人間と能力者
MAC本部、廊下のベンチにて。
柳瀬凌駕、彼は今。
大切な人を失い自分の目的を完全に見失った状態に陥っていた。
黒神歩美の死を現実として受け止められないからだ。
黒神歩美は能力者として生まれ変わり、一度蘇生されたが為にもう一度蘇ることはできない。
大切な人を失うのは本当に辛いことで、終でさえも凌駕に新任務の報告が出来ない程にまで落ち込んでいた。
『歩美…歩美…俺はもう…昔を作ることが出来なくなっちまった…俺はこれからどうすりゃイイんだよ…』
一言一言、死んでしまった、今は亡き歩美に話しかけるように呟いている。
『昔に戻る?ざけんなよ?お前が歩美と仲良くなれたのは俺が居たからだろ?』
突然、心の中から自分と似た声が聞こえた。どうやら自分にしか聞こえていないらしい。
動揺で誰かに話しかけたかったが、終は廊下のベンチに腰をかけて下を向いて涙を流している。今は話しかけられる状態じゃない。
すると、また自分宛に自分自身の声が聞こえてきている。遮断することも出来ず、聞こえている「声」を受け止めるしかないようだ。
『まぁ、俺が誰かわからないってのは知ってるけどよ?教えやろうか?俺の正体をさー?』
『お前の正体…?』
『俺は人間の柳瀬凌駕だ!!』
『人間の俺?』
『お前、蘇生方法は知ってんのか?』
『蘇生方法?』
突然視界が切り替わったように、凌駕の心の中で行われている言葉の嵐は突如として止まり先程まで荒れていた場所は静寂の世界となった。
『人間の柳瀬凌駕の肉体と記憶を引き継ぎ、もう一人のクローン人間を作り出す。お前は俺自身じゃなくて、借り物の心を備えた…ただの化け物だ!!』
『化け物…?クローン?何言ってんだよ…俺は俺だよ…ハハハ…こいつ頭おかしいんじゃねーの…』
『俺はずっとお前の心が砕けるのを待ってた…ずっと見ていたよ…今しかないんだ…俺は俺の体を取り戻す!』
気がつけば、真っ白な部屋に凌駕が二人存在している。人間か能力者の違いだけで外見は瓜二つ、似ているという次元ではなくそのものと言っても過言ではないだろう。
二人は向き合って、人間の方だけ武器として手に剣を持っている。
『俺の中の化け物の意思をぶっ壊して、もともと人間だった能力者を助けるんだよ…俺の手で!』
『お前何言ってんだよ…能力者になれば死なないんだぞ…そうすれば誰も失わずに済むし老いもない…昔のように話せるかも知んねーじゃんかよ…』
『歩美が死んで、あの頃の仲の良かった皆は死んだ…お前の仲で作り上げている理想は現実では不可能となったんだよ、分かるよなー?』
『お前に…お前に…』
『なんだよ、化け物?』
『お前に…何が…分かるんだよ!!』
能力者である凌駕は走り出し、拳を握りしめて力を込めた。
が、拳の力はその2秒程後にするりと抜けて身体さえも動かなくなってしまった。
『自分自身を斬るって変な気持ちだな…』
彼の言葉と共に能力者の凌駕は倒れた。
『能力者でも人間の体を支えている部分を斬りさえすれば倒れる、たとえ死ななくてもこの勝負に勝ったのは俺だからな!』
能力者の凌駕は、煙のように蒸発して消えていった。
新たな力を手にして彼は静寂の現実に戻る。目の前では終が下を向いて涙を流しつつ「歩美」の名前をひたすら呟いていた。
そんな様子を笑いながら見つめた凌駕の髪の色は真っ赤に染まっていた。綺麗な茶髪だった彼の髪は真っ赤に…。
『あァ…悪ィ…もう行くのかァ?』
凌駕の気配を感じた終が真っ赤な髪をした少年に話しかける。
『凌駕ァ?…お前、誰だ…』
少しの明かりだけの廊下で赤い髪の凌駕の右目が赤く染まった瞬間を終は自分の眼で見てしまったようだ。
『雷ヶ峰終…久しぶりだなー…あの後、俺は死んだ…それで良かったのに借り物の心を身につけた俺と同じ姿をしたやつを作り出して戦闘を止めるなんてさ…俺はお前を今ここで殺してMACを潰すよ、いい加減楽になれよ、化け物…。』
『クッソ…てめェ…前の柳瀬凌駕かァ?…今の凌駕はどうしたァ?』
『俺がこの手で消した…化け物を殺して何が悪いんだ?どんなアニメ作品でも確実に化け物は悪者扱いをされる、お前らは理不尽な存在なんだよ!』
『てンめェ!!!!!』
瞬間、終の顔面に凌駕の掌が触れた。触れてしまった。
終は最後の力を振り絞り永遠の死という恐怖に怯えながらも微かな希望に想いを捧げた。
どこに捧げると決めたわけもなく。
ただひたすらに誰かに祈りを捧げるという行為を自分の中で行った。
自分自身の命が止まる瞬間を前にして。




