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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第一章 コボルト憑依編
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決意の襲撃

 翌日、太陽が中天を向く頃には、応援として十五体のコボルトがやってきてくれた。

 聞いていた数よりは少なかったが、あまり文句も言えない。

 寧ろ来てくれただけでも有り難いと思うべきなのであろう。


 コボルト族は仲間同士助け合う種族ではあるが、それでもあまりに無謀と思えるような事態となれば話は別であろう。


 いつ自分たちが敵の脅威に見舞われるかも知れないのに貴重な戦力をそこまで割けないといったところか。


 やってきた応援を見て、これだけかよ、とドヌィは愚痴を吐いていたが、少しでも数が増えるのはありがたい、と零は手厚く彼等を歓迎した。


 確かに決して多いと言えない数ではあるが、十五体の内、十体は弓の扱いに長けていた。これは中々ありがたい事だと零はこの弓隊を上手く使って奴等を何とか出来ないかと考え始めた。


 ただ、通常のゴブリンはともかく、あの異形は弓などではどうしようもないのは確かだ。そしてこの戦いにおいてあの化け物を倒せるかどうかに、コボルト族の命運が掛かっているといっても過言ではない。


 零はふとこの世界にきてその高さに驚いた大樹を見た。ここから西へ数キロメートル程進んだところにあり、この集落ではご神木としても崇められているものだ。


 そして、零はこのご神木のご利益に預かろうとも考えていた。だが問題はその手段だ。


「……一雨来そうだな」


 ふと近くにいたヴィヌが空を見上げながら言った。零も倣うように見上げた。灰黒い雲が空を覆っている。かなり厚い雲だ。確かにこれは一雨くるかもしれない。


 しかも中々激しい雨かもしれないな、と零はそこで更に思考の波に心魂を浮かべる。


 神の怒りか、と思わんばかりに強烈な光が皆を覆った。その直後に天の唸りが皆の耳に到来する。雷だ。どうやら空を覆っていたのは積乱雲だったようだ。


 そして直後雲の器が一気に傾いたがごとく、多量の雨が皆の身体を打ち付ける。


「うわっ! これは駄目だ。一旦中に入ろう!」


 ドヌィが叫んだ。しかし零は動かなかった。


「どうしたワンヌヴオズイズヌ?」


 ぼーっと立ち尽くす零に長が尋ねてくる。零は彼を振り向いた。雨がその毛に染み渡り、白い毛髪が全て垂れ落ちている。僅かな時間でそこまでびしょ濡れになるほど雨の勢いは強い。


「――この雨はどれぐらい続くと思いますか?」


 零は反問した。長はこういったものを予むのが得意だ。


 徐ろに長が空を仰いだ。そして時折咆哮する積乱雲を眺めながら、

「明朝ぐらいまでは続くかもしれん」

と応えた。


 零は顎に指を。思考を巡らせ――


「長、お身体に障ります……」

 従者が長の身体を気遣い。


「ワンヌヴオズイズヌ。お前も中に入んねぇと……」

とドヌィが心配そうに声を掛けてくれたのと同時に零は振り返った。


「長、急で申し訳ないですが戦えるものを集めて貰えますか? これからの作戦を聞いてもらいたい」





◇◆◇

 

 心配があるとしたら雨が事実明朝まで降り続けるか? という事だけであった。ゴブリンの行動パターンを考えれば出るのは夜半ぐらいがベストだろう。


 とにかく零は戦士を集めそして自分の考えた作戦を伝える。これには出る直前に皆にやっておいてもらうべきことがある。その為にもこの雨は重要だ。


 そして零はそれぞれに行動に移す予定の刻を告げ、そしてそれまでは休んでおくように伝えた。

 ただし条件次第では出発が早まる可能性があるので、その時にいつでも行動を移せるように、準備は前もってしておけ、とも付け加えたが。


 そして零は誰よりも早く支度を終えると外に立ち、空を眺め続けた。眠りの訪れない彼ならではの方法だ。

 途中ヴィヌやドヌィが心配して変わろうか? と言ってくれたが、構わず英気を養ってくれと告げ立ち続けた。

 彼等にはしっかり体力を温存しておいてもらう必要がある。


 一体どれぐらいの時間が経っただろうか。少しは弱まったが雨はしきりに降り続き、時折雷の音が耳朶を打つ。


 だがそれ以上は天候に変化が現れることはなく、その内に予定していた時は訪れた。

 その事に、よし、と零は心の中でガッツポーズを取りながら、これでいけるかもしれない、と思いを巡らせた。

 長の予知は流石だと思う。年の功と言っていいだろうか。


 零は皆を起こそうと各テントを覗いたが、既に皆は目覚め戦の準備を進めていた。流石と零は感心しつつ、彼等に告げた。


「さぁ、出発だ! ゴブリンと決着を付けるぞ」





 零がこの雨を好機と見たのは、ゴブリンの生体を知っていたからだ。彼等は元来洞窟などの暗くジメジメしたところをねぐらとして好む。


 ただ洞窟よりは自然に溢れるこの地では彼等もそれに順応し、外での生活を主としていたようだ。だが知能の低いゴブリンはコボルトのようにテントを張るという術は持ちあわせていない。その上、コボルトの集落を襲った際はテントすら破壊し尽くしていた。

 

 彼等にとって、コボルトにとっては貴重な移住スペースもガラクタか何かにしか見えなかったのかもしれない。


 結局のところゴブリン共は自分から雨風をしのげる塒をなくしてしまっているのだが、今回の襲撃は彼等にとっても喜ばしい事になっていたのは確かであっただろう。


 それはコボルトが黒曜石を採取していた鉱山の存在だ。そこは正しくゴブリンにとっては住み心地のよい塒とするに値するものだ。


 鉱山の入り口は高さもあり、また入ってすぐの空間はそれなりのスペースを要している。

 あの化け物だって余裕で収まるであろう。


そして現在のこの雨だ。しかもこれだけの豪雨。つまりほぼ間違いなく奴等は全員、洞窟の中に篭ってるはずなのである。


「ワンヌヴオズイズヌ様……」


 多少勢いは落ちたとはいえ、それでもまだ結構な量の雨は降っている。

 しかし、それでも濡れることも厭わず彼女は、零を、いやワンヌヴオズイズヌを見送りに出てくれた。

 

 言葉はそれ以上でてこなかったが、きっと無事戻ってくることを祈っているのだろう。思いこぼれ胸元でぎゅっと固く握りしめられた両手がそれをあらわしていた。


「……行ってくるよ」


 そういって彼女から離れ、皆の前に立った瞬間、鬨の声が上がる。同時に鳴り響いた雷鳴をも打ち消すぐらいの叫びだ。勝利を信ずる思いが言霊となり空を貫いたのだ。


 そしてゴブリンを打つべく結成された一団は集落を出た。

 そして零の後ろ姿が完全に見えなくなるまで彼女は住処に戻ろうとはしなかった。零はその視線に気づいていたが一顧だにしなかった。


 心魂に、ごめんね、と刻んだ。零は彼女の気持ちに応える事は決して出来ない。

 だがそれでもこれだけは誓わねばならない。彼がこの魂に刻んだ想いは叶えなければ、屍に血をこぼすような真似はしておけない。

 そう、彼はコボルト族の英雄なのだから――





◇◆◇


 零の予想通り、奴等は件の洞窟に身を顰めているようであった。


 最初の確認には零と数体のコボルトが向かったが、途中ゴブリンの気配も音も全く感じなかったというコボルトの言葉がそれを証明してるともいえた。


 零達は今、完全に闇に溶け込んだ状態でその闇穴を見つめている。雨の振り具合は更に弱まってきていた。が、ここまでくれば寧ろそのほうがありがたい。


 零も付いてきているコボルトもその毛は茶から黒に変色している。土の匂いをたっぷり含んだ黒である。この地は一旦雨がふると暫くはこの匂いによって支配される。

 それを逆手にとっての作戦であった。身体中にはまんべんなく泥を塗ることで闇と土に同化したのである。


 仲間の一体が更に洞穴へと近づく、横穴までは入らないように言っておいた。まだ配置が終わっていないのにここでバレるわけにはいかない。


 それほどの時間を要さずコボルトが戻ってきた。そして零に報告する。


「団長の予想通り、洞窟の中は奴等と……雌の匂いが充満しております」


 雌のと言った彼の瞳には怒りが滲んでいた。だが任務を全うする為には怒りに支配されるようじゃ駄目な事を彼は理解しているようだ。


 そして零もこの事は非情な決断であることを理解していた。この時間になれば奴らは事を終わらせ休息に入っているであろうということを見越しての行動だったのだから。


 零は仲間を連れ、再び来た道を戻った。


 雨の音は零にもよく聞こえた。辺りは暗いが仲間に用意してもらった篝火に火を灯し仲間たちの姿を確認した。


 これは火が灯るのかの確認でもある。材料として使用している木切れには、森の一部の木から取れる燃焼性の高い樹液が塗られている。

 

 これに火打ち石で発火してるわけだが、この炎の勢いは強く、まだしきりに振り続ける雨にも負けず辺りを照らし続けている。

 

 それを零は満足気な表情で眺め、そして皆と作戦の確認を行った。

 全員との意志精通が取れている事が確認でき、零は皆に定められた配置につくよう命じる。


 そして零は予定通り、一本の木に登り始める。コボルトは指の爪が上手く木に引っかかるようになっている。


 その為、零自身はかつて不得手だったにも関わらず、その恩恵をうける事でスルスルと天辺まで登ることが出来た。


 そして零は大樹に背を付け、軽く遠吠えを上げた。ゴブリンには気づかれないよう、零の遠吠えを皮切りに近い順から静かに吠え上げていくように伝えてある。


 一人目の遠吠えが耳に届いた。その頃には零は予め腰に巻いておいた長めの蔦を解き大木に背中を預け、固定するように括りつけていた。手持ちの槍を強く握りしめ、そして零はその身から意識を手放し魂体となった。


 急いで零は森を飛行する。速度はコボルトの全力には劣るが、障害物を気にしなくても良いのは大きな利点であった。


 三回目の遠吠えが聞こえた。作戦実行までに六回ある。

 四回、五回と耳に届いた時、零は洞窟の入口を俯瞰していた。数体の仲間が少し離れた場所で様子を伺っていた。

 

 六回目の微かな遠吠えが耳に届く。だがこれでも彼等には十分すぎるほどよく聞こえたであろう。コボルトの耳があれば声の発せられた位地も正確につかむことが出来る。


 零は尤も近い木の上で弓を構えるコボルトに近寄った。もう作戦は始まるが、その前に一つ試したい事があった。


 零は彼に更に接近した。魂が重なるほどに。だが零の魂がその身に憑依することはなかった。

 

 この時点で憑依できる条件が数種零の頭をよぎる。だがそんな長く考察する暇はない。

 とりあえず零は視線を入口の前に戻した。


 他のコボルトもゴブリンも魂体の零に気づくことはないだろう。

 先行隊が弓に炎を灯す。篝火と同じように矢の一部に樹液を塗布してるのだ。


 洞窟内日の隧道は数十メートルほど伸びた後、空洞に出る。そこまではほぼ一直線であり、そしてゴブリンが多く屯しているのもその空洞部分であると予測できる。

 

 仲間が弓を射った。連なるように五本の矢が闇穴を抜けていく。と、同時に先行隊のコボルト達が鬨の声を上げた。今頃ゴブリン共の目の前では地面に突き刺さった矢が煌々と不気味な光を照らしていることだろう。彼等には人魂に似た不気味さを感じさせるかもしれない。


 これはれっきとした宣戦布告であった。そして零にはゴブリンがこれに乗ってくる自身もあった。


 本来であれば夜陰にまぎれるような戦い方はゴブリンのほうが得意である。

 だからこそコボルトから夜襲を仕掛けるなどということはあまり例にない戦法である。


 ましてや直前の夜戦は完全な敗北を期している。 本能で動くゴブリンからしてみれば、わざわざカモがやってきたようなものだ。


 そして先行隊は泥を塗っていない。敢えて目立つようにしているのだ。正面に立ち並び、次々と弓を引いていく。そして次第に零の目にも奴等の醜悪な姿が映し出されてきた。


 かなりの数がいる。相変わらず知性の欠片も感じさせない奇声も発している。


 それを視認するなり、コボルト達は背を向けて走りだした。但し全力ではない。だがかといってわざとらしくもない、絶妙な感覚で走り続ける。


 その後を数十匹のゴブリンが追ってきていた。全くもって単純な奴等だ、と零は顎に手を添える。

 

 ゴブリン達が零の予定していた位置を差し掛かった時、上空から多くの矢玉が雨と混じって奴等に降り注いだ。


 断末魔の叫びが闇夜に轟く。コボルトより逞しい彼等の身体でも、大量に降り注ぐ矢の雨からは身を守ることは叶わなかったようだ。


 その肌色とそぐう緑色の体液を土に染み込ませながら、彼等の殆どは死に絶えた。

 だが、一部の残った者は怖気づいたように逃走した。

 ほぼ間違いなく鉱山の洞窟に戻る気であろう。そして戦の本番はこれからなのである。


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