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さん、落とし物の彼女の世界は優しさに包まれている

 


 ――いま、思えば。

 あの男の人にとってもとっても迷惑をかけてしまいました。


 やつ当たりして、手を振り払って、子供みたいに泣きわめいて、寝る。

 目が覚めても、男の人は手をしっかり握っててくれました。そして、いくつかまた私に質問した後に「落とし者担当」の宮殿の人を呼んで来ると言って、部屋を出て行き……それっきり、二度と現れませんでした。今日の今日まで、会えてなかったりします。

 別れた時にはまた部屋に戻ってきてくれると、何となく思っていたので、だから「どこの誰か」どころか「名前」さえも聞いていなかったという、大失敗を。

 他の人にあの男の人は誰ですか? と聞こうとも思いました。

 しかし別れ際に「この事、秘密。人、駄目、僕、行く仕事」とか言われていたので、「秘密、駄目」と言うことは。下手に聞いてしまって、ご迷惑をおかけしてはいけないと思ったのです。


 約束は守らなきゃですよね!


 今になってそれとなく情報収集をしてみようと思ったのですが、私の知っている唯一の神殿関係の人というと、旦那さまだけです。さりげなくなんて聞きづらいっ……かなりハードモードな人選です。

 旦那さまとか、特に上司っぽいので、男の人が私に親切にしてくれた所為で、何か仕事に支障をきたしていたらと思うと聞けません。絶対にっ!

 自分がこちらで働くようになって、更にそう思いました。

 仕事、大変で大事です。


 でもあのお借りした服が、大神官である旦那さまのと似ていたのは幸いでした。


 今では見慣れた旦那さまの服装のおかげで、確実に「職業:神官」だって事はわかります。神殿にさえ行けば会えるという安心感があります。


 下手すると一生会えない事になってまう所でした!


 この世界に嫌な印象を持たなかったのも、初めて会ったこの世界の人である、あの男の人が優しくしてくれたからです。

 会いたい、会ってお礼が言いたい。

 これから長い付き合いになるこの世界を嫌いにならなかったのは、貴方のお陰ですって言いたいです。

 そんな一心で、探したいと思っているのですが神殿に行けるのはいつになるでしょうか?

 このまま会えなかったら、嫌です。


 そしてなんといっても……あの服。

 借りパク状態です!


 あの男の人が言っていた通り。宮殿から来たという案内係さんが、私を見た瞬間おどろいて新しいドレスを速攻で準備してくださって、メイドさん的な人達に、あれよあれよという間に、着替えさせられて、着替えたあとの服は返してくれなかったんですよ。制服も。

 返してくださいとやっとお願いして返してもらった時には、大変なことになってました。

 そう、涙と鼻水が……。


 し、しかたがなかったんですよ!


 で、その後こっそりと手洗いしようとして失敗し、さらに台無しにしてしまったあの服もどうにか弁償してお返ししたい。あの手触り、かなり高級そうですし、金糸の刺繍なんてこの世界なら手縫いでしょうし。考えるだけで恐ろしい金額そうです。


 ――どうにかお金を貯めて、内緒で新しい物を手に入れなければ。


 このお屋敷で働き始めてから今日まで、元の世界とは違う手作業感に散々失敗して、お給料もらえるかわかりません。今日の旦那さまの服の染み抜き代とかも、たぶん天引きされただろうと思われます。

 衣食住付きのお仕事じゃなかったら、生きていけなかったと思います。

 よし、改めて決意しました、頑張ろう。

 小さくガッツポーズを取りながら、本当にあの男の人に胸をはって堂々と会えるのは長い道のりだなぁ……なんて思っていると。



「いやーん! マレーネちゃん。おっはよーーーー!」

「イゾッテさん、おはようございます」


 私が使用人部屋へ掃除用具をかえしに行く途中、愛称で呼ばれて振り返るとゴージャスな人でした。

 まさに抜群のプロポーションを見せつけるような、体のラインがこれでもかと出ているシンプルなドレス。私には大胆すぎてとても着れないです。そのシンプルさとは対照的に、大きめの金銀の土台で作り物かと思うほどの大きな法石(ほうせき)がはまった装身具をじゃらっとつけています。氷のような銀髪の旦那さまの対になる、太陽のような金髪の美女です。元の世界では顔見知りにさえなることなんて絶対ない、セレブオーラを漂わせてます。


 この女性こそ、私の案内係を買ってくれている、イゾッテ=グラーゴレオ=リーニさんという方です。

 法具師(ほうぐし)という職業を営んでいるみたいで、私の翻訳法具のメンテナンスもしていただいてます。


 そう、翻訳法具(ほんやくほうぐ)!!

 これのおかげ様で言葉通じてます、超便利なものなんですよ。


 はじめはこの国の言葉を全く理解できなくって、男の人と会話できたのもあの人がたどたどしくですが、日本語を話してくれていたからです。

 だからあの人が居なくなってから……知らない女性が急に部屋に入ってきて、どうしよう言葉通じないと心細く思ったのですが。


「……はじめまして、私はイゾッテ。貴女のお名前は?」


 旦那さまと入れ替わりるように現れた、案内係の女性の第一声。

 綺麗な日本語を話しているイゾッテさんに、なんで言葉が通じるんだろう? と、不可解な顔をしていると「魔法をかけた道具で、言葉を翻訳することが出来るのよ」と笑顔で説明されてから、イゾッテさんは自らしていたイヤリングを外して、私に着けてくれました。それが翻訳法具です。

 するとあら不思議。

 着けた途端に、皆さんの言葉がネイティブな日本語で聞こえます。

 代々落とし物の人が来たら貸し出してくれるらしいです。

 博物館とかで、外国人観光客向けに貸してくれる翻訳装置みたいなものでしょうか? 時々、翻訳できない言葉があって、よくわからない言葉で聞こえることが少々。特に旦那さまの言葉でよくありますが、多分翻訳には対応していない、難しい単語使ってるんだろうな……みたいなアバウトな理解力です。

 イゾッテさんはそういう魔力で動く「法具」を作る職人さんみたいです。

 法具にはまっている、法石というのは電池みたいなもので、魔力が弱い人や、無い私が法具を使おうとするとそれが必要不可欠とか。宝石並みに高価だと言うことで、無くさないように気を付けないと! と思ってつい耳をさわる癖ができてしまいました。

 法石にもピンからキリまであって気にする事はないって言われても、元の世界では安かろうが高かろうが、宝石なんて身に付けたことないですよ! 無くしそうで怖いですよッ! ふとすると、耳の存在感がぱないです!


 言葉がわかるようになった私は、イゾッテさんに連れられて王宮に行って、この国の王様という人にお会いし……本当に見るからに王様! って格好をしていて、ある意味感激でした……この国では「落とし者」の身分は保証されるということ、暮らしやすくサポートしてもらえる事を説明されました。

 その際に、この国での身元保証人で保護者だと旦那さまの事も紹介されました。

 女性じゃないと話しづらい事もあるだろうと、イゾッテさんも生活するうえでの案内人として選ばれたみたいです。助かりました、いくら旦那さまが保護者だといっても、女性じゃないと聞けないこともありますからね!

 こんなに至れり尽せりで、見返りとしては時折向こうの世界の事を話すことが条件という……なんというローリスクハイリターン。

 しかし所と風習が変われば、知識は財産となる。

 向こうの世界では当たり前の些細なことでも、国をより良く治めるヒントになる事もあると言われれば、もっとよく向こうの世界の事上手く伝えられればっ……と、自分はあの世界で過ごしていた日々、何となく生きていて、知らない事が多くて、もどかしくて。

 説明できない自分に、がっかりな気持ちになってしまいました。

 どう見てもお役に立てそうにない、残念さ。

「こんなに親切にしていただいて有難うございました」と王様に言ったら、笑われてしまいました。何か変なことを言ったのでしょうか? と不安になってしまいましたが、困ったことがあったらなんでもいってくれと返されましたが、別の世界から来た人間にここまでしてもらったら、こっちの方がおそれ多いです。

 当たり前のようでいて、この世界では当たり前じゃないこと。

 どんなことを話せばいいのかわからなくて、尻込みしていたら。こういう例もあったと教えてもらったのは、前にこの国にきた「落とし者」の人のお陰で「病院」みたいな制度ができたとか。

 今までは個人の開業医やお抱えの医師、とお医者様は個人でお仕事していて、大勢を診るのには効率が悪かったとか。病院ができたお陰で、今では庶民の人達も幅広く治療を受けられるようになったみたいです。

 この世界。魔法があるので、お医者さんいらずと思ったのですが、治療の魔法は難しく、上位の神官様レベルじゃないと使えないみたいで、ゴッドハンドにそうそう手術を頼めないみたいな一般的じゃないみたいです。

 今思うと、あの男の人が私に魔法を使ってくれたから、私は落ち着くことができたのでしょうか?

 だとしたら、なんという無駄遣いをさせてしまったんでしょうか。

 

 また、男の人の事を考えてしまって、私がぼーっとしていると。

 イゾッテさんがイタズラっぽい目で、私に迫ってきました。

 にやにやです、何か嫌な予感がします。


「なになに。その物憂げな表情、もしかして、コ・イ? ラブ? 相手は大神官? 奴にほだされちゃった?」


 ええええええ!?

 なんですか、その超飛躍した想像は!


「ち、違います。旦那さまじゃないです!」

「へ……、マジ?」

「だから、違います。考えたのは、旦那さまじゃなくて別の人ですがっ……そんなんじゃないです!」


 説明しながらも顔がほてるのは仕方のないことです!

 年も、名前も、年齢も、それどころか顔もひげもじゃの所為で、ある意味知らないと言っていい人のことを、好きになるなんてそんなこと!!

 しかし今考えれば。あの赤い髭もじゃのモフモフだったからこそ、喋り方も浮き世離れしてたのが拍車をかけて、某「ですぞ」が口癖の国民的着ぐるみのような感覚で、あんな抱きついて泣いちゃったのかと。


 でも正気に戻った今なら、正体は若い男の人だったと考えると恥ずかしい。

 恥ずかしすぎて死ねますっ……。


 あっちにとっては「君、未成年? コドモ? 小さい?」と聞かれたので、私なんか子供扱いしてたのですが! まぁ未成年ですけど。でもでも後数ヶ月すれば十六歳で向こうでは結婚できる年ですよ、なのに小学生ぐらいの対応されたような気がします。だから、気にしない! 気にしない!


 あえて考えずにいたことを、イゾッテさんのせいで思い出してしまいました。

 青くなったり赤くなったりあわあわ慌てながら耳を触っていると、イゾッテさんは気を取り直したらしく、ポンポンと肩を叩いて真剣な顔で「これ以上は聞かないわ……」なんて。


 絶対勘違いしてます!

 説明したいけど下手に話すと、ずるずると喋っちゃいけないことまで話してしまいそうで怖いので、ここはぐっとこらえました。


「今日はねブルーノのケーキが食べたくて、遊びに来ちゃったんだけど、お話ししましょ?」

「え、あの……でも、私、仕事が」


 イゾッテさんは旦那さまの従姉弟で、幼馴染みでもあるそうで。

 旦那さまの家にフリーパスでやって来ます。

 この世界。旦那さまのようなお金持ちのお宅にお邪魔する時は、そりゃあもうめんどくさいやり取りをしないといけないらしいですし、主人がいないお屋敷に遊びに来るなんて事は、とてもいけない事みたいですが。そんなこと全く感じさせないイゾッテさんは、旦那さまと本当に仲がいいんだなぁと思いますが。


 ブルーノさんというのは、最近旦那さまが引き抜いてきたという、超一流のパティシエさんです。勝手知ったる他人の家。というか、もう我が家のようにイゾッテさんはこのお屋敷の使用人を使う事にためらいはありません。

「掃除用具なんてそこらへんに置いておけばいーのよ」的にぐいぐい引っ張られたので、ぞんざいに置いてきちゃいました。

 ――ひぃぃぃぃ。

 場所、きちんと覚えておいて、後で回収しに行かねばです。

 お屋敷広くて、私はまだ道をきちんと覚えられてないのですが、イゾッテさんは当たり前のように、お気に入りの中庭の方へと進んでいきます。


 もう聞かないと言ってても、さっきの事が気になっているようで。

 私のことを引っ張りながらも、少し上の空っぽいみたいですよ。

 見るからに、恋バナとか好きそうだからなあ……でも、恋バナじゃないんですよ、本当に。



「大丈夫、お客様をもてなすのもお仕事になるから、ねー」


 ……ってことですが。

 それに向こうの世界のお話を聞かせるのも、私には大事なお仕事ですが。

 庭園に着くと、他の先輩使用人さんたちは慣れたもんでテーブルをセットしはじめました。


 ――ヤバイです。


 これで私も仕事サボって、イゾッテさんと一緒に座ってティータイム……なんて。

 いたたまれません!


 庭師さんが丹精こめた美しい庭ですが、その美しさも、ブルーノさんの美味しそうなお菓子も、堪能できませんよ。

 でも使用人を使うことになれてる、根っからのセレブは、私のそんな葛藤汲み取ってくれません!

 私は恐々としながら、先輩使用人たちに給仕をしていただくと言う、申し訳ない事態に陥りました。先輩たちはさすがプロ、気持ちを表に出さずに、鮮やかな手つきです。どう思われているのか、読めません。

 味のしない紅茶を飲みながら、私は考えました。

 イゾッテさんに今度はこのお屋敷以外の場所でお話できませんか? と聞いてみよう、うん、そうしよう。



 こうやって私の異世界での非日常は、過ぎていくのでした。




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