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鶴に恩返し  作者: あんだるしあ
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鶴の物思い

 心持、森の暗さが減じてきました。出口が近いのでしょう。


 今日の目的地は、森を抜けた先にある大きな湖でした。渡りの鶴が休む場になっているらしいのです。


「それで」


 おじいさんは、おばあさんがお礼を言いたいと言ったのがどういう意味なのかを、少し間を置いて尋ねました。


「あ、はい。ですから、私が悩んだことは結局、あの子に心からお礼を伝えることで全部解決するんだと思ったんですよ」


 ――おまえのおかげでこんなに裕福になれたんだよ。ありがとう。

 ――おまえが頑張ってくれたから法外の喜びに与れたんだよ。ありがとう。

 ――おまえの心遣いが本当にうれしかったんだよ。ありがとう。

 ――もう無理をしなくても、充分しあわせになれたよ。ありがとう。


 語り終えたおばあさんの表情は、いつものように切迫したものの中にも、少しだけやわらかさが混じっていました。

 娘のためにやると決めたことを口に出せて、揺れ惑っていた心が鎮まったのでしょう。


「……思えばたくさん世話になったのに、わしらはあの子にあらたまって礼の言葉なんぞ言うたことがなかったのう。世話してもろうてばっかりで、わしらがあの子に返せたもんなぞ微々たるもんじゃったのに、文句ひとつ言わん。ほんまにええ子じゃった」


 娘と暮らして、おじいさんにも、おばあさんにも、たくさんのうれしいこと、楽しいこと、暖かいこと、幸せなことがありました。


 おじいさんとおばあさんは、娘にそう感じさせてもらった分だけ、娘にもうれしいことや楽しいこと、暖かいことや幸せなことを返してあげたいと、心から願って、萎えた足腰に鞭打って今日まで方々を訪ね歩いたのです。


 次の地こそ、愛娘との再会の場であることを願って。


 おじいさんとおばあさんは森を抜けました。






 湖のほとり、群れから外れた位置にぽつんと、一羽の鶴がいました。


 鶴はずっと人間のお父さんとお母さんのことを考えていました。


 群れのどの鶴も帰ることなど望まぬであろう我が身だったのに、罠にかかって痛む足を抱えながら、鶴は、首を絞められ、羽根をもがれ、肉と骨になる未来――死が、とても恐ろしかったのです。


 そんな身勝手な鶴を助けたおじいさんと、おじいさんのたった一人の家族であるおばあさん。


 彼らに、命が助かったことが心からうれしかったことを伝えたくて、人の身になりすまし、想いの丈を奉仕に変えました。

 すると、ふたりとも鶴を我が子だと言ってくれました。

 本当に本当に幸せでした。


 けれども、そんな生活は、鶴が反物を織ったことで終わり始めました。


 お父さんとお母さんは反物を売って得られた大金に大層喜びました。

 今まで見たこともないほど喜ぶふたりを見て、もう一度あんなふうに喜んでほしかっただけなのに、我が身の羽毛で反物を織れば織るほど眉をひそめられ。

 もいだ羽根より、心の臓の近くが痛む心地がしました。


(お父さんは覗かないでって言ったのに部屋に入ってきちゃった。やっぱり私みたいな出来損ないが役に立とうなんて思い上がりだったんだわ)


 掟に従って群れに帰ってきたはいいものの、一度人間に正体を見破られたということで、鶴への風当たりは前より厳しくなっていたのです。


 身の置き所がない鶴は、自ら捨てた家族への恋しさを日に日に募らせていきました。


(お父さんもお母さんも私が人間じゃないってもう知ってしまった。私を不気味だと思っているかもしれない)


 鶴はこわくて群れを出られません。けれど、群れの中で爪弾きにされて過ごすのも辛く感じます。


 暖かな家への思いを募らせながら、おじいさんとおばあさんが自分をどう思うか考えて、鶴は最後には必ず悲しくなるのです。


(どこに帰っても居場所がない。私は、これからもずっと、このまま……)


 沈んでいると、かすかな声が聴こえてきました。



「――…ぉい…おぉい…」

「……よぉ、…よぉ」



 二つの声が鶴を呼んでいるではありませんか。


 こんな人里離れた湖に人間の声がしたことに、群れの仲間たちは驚き、いっせいに声のするほうとは逆に飛び立ちました。


 ですが、その鶴だけは驚いて固まって動くことができませんでした。

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