雷雨の中の目覚め
激しい振動と叩きつけるような風雨の音で目が覚めた。
辺りは暗闇で、自分が木箱のようなものに納められているのが分かった。
そして身体中をなにか包むような、へばりつくものがあった。
それを夢中で引きはがし、木箱のようなものから這い出た。
「後ろを取られるな! 前に追いやれえ!」
数人の男の叫び声が聞こえる。
振動の感覚から馬車の荷台に乗っていることが分かった。
変わらず襲ってくる振動をこらえながらなんとか周りを見渡す。
車軸を流すような雨の後方に、馬に乗った鎧下の騎士が見えた。
騎士は俺の姿を確認すると、仲間に知らせるように歓声を上げた。
「使徒様が目覚めたぞぉ!」
騎士の乗る馬に併走して、金色の眼を輝かせた四足獣がうなり声を上げていた。
『シャドー・ルウ(影狼)』というドラゴンスフィアに登場するモンスターだ。
その異様な状況から、俺は事態を受け止めるしかなかった――――ドラゴンスフィアの世界に取り込まれたという事実を。
夢ではないことは、はっきりと覚醒した意識と身体を打つ雨の感覚で分かった。
今はごちゃごちゃと思考をめぐらす前に、目の前の事態に対処しなければならない。
俺は身体にまとわりついたもの――繭糸のようなものだった――を引き剥がし、荷台の後方まで移動した。
狼は走りながら騎士の喉下に一撃する機会をうかがっており、騎士は剣を振りながらそれを牽制するので一杯のようだった。
現在、俺たちは道幅の狭い森林を走っており、狼の前まで移動するスペースは無い。
俺はふと「この位置だと馬が邪魔だな」と思った。
突然だが、人間は『つばの吐き方』を誰かに教わるだろうか。
人は、日常で当たり前に出来るこの行為を、誰からも教わらずに行える。
つばの吐き方は、第一に『つばを溜める』。
次に『つばを唇の前まで持ってくる』。
『口をすぼめた形で開く』。
『息と一緒に吐き出す』という手順で行う。
人間は自然に『つばを吐く』ことを体得していて、無意識下でそれを行うことが出来る。
俺は今ここで目覚め、身体中に新しい感覚が宿っていることに気づいた。
上空には立ち込める雨雲に、肌に吹き付ける冷たい風に、自然の力を感じていた。
俺は後方を走る騎士に向かって叫んだ。
「どけ!右側の森に飛び込め!」
騎士は俺の叫びに気づき、とっさに手綱を繰った。
右腕に神経を集中し、
エネルギーを溜める。
溜めたエネルギーを持ってくる。
開く。
放出する――――
「ディーンヴァルド(蒼迅雷放出魔法)!!」
開いた手のひらから眩い雷撃が放たれ、狼は振った糸を切られた人形のように吹き飛び、森の中へ消えていった。
硝煙の匂いのなか、俺は前で荷台を引いていた騎手に声をかける。
「敵は追い払った!馬の足を緩めて仲間を待とう」
騎手は安堵の顔をして、せきを切ったように話し始めた。
「ああ!使徒様、ありがとうございます!まさかこの酷い雨のなかで魔物に襲われるとは……<神葉樹>から産まれなさったあなた様がたを王の下へとお連れするのが我々の役目ですが、この辺りではあのような魔物が出ることは考えられません……」
「わかった、その話は後でしよう。今のところ眼が覚めたのは俺だけか?」
そこで気がついたが、俺は身体を覆っている繭を除けば裸同然の状態だった。
どおりで寒いわけだ。
落ち着いた状態でそばの覆い布を取り払うと、そこには俺の入っていた木箱の他に、同様のものが3つ置かれていた。おそらくコウイチとルリ、ミナギのものだろう。
それぞれの木箱の中には、見たこともないほど巨大な木の実が入っている。
俺はこの中で目を覚ましたのだろう。木の実のなかには繭糸が残っていた。
「まだ他の使徒様は眠っておられるようですな」
<使徒>とはドラゴンスフィアにおけるプレイヤーの総称のことで、天からの使い、いわば天使のことを指す。
使徒は<神葉樹>と呼ばれる神の樹の実から産まれ、世界を蹂躙する邪悪なる魔の王を滅ぼす役目として神から遣わされるという設定だ。
しかし、俺が知っているゲームの開始地点は城の安置室のなかで、こんな神葉樹から城までの道すがらではなかった。
これは一体どういうことだろう?