにしてその場を立ち去った。
家に帰ると毛布に頭から包まりがたがたと体を震わせて警察が来るのを待った。
しかし、次の日になってもその次の日になっても警察が訪れることはなかった。
正確には一度来たのだが、それは何故その日俺が休んでいたのか聞きに来ただけで、俺が体調が悪くなり一日家から出ることが出来なかったというと得心した顔をして帰っていった。
それどころか、明らかに関係が無いのに疑うような真似をしてすまなかったと去り際に頭を下げるまでしてきたのだ。
訳がわからずテレビを点けるとニュース番組で上司が原因不明の突然死を迎えたと報道されていた。
出社した際に誰も気づかなかった事、殺しても誰も俺の存在を認識していなかった事、その他様々な事を踏まえ俺は一つの仮説に辿り着いた。
その仮説を立証するように俺は近所で有名な迷惑な老人をその日の夜に殺害した。
後日騒音老人が家から出ていない事を不審に思った隣人が死体を発見し、当然のように家に警察が来た。
何も知らないというとやはりという顔をして直ぐに帰っていった。
老人は心臓発作による孤独死という形で報道されていた。
俺は確信した。俺はあの日から能力に目覚めたのだと。
そしてその瞬間から俺は殺人鬼へと変貌した。
次にいつも俺を見下してくるムカつく同期を殺した。
赤子の手をひねるよりも簡単だった、笑えてくる程に、今までの苦悩は何だったのか分からなくなる程に。
誰にも気づかれる事なく、何の問題もなく人を殺す。
自分は神に愛されたのだと、そうとすら思えた。
気の赴くままに人を殺す。
十人目に差し掛かった、そんな時だった。再び奴と巡り合ったのは。
―やあ、初めまして。この世界の語り部君―
そんな事を口走っていた奴の姿に俺は焦った。
そりゃそうだ、殺人の現場を見られたのだし、もしかしたら奴も能力者で俺を殺しに来たのかもしれない。
見られた、まだ捕まりたくない。死にたくない。
ならば、目撃者を消すのは当たり前だ。
殺せ、ころせ、コロセ。頭の中で響く声に従う様に俺は能力を発動する。
しかし、能力が発動した気配はなく奴は俺をはっきりと認識している。
予期せぬ出来事にパニック状態になっている俺を見て奴は笑っていた。
―ははは、君の能力はそんな使い方じゃあないよ。それに力に呑まれかけているね、少しだが能力が暴走し始めている。話をしよう。僕が君に能力の使い方を教えようじゃないか―
何故俺の能力の事を知っているのか、どうして俺の能力の使い方を知っているのかは不明だったが、気づけば俺は自宅で奴と机を挟み向かい合わせで座っていた。
奴が話したのは俺の能力について、そして奴自身の役割についてだった。
どうやら奴はこの世界の住人ではないらしい。
様々な世界を渡り、世界の流れに起こった不具合を修正する修理屋の様なものだと奴は言った。
少し前の俺なら、酒が入った状態でもくだらない話だと笑っていただろうが、その時の俺は親に言い聞かされる子供の様にすんなりと奴の話を信じた。
だって、自分も嘘の様な能力を持っているのだ。
そんな事もあるのだろうと、漠然とそんな風に思った。
ともかく、奴がこの世界に来たのはその不具合とやらを修復する為に来て、俺にあの殺人現場を見せ、今日接触してきたのだという。
本来の正史では俺は最初の能力発現者として登場し、この世界の主人公とやらに二度目の戦いで殺される流れだったらしい。
しかし、その先の未来にて不具合が生じ、正しい結末を迎えるには俺が死ぬ事を防がなければならなくなったらしい。
その為に奴は俺にあの殺人現場を見せて能力の発現を早め―能力の発現条件は、素質のある者が他者が能力を発動させる瞬間を見る事であるらしい―、そしてこれから俺と共に活動しなければいけないとため息交じりに言った。
正直俺もこんなあやふやな奴と生活するのは心底嫌だったが、自分の能力の正しい使い方を知りたかったし、何より自分の行動、生き死にで未来が大きく変わるという事に、大人ながらまるで特撮映画を見た子供の様に胸を高ぶらせたのだ。
そうして、俺は再び殺人を続けた。
これまでとは違う、明確な目的をもって。
この物語という流れに悪影響が出ないよう、一人一人慎重に。
時は善人を、時には悪人をと、奴と綿密に計画を重ねながら何百人もの人々を。
五ヵ月が経ち、運命の時が訪れる。
手始めに、主人公の幼馴染みを殺した。
当然、能力の発現を見せた事で主人公の能力が発現する。
それと同時に能力の行使を見られたことで俺の能力が機能を失う。
まだ名前付けも済んでいない―名前付けという行為は、能力の明確化と暴走を防ぐ為の大切な事らしい―、一種の暴走状態である彼の能力を紙一重で躱しつつ、今後彼に必要になってくるであろう事を伝えていく。
最初の能力者として、能力者の先達として、これから幾百幾千の困難に立ち向かっていくであろう彼のために。
幼馴染みを殺した罪悪感はない。
俺は殺人鬼だし、今までもたくさんの人を殺してきたのだ。
それに、彼女はまだ死んではいない、どうやら彼女もこの物語の中でかなり特殊な立場にいるらしく、この後すぐに生き返るそうだ。
身を潜めたままやり過ごし、俺は全身傷だらけで血で真っ赤にそめたまま、奴が裏で立ち上げた能力者対策部隊の人間に保護される。
どうやら俺の事以外にも修正がしやすくなるように色々動き回り、正史よりも早く対策本部を立ちあげたらしい。
対能力者専用の拘束器具で取り押さえられる彼を尻目に俺は警護車に乱雑に入れられる。
これから俺は能力者の研究の為に生き続けるらしい。
あっという間の七ヵ月だったと自虐的に笑う俺の目の先に映る奴の姿がふっと、まるで夢から覚める様に消える。
どうやらこれでこの世界での奴の目的は無事終えたようだ。
作中、黒岩 竜治の性格が前半から後半に渡って変化している、殺人鬼から別人に変わったように書きましたがこれは上司を殺した時点で黒岩竜治本人の殺人衝動は消え以降は能力の小規模な暴走による衝動であって彼自身の性格は苦労人気質の一般人です。
書く事はなかったですが、彼の能力は『静寂な殺戮』という能力で発動中誰にも認識されず対象を殺す事が出来ますが、途中に他者に触られると能力が封印状態になり対象に自分の居場所等の情報が筒抜けになります。
本人は勘違いしていましたが、幼馴染みはあの段階では殺されていたので能力の行使は可能でした。
しかし、一一によって自分の能力を誤認させられた状態で主人公と相対した為、ギリギリの状態になりました。
今後彼は何回か登場させる予定なので、今後の彼の展開にご期待くだされば幸いです。