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王都って怖い。

「決めた! 私、王都に行くわ! こんな田舎町よりもっと私よりもっと凄い子が居るだろうから!」


幼馴染のシャロンがそう宣言したのは3年前の事だった。

窮屈でどこに行くにも注目される田舎町から脱け出す。

そういう事だろう。


+++++


と、いうのも。

当時、15歳だったシャロンはモテてモテて仕方なかった。

半農村の田舎町で、シャロンはずば抜けて可愛かったからだ。


失礼だけれど、母親も父親も普通の町人だ。

シャロンだけ、母親と父親の良いところを集めて、更に輝かせてみました的な感じだ。


明るいふわふわの茶色の髪にキラキラ輝いてるような茶色の瞳。

肌は白く頰は薔薇色で、口は血色の良い桃色。

小作りな顔で笑うと周りに花が咲いたように可愛い。


田舎町では町中の男から告白される。

女からは嫉妬される。


うん、窮屈だよね。

よく15歳まで持ったね。


そうそう、忘れてはいけないのが幼馴染は更に癒しの魔法が使えた。

傷を治すものではないけれどね。

でもある意味、傷よりももっと貴重なものを癒せる。


幼馴染は生まれた時から知っている魔法を使えばどんな心の傷も癒せた。


その魔法はどんな心の傷も癒せるから、田舎町ではシャロンの事は大事にされていた。


女の子からは嫉妬されながらも大事にされる。


シャロンは常に求婚されていた。

田舎町だからね、小さい時からだよ。


あっ、僕以外からね。

申し遅れました。


僕はイシド・ナナカマド。

シャロンの幼馴染としてこの田舎町ではネームバリューが凄まじい。

ただ単にシャロンの家の隣の靴屋なんだけれど。


チャームポイントは田舎町では珍しい金の髪。

溶けるような淡い金の髪は貴族に多いから。

多分両親の濃い金がたまたま薄くなったのかな。


黙っていればそれなりに顔は悪くない、と言われてるよ。

下らない所で話が長いのが残念だって言われるんだ。


僕も魔法が使えるけど、靴屋らしく色変えの魔法しか使えない。

靴屋だから靴の色を気軽に変えられるのがいいよね。


+++++


そうそう、シャロンの王都に行く宣言を聞いて僕はと言えば、


「そっか、頑張ってね」


と、返事をした。


「なにそれー。ほらー、王都の学園からの招待状が届いたのよ」

「ふーん、君に王都は厳しいと思うけど」


シャロンは優しい子だから、王都には合わないと思う。


「何それ! 私の魔法の才能を王都の人がすごいって思ってくれたんだから。だから、その才能を伸ばすようにって招待状がきたのよ」

「そっか、頑張ってね」

「行って欲しくない?」


シャロンは、ウチの靴屋のカウンターに身を乗り出す。

上目遣いに僕を見つめる。

うーん、悔しいけど可愛い。

ウチまで押しかけてきて言う事がそれか。


「行って欲しくない、と言うと行くのはやめるのかな? 麗しきワガママ姫」

「何よ、イシドが素っ気ないから聞いたの。私、王都の学園で頑張って大魔法使いになるわ!」


シャロンが高らかに宣言する。

靴屋のカウンターに身を乗り出すのはやめて欲しい。ウチのカウンターがきしんでるんだ。


後、顔を近づけないで欲しい。

無駄に可愛いから心臓に悪い。


シャロンがもっと可愛くなければ良かった。

もっと才能に溢れてなければ良かった。


僕は色々な気持ちを飲み込んだ。

こっちを無邪気にニコニコ笑って見ているシャロンを見返す。


「シャロンが大魔法使いになって。この町まで噂が聞こえてくるのを楽しみにしてるよ」


にっこり笑って見せた。


あっ、向こうの通りの影で嫉妬の目でこっち見てる男がいる。

こわっ。


+++++


それが、3年前の出来事かな。

今はね、シャロンは帰って来てるよ。


「シャロン、お昼だよ。今日はキノコのリゾットとプレーンオムレツだよ」

「信じて。皆、友達だと思ってたの。だって私は大魔法使いになりたいんだから」


独り言を言うシャロンの横にお昼のトレーを置く。

プレーンオムレツからバターのふんわりした匂いが漂った。


シャロンは靴屋の一階の休憩スペースに居る。

ついこの間帰ってきてから、ずっと居る。


「うんうん、そっか。あちらはそう思わなかったのかな」

「王子様は好きだったけど、好きだったけど」


あらぬ方向を見つめて、ぶつぶつ呟くシャロン。


「皆、あんな事してくるなんて」

「うんうん、まあシャロンの警戒心がないのもアレだね。大方密室で2人きりにでもなったのかな?」


シャロンの独り言に辻褄があって、僕と会話してるようだけど違うんだよね。

ただ、ループしてる独り言の流れを覚えて会話してるようにしてるだけ。


僕は一つ溜息をついた。


幼馴染の前に屈んで、プレーンオムレツを載せたスプーンを口に寄せる。


すると、シャロンは大人しく口を開ける。

もぐもぐ、とシャロンの綺麗な口が動いてオムレツを食べた。

僕はそれをシャロンが食べ終わるまで繰り返す。



うん、まあシャロンは帰って来てるよ。

王都でボロボロにされたみたいだね。

のどかな田舎町とは違うよね。


妊娠もしてるし。

今はね、妊娠5ヶ月かな。

誰の子なんだろね。


+++++


「イシドくんがシャロンを止めてくれればこんな事には」


シャロンの母親の言葉が僕に凄い剣幕でなげかられる。

父親は僕に飛びかかろうとする母親を抑えている。


シャロンが帰ってきてから、シャロンを囲んで度々こういうやり取りがされていた。


「お言葉だけどね、シャロンちゃんが行きたいって行ったんだろ。ウチの子になんか悪い所があるのかい?」


僕の母さんが目を吊り上げて、シャロンの母親に反論する。

最初は同情していた母さんだった。

だけど、僕にシャロンがこうなった責任を押しつけようとする事に怒りが湧いてきたみたいだ。


シャロンは僕達のやり取りを気にも止めず、


「いや、信じて。好きだったけど」


とかぶつぶつ呟いている。


「いつも申し訳ない。イシドくん。これを………」


最終的にはシャロンの父親が、お金を渡してくる。


「ちょっと待って下さい。そろそろシャロンのトイレの時間だ」


お金を渡そうとする父親を止めて、シャロンの腕を引く。


「そのぐらいは私が」


シャロンの父親が無神経にもシャロンに触って立たせようとする。


「あっ、ちょっとやめっ」

「いやーっ!! イシド!!イシド!! 皆が私を苛めるの!」


シャロンが手を振り回し半狂乱で騒ぎ始める。

シャロンの父親と母親がショックを受けて立ち尽くした。


「シャロン落ち着いて。シャロン、トイレ行こう。シャロン!」


こうなってしまうと落ち着かせるのに時間がかかる。

焦って腕を掴もうとするけれど、シャロンの興奮が酷すぎた。


その内にシャロンの動きが急に止まり座り込む。

シャロンの周りに温かい水溜りができた。


誰も動けない中、素早くボロ布でシャロンの周りを拭う。

木の床だから素早さが基本だ。

ゴミ箱に袋に入れてポイッて捨ててから、シャロンの腕を掴んで立たせる。


「シャロン落ち着いた? 今日は早めにお風呂に入ろうか」


シャロンはまたぶつぶつ言いながら大人しく僕に腕を引かれる。

まあ、もう出ちゃったから仕方ない。

次はお風呂だ。


シャロンの心はだいぶ壊れてる。


シャロンは心の傷を癒すのに才能があった。

でも、自分の心は癒せないみたいだ。

シャロンが魔法を使えない今、この田舎町は皆が皆自力で心を癒す。


まあ、当たり前だよね。


+++++


「苦しい! イシド! イシド!」


シャロンはいつもイシドと呼ぶけれど、僕に焦点は合ってない。

思うに、僕の事を好きとかではない。

イシドと呼ぶと事態が良い方向に向かう便利なアイテムと思われている。


うん、知ってた。


シャロンの背中を良い具合にさする。


そうそう、あれからだいぶ経って、シャロンから子供が産まれそうです。

産まれそうになったら僕以外誰にも近寄らせないから、この状況です。


知ってた。


シャロンの家のリビングを片付けて、産まれそうなシャロンと僕の2人きりだよ。


布でいっぱい。

お湯でいっぱい。

僕は一応勉強した子供の取り上げ方で頭いっぱい。

やれやれだね。


本当はね、王家からの使いも入って来ようとしたんだ。


もちろんだよね。

多分、シャロンの子供は貴族か王家の子だ。

貴族なら誰の子かは分からないけどね。

貴族の子なら放っておかれるだろう。

一応、第一王子だった人から一回お手つきがあったみたい。


王家の子なら、喉の下の鎖骨辺りに花の紋章が浮き出るらしい。

そうしたら、王族の子なので王都に連れていかれる。


「イシド! 苦しい! イシド!」

「はいはい」


ま、で使いの人は入って来ようとしたけれど、シャロンの半狂乱に恐れをなして扉の前待機になった。


もうすぐ産まれそうだ。

多分。

………。



「アアー! ウアー!」


産まれた!

子供が元気よく叫ぶ。


さすがの僕も汗だくで、よく消毒したハサミでへその緒を処理する。

あっ、女の子だ。

可愛い。

溶けるような淡い金髪は貴族っぽいな。


で、子供をお湯で洗って。

喉の下は、と。


僕は子供の喉の下を見て、そっとソレを撫でた。


魔法の発動が無詠唱無魔法痕で成功するよう、シャロンが帰ってきてから練習していた。狭い範囲なら成功していた。


魔法でソレを撫でた。


バタン!


と、王家の使いが入ってきた。


子供の喉の下をじっくり見ている。

王家の使いは、厳しそうなヒゲの生えたおじさんだ。

じっくり見た後、偉そうに頷いた。


「うむ、紋章はないようだな。一回で子が出来るはずもあるまい」


結論が出たようだ。


僕はニコニコ笑ってずっと子供を捧げもっている。

まあ、田舎町の靴屋の息子だしね。

長いものには巻かれまくりだ。

ワァワァと子供は泣いている。


「いいだろう。陛下にもそのように報告しよう。貴族の子だとしても面倒だ。その髪色からして、田舎町の靴屋の男の子供だった、とな。女であるし、王位にも関係ない」


あ、王家の使いなのに使えないやつだな、このおじさん。

まあ、率直に言って面倒だよね。

その使えなさ加減に助かったかな。


まあ、僕の子じゃない事は100パーセントなんだけどさ。

どこか不思議と僕に似ている女の子だった。


「ありがとうございます。僕とシャロンの子として育てます。ご迷惑はかけません」

「うむ、その女は王都に合わなかったようだな。この町で身の丈にあった男の側で静養するがいい。さらばだ」


違った。あえて優しさでこういう処分にしてくれたみたいだ。

王家の使いは口の端でニヤリと笑うと、皮袋を置いて去っていった。

皮袋からは大量の金貨がはみ出ている。


僕はそれを笑って見届ける。

それから、赤ん坊を洗って、服を着せると柔らかい布を敷いた籐籠に入れた。

軽い重みが何だか可愛い。

シャロンの後始末に取り掛かる。

幸い、下も切れなかったようだ。


「好きだったのに」

「はいはい」


シャロンは赤ん坊を生んだにも関わらず、未だに過去に浸っている。


+++++


シャロンが子供を産んでからだいぶ経った。


シャロンは未だに僕以外に触られると発狂する。

だから世話役は僕だとして。

赤ん坊も僕以外だと火がついたように泣く。


シャロンもシャロンの赤ん坊も世話できるのは僕だけだ。

毎日、靴屋の仕事の傍ら赤ん坊に人工乳を飲ませ、オムツを取り替えて風呂に入れている。

シャロンは腕を引いてやれば、自分で食事や風呂やトイレはできるようになった。

ありがたい。


この田舎町で、済し崩しに僕はシャロンの夫となり、子供の父親となった。

ちなみに子供ができる事をした経験はゼロ。

笑ってくれていい。


子育てに関しては皆にも協力してもらってる。

買い物とか、掃除とか、僕の御飯は結構ウチやシャロンの両親に助けてもらっていた。


何とかやってるよ。


まあ、赤ん坊をあの時に王家の使いに渡したらかわいそうだ。


シャロンがボロボロにされて帰ってきた王都だ。


それに………。


「シャロン、何処に行くの?」


ドアを開けようとしたシャロンを止める。

これで、何回目だろうか?

シャロンがあの人の所へ行こうとした事は。

子供を産んでから、外へ出て行こうとしている。


「王子様、好きだったの」


虚ろな目でドアの方を見るシャロン。

僕はため息をついた。


「王子様はだいぶ前に亡くなったよ。流行病で」

「私を好きだって」

「もう死んでるよ」

「妃にって」

「死んだ」

「好きだったのに」

「はいはい、死んでるから」


もう子供の父親はいない。

シャロンは僕の言葉がわかったのか分からないのか、


「好きだったのに」


をまたぶつぶつと繰り返し始めた。


王都に行っても父親がいないのでは、子供もどうなるか分からないだろう。

第一王子、つまりシャロンと関係があったかもしれない王子だけど。

流行病とは言うが、この田舎町までも暗殺されたとの噂が届いている。

すぐに第二王子が立太子したからだ。

第一王子の婚約者だった公爵令嬢を婚約者としてね。

第二王子は第一王子よりも優秀らしい。

すぐに世嗣ぎもできるだろう。


あっ、そうそう。

子供の人工乳の時間だ。


子供は最近よく笑うようになった。

3時間ごとの人工乳もゲップも、これを見ると癒される。

溶けるような淡い金髪とシャロンによく似た可愛い顔。

指を差し出すと、笑ってギュッと握ってくる。


あー、子育ての寝不足も癒される。


この子は幸せになると良い。

名前は幸せになるように、と愛と幸福を司る女神の名前にした。

ミスティだ。


+++++


あれから、何年か過ぎた。


シャロンはだいぶ良くなった。

何事もなかったかのように、僕の靴屋の仕事を手伝い、子供のミスティの世話をしている。

まだ、時々王都の方を遠い目で見ているけれど。


「パパ〜!」


靴を作っている僕にミスティの声がかかった。


僕は自分の靴屋のカウンターの横で靴を縫っていたので、ひょいと顔を上げる。

もう目の前にはミスティの満面の笑顔があった。

何かを後ろ手に隠している。


「何かな? ミスティ」


ミスティのいたずらを企むような上目遣いが堪らなく可愛い。


「あのね、パパに花かんむり作ったの、ほら!」

「うわ、すごいね! ありがとう」

「どういたしまして! でね、八百屋のリーグから聞いたの」


何を聞いたのだろうか。

ミスティが内緒話をするようにカウンター越しに桃色の唇を寄せた。


「あのね、私はね。パパのお嫁さんになるから」

「あはは、どうもありがとう。嬉しいよ」

「本当だよー?!」

「こんな世界で一番可愛い女の子がお嫁さんなんて嬉しいよ」


でしょー? とミスティは得意そうに胸を張ってみせる。


この国の父親達の至福の瞬間だろう。

なかなか感慨深い内緒話だった。


「パパと私ね、血が繋がってないんだって。だからお嫁さんになれる、って八百屋のリーグが言ってたの」


幸せな気分から一転して顔の血の気が引きそうになった。

が、根性で堪えて笑ってみせる。

リーグは八百屋の息子だ。

後で懲らしめたいが、懲らしめたら本当の事だとミスティに思われるだろうか。


「ミスティは間違いなくパパとママの子供だよ」

「えー!? でも、リーグは!」

「パパとリーグくんのどっちを信じるかなー?」


ニコニコ笑いながらミスティに諭すと、ミスティは渋々頷いた。


「パパだよね」

「うん、ありがとう」

「ごめんなさい、パパ」

「良いんだよ」


ミスティは良い子に育っている。

ありがたい事だった。

ぼくは良い気分でミスティを抱き上げた。


+++++


あれから更に時間が経った。

今日はミスティの20才の誕生日だった。


今日はミスティへのお祝いとして魔法をプレゼントする事にしていた。

ちょうど田舎町に来ている呪い師から、祝福のまじないをかけてもらうのだ。

何年かの幸運が上がるというものだけれど、結構お金がかかる。

だいぶ奮発してヘソクリも含めて呪い師にお金を渡していた。


それとは別にミスティは呪い師から何か薬を買ったようだ。

最近、首にデキモノが出来たと言ってたから美容関係の魔法薬かもしれない。



誕生日を親しい人達で祝った後に何故か改まってミスティに呼ばれた。

シャロンはもう寝ているから、パパだけと言われた。


何だろう。

貰ったプレゼントのドレスを着たから見せたいのだろうか。

何の服を着てもミスティは可愛い。

ミスティは世界一のお姫様だ。


僕はミスティの誕生会で軽くお酒を飲んで上機嫌になっていた。

鼻歌を歌いながらミスティの部屋のドアを叩く。


「入って」


ミスティが部屋の中央に白いワンピースを着て立っていた。

ミスティの部屋に入ると、そこには甘い匂いが立ちこめていた。

何かのアロマだろうか。

何か嫌な予感がして、出ようとすると強くミスティに手を引かれた。

片手には小瓶を握りしめていた。


「ミスティ、パパは酔ってるからまた明日」

「見てちょうだい。私の喉の下に日焼けで色味がよく見ると違う所があるの」

「ミスティ!」


小瓶をはたき落とそうとして、目眩がした。

ミスティが一気に小瓶の中身をあおる。


喉の下に桃色の花の紋章が現れた。

王家の証だ………。


「私、イシドが好きなの」


シャロンとよく似た、だけどシャロンより若い。


目眩がする。

瞬きをして目を凝らしても焦点が定まらない。


シャロン、いやシャロンじゃない?

いや、シャロンか………。


目の前で目を潤ませるこの女の子は誰だ。


シャロン?


シャロンが僕を好きだって?


田舎町で一番可愛い僕の幼馴染が?


「ああ、僕もずっとずっと昔から大好きだったよ、シャロン」

「嬉しい、イシド」


シャロンの右手が僕の頬をそっと撫でた。

シャロンが泣いている。


「どうして泣くの」

「嬉しいから」


嬉しいからなのか。

良かった。


王都に行ってしまったシャロン。

僕は王都に行くなんて不安だったけど、シャロンが行きたいなら、大魔法使いになりたいなら、と。


ずっと後悔していた。

もっと強く止めれば良かったのか。


好きだから行かないでくれ、とすがっていれば良かったのか。

明らかにシャロンに僕は釣り合わないのに。


「今、イシドの側にいれて幸せよ」

「ありがとう。僕も幸せだ」


シャロンが泣きながら微笑む。

僕もいつの間にか泣いていた。


曇る視界の中で、目を閉じたシャロンの顔が近づいてくるのを見た。


喉の下に桃色の花が咲いているシャロンが、僕に………。


+++++


次の日、僕はミスティの部屋で目が覚めた。

傍らには幸せそうなミスティが眠っている。


昨日のあれからの記憶はなかった。


僕はあまり深く考えないようにして、上の服を着た。

寝るときには服を脱ぐ癖がある。

それだけだ。


そして、ベッドを飛び降りて振り返らないように財布だけを掴んだ。

部屋を飛び出る。


何か後ろから声がしたような気がしたが、止まらないで走る。


僕は一刻も早くこの田舎町を出たかった。


もう何も考えない。

この田舎町を出よう。


+++++


一年ほど、他の国を放浪した。

時々靴の補修や靴を作って日銭を稼ぐ。

靴を魔法で色々な色にできる僕は、一応お金には困らなかった。


何も考えないように頭を空っぽにして。

時々思い出すのはシャロンとの穏やかな田舎町の生活。

そして、可愛い娘。

名前は………。

名前は………?


とにかく深く考えてはいけない。


他の国の道を当てどもなく歩く。


そして、あっさりと王女の使いだと言うものに捕まえられた。


抵抗したが引きずっていかれる。

使いは、


「何でこんな男に用が?」


とか何とか言っていたが、僕は怖くてずっと震えていた。

舌を噛んで死のうとしたけれど、布をかまされた。

涙が後から後から溢れる。

きっと怖い事が起こる。


+++++


とうとう、僕も王都に来た。


王宮へと運び込まれる。

途中の小部屋で何かよく分からない魔法をかけられた。

それと同時に口にかまされていた布を取られる。


長い廊下を歩き、扉が木の扉と鉄格子の扉と二重になっている部屋に入れられた。

窓にも鉄格子がはまっている。


ぐるぐるに縛られて、椅子に座らされる。

内装は絵本でしか見たことが無いほど豪華だった。

華奢で丁寧な塗装のテーブルに椅子。

天蓋付きの幕がかかったベッド。

複雑な織りで出来ている絨毯。


僕は現実を見ないようにして、下を向いた。


運び込んだ人達は、無言で部屋に鍵をかけて去っていった。


ガチャリ。


しばらくしてからまた鍵が開く音がした。


2人分の足音がして、下を向いたままの視界に綺麗な靴を履いた足が映る。


「イシド」

「イシド」


2人の声が僕を呼んだ。


顔を上げないままでいると、僕の前でかがみ込んで顔を覗かれた。


「ミスティ」


綺麗な化粧をしたシャロンによく似た顔がこちらを見る。

溶けるように淡い金髪に僕と同じ空色の瞳。

キラキラと輝くような不思議な魅力の目がシャロンにそっくりだ。


桃色のドレスを着て本当にお姫様みたいだ。


「私の名前は? イシド」


名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはシャロンがいた。


「シャロン」


茶色の髪に茶色の瞳。

田舎町で一番可愛い女の子。

僕がとても好きだった女の子。


「ミスティ、ちょっとだけママに話をさせてちょうだい」


シャロンの言葉にミスティが軽く頷いて下がる。近くの椅子に座った。


シャロンも椅子を持ってきて座ると口を開いた。


「まずは、昔の私の事を面倒見てくれてありがとう。前からあなたって優しかったわね。でも、そうじゃないのよ。私が悪かったのかしら?」


僕は何となく言いたいことが分かって首を振った。


「私はね。あの時夢見がちなただの女の子だったの。好きだって強く言ってもらいたかったの。でも、あなたは言わなかった。私は王都に行って、自分で言うのも何だけど可愛いし、心の傷を癒す特別な魔法を使えるから素敵な男の人に引っ張りダコだったわ」


ふふっ、とシャロンは昔のように少し無邪気に笑った。


「その時、特にその中でもどことなくあなたに似ている第一王子が私に好きだって言ってくれた。婚約者とは別れて私と結婚したいと言ってくれた。あなたが王子様になったようで、あなたが好きと言ってくれたみたいで有頂天になったわ」

「ちょっとお手軽ね、ママ」

「うるさいわね、ミスティ」


ミスティからの軽口にシャロンが苦笑する。

二人はこんなに気安い感じになっていたのか。


僕はじっとシャロンの話に耳を傾ける。

第一王子がどことなく僕に似ていた。

という事は、ミスティが何となく僕に似ているのも納得できる。


「分かるでしょ? 私の魔法を。心の傷を癒せる魔法を。権力者程その魔法の虜になるし。男って、心の傷を癒してくれる可愛い女の子は好きなのよね。まあ、あなたは一味違ったけど」


僕は静かに頷いた。


「とりあえずあれよあれよという間に私は王子のお手つきになったし、貴族の男性も私を取り合ったわ。王都は大変な騒ぎになった。その内に第一王子は流行り病にかかった。私は私でその大混乱の内に、私を知ってる人に癒しの魔法をかけて私を失うという心の傷を癒した後、田舎町に必死で帰ってきた」

「だから、ママは追いかけられなかったのね」


ミスティがなるほど、と手を叩く。

シャロンの魔法はそんなすごい力があったのか。


「ただ、私は無理な力の使い方をして、魔法の力が枯渇し切っていた。魔法の使い過ぎの反動で廃人になってたし」

「イシドに下の世話させたんだよね? おじいちゃんから聞いた」

「だまらっしゃい!」


ミスティがシャロンを軽く睨む。


「ちょっ、まあ、僕はそこまで大変じゃなかったし」


ミスティの剣幕に僕はまあまあととりなす。


「そんなこと言ったらミスティ、あなたは毎日オムツ取り替えてもらったのよね?」

「うっ、そうでした。でも、でもイシドは私の事世界で一番可愛いって」

「まあ、いいわ。とにかくイシド。今までありがとう。結局、私とは済し崩しに夫婦になっても男と女の関係にはならなかったでしょ?」


僕はそこまで聞いて、シャロンの言いたい事が分かって、やっぱり死のうとした。

思い切り舌を噛もうとしたが、どうしてか出来なかった。


愕然とする僕をシャロンが覗き込む。

僕が好きだった無邪気な笑顔で。


「イシド、自害を防ぐ魔法はもうかかってるわよ。まあ、王子のお手つきで王女であるミスティが産まれて」


シャロンの言葉に続いて、ミスティが、


「入ってきて」


とドアの外に声をかけた。


一人の中年女性の腕に抱かれた赤ん坊が入ってくる。


僕を見るとニコニコと笑った。


淡い溶けるような金の髪に空色の瞳。

僕にそっくりだった。

喉の下に桃色の紋章がある。


僕は潰れるような悲鳴を上げて、目を閉じた。

ギュッと目を閉じて見ないようにする。


「ママと間違えさせた結果だけど、私とイシドの子なんだよ」


ミスティの声が聞こえた。


「第一王子はミスティを残して流行り病で死亡。第二王子も結婚はしたものの流行り病の高熱で男性機能は失っていた。養子を取ろうかと、王家の紋章はなくても王家に外部の人間を入れようかとまさにその時に、ミスティが現れた」

「イシドは王家の人を騙していた大罪人だけど、私が許してって言ったの」


シャロンとミスティの声が交互に聞こえる。

吐き気と目眩がした。

グラグラと頭が揺れる。


「イシドは私の子の。王子の父親だからって」


ミスティの言葉に僕の口からはとうとう悲鳴がほとばしった。

胸が刺されたように痛む。

もう耐えられそうにない。


「そーれ、はいっ」


シャロンの軽い声が聞こえて、僕に温かい光が降りかかった。

途端に胸の痛みが無くなる。


ああ、心の傷を癒す魔法なのか。


「大丈夫よ、イシド。何て事ないわ。幼馴染の子よ。王族ではあり得る年齢差だって。血縁関係ないんだし、私に似て可愛いでしょう?」

「世界一可愛い私がイシドの事好きなのよ? ラッキーでしょう?」


シャロンとミスティが僕に畳み掛ける。


………何て事ない?

ラッキー?


そうなのか?


そうなのかもしれない。


「とりあえず落ち着くまでは、私をママと間違えて良いから。落ち着いてこの部屋に居てね。私、気長に待つから。私とママを切り離して見てくれるまで」


ミスティは僕に投げキッスをして、シャロンや赤ん坊と去っていった。

さっと執事みたいな奴が僕を椅子に縛り付けてるロープを解いていった。


僕は鉄格子のはまった豪奢な部屋に一人取り残される。


いや、あの、とりあえず僕って監禁されてる?


ああ、………。


王都って怖い。

読んでくださってありがとうございます。

嬉しいです。

男主人公イシド・ナナカマドの裏設定として、

遠い昔に追放された貴族の血筋というのがあります。


ポイントブクマありがとうございます。

日々精進して参ります。

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