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鶴に恩返し  作者: あんだるしあ
3/5

娘を探しに

 ――娘が反物を織るたびに、おじいさんはその反物を高く買ってくれる人に売りました。

 娘の努力が大きな金額になることは、親代わりとして誇らしいことでした。


 ですが、類まれなる反物を織るたびに、娘さんは弱っていくようでした。


 一度機を織るのをやめるようにおじいさんが言ったのですが、娘さんはまるでおじいさんの声など耳に入っていないように、奥の部屋にこもりました。


 なんとか布団に入れて、おばあさんが粥を持ってきても、這い出てでも奥の部屋に向かうのです。その姿は鬼気迫るものがありました。


「織らなきゃ……でないと……わたし、ここに……」


 おじいさんにもおばあさんにも、娘がそれほどまでにする理由が分かりませんでした。


 ある日、やっぱり言いつけを破って奥の部屋で布を織っていた娘さんに、おじいさんはついに怒って、その戸を開けました。


 そこには、娘さんはいませんでした。

 一羽の鶴がいました。


 鶴は体の至る所の羽根がもがれて痛々しく、今にも倒れてしまいそうになりながら、機の前に坐していました。


 だから、おじいさんには分かりました。

 娘はおじいさんが助けたあの鶴だったのです。

 自らの身を削って、おじいさんたちに反物を織ってくれていたのです。


「どうして……っ」


 鶴の黒々とした瞳から、はらはらと涙が落ちます。


「最後まで役に立たせてくれなかったの……!」


 正体を知られたからには共に暮らせぬが掟であると娘は告げ、ぼろぼろの羽根でふらふらと飛んで去ってしまいました。去り際に何度も落ちそうになりながら、それでも――帰ってしまいました。





 がさがさがさ!


 おじいさんとおばあさんの目の前の茂みが揺れました。


「ひょっとしておまえかい!?」


 おばあさんが飛び出しましたが、おじいさんが止めました。


「やめんか。熊だったりしたらどうする」

「でも、ひょっとしたらあの子かもしれなかったのに……」


 そう言われるとおじいさんは何も言えません。


 しばらくそのままでいましたが、その茂みからは鶴はおろか、どんな動物も出てきませんでした。


「――。さ、行こう」


 おじいさんはおばあさんの手を引いて歩き出しました。


 さくさくと、枯れ葉を踏む音だけがけもの道に響き、暗い森に物悲しく吸いこまれていきます。


「あの子にあったら、おじいさんはどうします?」

「わしか? まずは元気な姿を確かめたいのう」


 おじいさんが覚えている娘の最後の記憶は、ぼろぼろにもいだ羽根を弱々しく羽ばたかせて家を出て行くものでした。

 羽毛をなくしたままでは、これからの季節は寒かろう、体に障りが出なければいい、とおじいさんは考えていました。


「私はね、お礼を言いたいんですよ」

「礼?」

「ええ」

「お前は謝りたいと思い詰めとるもんじゃと思っとった」

「……それは今も変わらないのですけど」


 おばあさんは、娘が出て行ってしまったのは特に自分のせいなのだと思っています。


 美しい反物を商って得た大金に年甲斐もなくはしゃいだりして、一番肝心な娘への礼を全く伝えなかった。

 もしも娘が、――おばあさんが喜んだのは大金が入ったことだけだと思ってしまったのだとしたら、自分はなんとひどい仕打ちを彼女にしてしまったのだろう。


 ――おばあさんはずっとそう苦しんでいるのです。




 娘が家を出て行ってからは、家は火が消えたように暗くなり、淀んでいました。


 明るかったおばあさんはすっかり元気をなくし、おじいさんは仕事に精が出なくなりました。

 ふたりきりの食卓は、ほんの少し前まではこれが普通だったにも関わらず、重苦しいものになってしまいました。

 ふたりきりの寝床は、ほんの少し前まではこれが普通だったにも関わらず、広すぎて寒々しいものになってしまいました。


 考えるのは娘のことばかりです。


 残された家内用の美しい反物を見るたびに、ふたりの心はじくじくと痛みました。


「さびしいですね……」

「ああ……」

「かなしいですね……」

「ああ……」

「つらい、ですね……」


 こんな毎日が続くのかと思うと、おじいさんにはとても耐えられないと思われたのです。


 そして、おじいさんは決心しました。

 娘を、あの鶴を、探しに行こう。

 あの子を探し出して、たくさん貰った恩をちゃんと返そう。


 おじいさんはさっそく動き始めました。


 村の物知りの若者から知恵を借りて、娘が――あの鶴がいそうな場所を、おじいさんは地図で探しました。そして、老いた足で行ける所だけでも行って、娘を探すことにしました。

 路銀は、美しい反物を売って得たお金がまだたくさんあります。

 娘がごちそうや新しい服を欲しがらなかったので、それほど使わなかったのです。


 おじいさんはおばあさんに留守を任せて出かけようと考えていましたが、おばあさんも一緒に娘を探しに行くと言うのです。


「歩いてくたびれるのはわし一人で充分だから、お前は家で自分とあの子の帰りを待っていておくれ」


 けれども、おばあさんは引きません。


「あの子にすぐにでも会いたい気持ちはわたしも同じです。あの子の顔を見て声を聞きたい。家で待つだけなんてできません」


 結局おばあさんに負けて、おじいさんとおばあさんはふたりで娘を探しに発つことになったのです。

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