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鶴に恩返し  作者: あんだるしあ
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助けた鶴と白い娘

「疲れたか、ばあさん。少し休もうか」

「いいえ、大丈夫ですよ、おじいさん」

「いいや、やっぱり休もう。わしも疲れた」

「そうですか――ありがとうございます」


 鬱蒼とした山の中、おじいさんとおばあさんは隣り合って地面に腰を下ろしました。


「もちっとで山も抜けるからな」

「はい。大丈夫ですよ」


 おじいさんとおばあさんは長年連れ添った夫婦です。

 ふたりは小さな村で慎ましく暮らしていたのですが、故あって旅に出ました。


 おじいさんとおばあさんには一人の娘がおりました。その娘がつい先日、ある悲しい事情によって家を出てしまったのです。


 おじいさんとおばあさんは娘と仲直りして家に一緒に帰るべく、出て行った娘を探して旅をしていました。


「――あの子は元気でやってるでしょうか」


 静かに休息している中で、おばあさんがぽつりと言いました。


「あんなに傷ついた体で出て行って、痛くて難儀していないでしょうか。ぼろぼろの姿を見て仲間にいじめられてはいないでしょうか」


 おじいさんは答えず、おばあさんの背中をぽんぽんと優しく叩きました。


 おじいさんもおばあさんと同じ不安を抱いていて、おばあさんの気持ちは痛いくらい理解できたのですが、どう答えればおばあさんを慰められるか分からなかったから、そうしました。





 全ての始まりは、あの日の出会いにありました。


 ある日、おじいさんは沼の近くで罠にかかっている一羽の真っ白な鶴を見つけました。


 鶴は高級な食材で猟師はよく鶴を狙います。このまま猟師が鶴を獲物として持ち去るが世の習いと、最初はおじいさんも思いました。


 ただ、なんとなく考えたのです。

 この鶴も物を食べ、仲間と共に土地を渡り、いずれは連れ添いを見つけて子を授かるか、あるいはすでにそうなっているかもしれない。そうやってこの鶴も生きている。


 そんなことをいつも考えていたらきりがありませんし、普段は決して意識しないことなのですが、罠にかかった鶴を見ておじいさんはそんなことを考えたのです。

 それは、鶴があまりに弱った様子で、悲しげに罠から足を引き抜こうとしていたからかもしれません。


 この鶴は、生きている、一生懸命に。


 おじいさんは鶴の罠を外してやりました。猟師が来ない内にと焦ったのでかなり時間がかかりました。


「ほら。早くお行き。さあ」


 鶴はしばらく惜しむようにその場に留まっていましたが、おじいさんが促すと、白い翼を広げて空へと飛んで行きました。


 それから数日後のことです。

 ひとりの娘さんがおじいさんとおばあさんの家を訪ねてきました。


「こんにちは。私、先日村の外れに越してきた者です。こちら、つまらないものですが」


 娘さんは色白で、驚くほどの美人というわけではなく、質素な身なりをしていましたが、どこか普通の人とはちがう雰囲気をしていました。


「まあまあごていねいに。仲良くしましょうね」


 おばあさんは娘さんから新鮮な魚を貰って喜びました。


 その夜のごはんは魚の味噌煮になりました。脂ののった白身と味噌の味がよく合いまして、おじいさんもおばあさんもその夜はとてもご飯が進みました。


「本当に美味い魚だなあ」

「ええ。まるですぐそこで獲ってきたようですね」


 満腹になったふたりは娘さんにとても感謝しました。


 思い返せば礼儀正しくていねいな物腰の娘さんでした。ああいった人と話せたおばあさんなどはとても楽しげでした。


 それから娘さんはひんぱんにおじいさんとおばあさんの家を訪ねてきました。

 魚だったり木の実だったり、いろんなおみやげを持ってきてくれました。


 おみやげを渡すついでに、おばあさんと話し込むようになり、家に上がってしゃべるようになり、おじゃましている間は家のことを手伝うようになりました。


 おじいさんが仕事に出ている間に来るときは、おばあさんの洗濯や掃除を手伝ったり、一緒にごはんを作ったりしてくれました。


「そんな重い物を若い娘が持つもんじゃありませんよ」

「若いからこそこういうことは私がやったほうがいいじゃないですか。他に運ぶ物はありますか? あったら私が運びますから」


 仕事から帰ったおじいさんの肩をもんだり、お風呂を用意してくれたりしました。


「おお、こった肩によう効くわい。これならいつ好い人ができても大丈夫じゃの」

「当分はそんなことはありませんから」


 甲斐甲斐しく尽くしてくれる娘さんを、おばあさんはすっかり気に入りました。

 おじいさんは、おばあさんが娘さんといるようになってから生き生きするようになったのでうれしく思いました。


 おじいさんとおばあさんは子どもに恵まれませんでした。

 ですから娘さんとの日々を、我が子がいればこんなに楽しいものかもしれない、というふうに思うようになっていきました。

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