不思議な布
「もう大丈夫ですよ。そろそろ行きましょう」
休んでいたおばあさんが言いました。
「もうええのか? 無理はせんでええぞ。ちっとくらい遅くなっても大丈夫じゃて」
「いいえ。あの子を思えば少しの間も惜しいです。一日でも早くあの子を見つけださなくては……」
「急いてはならん」
おじいさんはぴしゃりと言いました。
「お前が倒れては意味がないじゃろう。あの子もきっと……そう、きっと悲しむ」
「悲しんで、くれるでしょうか?」
おばあさんは不安げです。
おばあさんの不安が何なのか、おじいさんにもよく分かっていました。
おじいさんはそのことについては一度口を閉ざしました。
ふたりはまた森を歩き出します。
ゆっくりと。ゆっくりと。
娘さんは朝早い仕事を手伝うために、おじいさんとおばあさんの家に泊まり込むことが増えました。
娘さんは最初、朝早くても自分が早起きして自宅から通うと言ったのですが、それでは辛かろうとおばあさんが泊まり込みを勧めたのです。
娘さんがいる夜はおじいさんとおばあさんと娘さん、三人で川の字になって寝ます。
「こうやって誰かと寄り添って寝るのって初めてなんです」
ある晩、娘さんは語りました。
「私、前にいたとこでは、どんくさくて仲間に嫌われていたんです。何をやるにも一拍遅れて。仲間外れにされてました。だから寝るときも、すみっこにひっかかるみたいにひとりで寝てました」
娘さんは自分を挟むおじいさんとおばあさんにうれしげに語りかけます。
「だからね、今、とってもしあわせなんです」
そんな娘さんを大層あわれに思ったおじいさんとおばあさんは、横から娘さんに優しく語りかけます。
「これからは毎日でも泊まりなさいな」
「え……でも、ご迷惑でしょう?」
「わしらにとっちゃ、お前はもう我が子みたいなもんじゃ。今さら遠慮せんでええ」
娘さんは暗闇の中で息を呑みました。
「いいの……? そう思って、本当にいいの?」
「ああ。ええとも」
「これからは私たちのことをお父さんお母さんだと思ってね」
「うん……おとうさん、おかあさん、ありがとう」
こうして娘さんはおじいさんとおばあさんの娘になりました。
夜になりました。
おじいさんとおばあさんは大きな木の下で夜を明かすことにしました。
「間にあの子がいないと、さびしいですね」
「そうさな」
「また三人で寝たいですね」
ふたりして特別な織物にくるまって寝転がります。
実はこの織物は娘が織った物です。肌触りがよく、薄いのに暖かい、娘そのもののような反物です。
いいえ、この織物は娘の一部なのです。
――この織物こそが、娘がふたりの下を去った直接の原因と言ってもよいかもしれません。
そのことを思うと、おじいさんは悔しくなり、おばあさんは申し訳なくなるのです。
「布を織りたいと思うの」
それは娘がはじめて言ったわがままで、おねだりでした。
「着物にしたり掛け布にしたり、何にでも使えるわ。私ね、とてもきれいな布を織る材料を持ってるの。でも、機織りの道具は持ってないから……お金は絶対返すから」
娘も加えての三人暮らしができぬほど貧しくはなかったのですが、心遣いはありがたく、三人で少しばかり上等な物でも買って食べるのは楽しいだろうと思いまして、おじいさんが機を買ってくることになりました。
「絶対に開けないでね」
機が届いてから、娘は奥の部屋にこもって布を織りました。
織り上がった布は、それはそれは美しいものでした。
糸の一本一本が光を放つようでいて、触り心地は絹のようなのかもしれません。都のお大尽様でもこんなにすばらしい布を使ってはいないでしょう。
しばらくはおばあさんがその布を生活に活かしていましたが、おじいさんは日に日に汚れる反物を見て、大変もったいないと思うようになりました。
やがておじいさんは思いました。
かわいい娘が丹精込めて織った布だ、ちゃんと価値の分かる人に買ってもらいたい、と。
「待っとれよ。きっといい値で買ってもらうからな。そしたらお前の好きな川魚をたんと買ってお祝いしような」
おじいさんは反物を一文でも高く買ってくれる人を探しました。
最初は地主さまが反物を気に入り、旅の商人が見て大きな街へ持っていこうと提案し、街の大きな呉服屋が買いたいと申し出て、そこからさるお大尽さまに話が行き。
――娘が織った反物はたいそう高く売れました。
おじいさんは小判をたんまり持って帰ってきました。
山と積まれた黄金の輝きに、おじいさんもおばあさんも大喜びしました。
「まあ、まあ、まあ! こんなにたくさんのお金は初めて見ましたよ。たった一つの家にこんなにたくさんのお金がやって来ることなんてあるんですねえ。しかもこんなにきらきらした銭なんて初めて」
おばあさんがしわだらけの細い手で小判を撫でました。
「こんだけありゃあかなり長いこと遊んで暮らせるわい。――喜んでくれ、お前の反物はわしらをこんな僥倖に巡り会わせてくれたぞ」
「お祝いをしないといけませんね。――何が食べたい? どんな高いものでも大丈夫よ。好きな物を買ってあげるから」
その時、娘はどこかさびしげでした。
「喜んでくれてよかった。これからもいっぱいこの反物を織るわね」