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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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亡き後――

「なんであんな子が産まれてきたのかしら? 本当にあんな子生まれてこなきゃ良かったのに」


 母親は彼が産まれてくるのを望まなかった。


「あんなのが兄妹だなんて信じられない。私誰にもあいつの事話せないんだよ? イカレタ奴の妹なんて知られたくないし」


 妹は兄をいないものとした。


「いっその事自殺でもしてくれればいいのにな」


 父は、彼が自ら死を選ぶことを望んでいた。


「馬鹿な事言わないでよ貴方自殺だなんて」

「そうだよ。大体下手に自殺されたら逆に迷惑なんだよ? 電車に飛び込まれたりしたら賠償金もすごいらしいし」

「あぁ確かにそうだな。全く生きていても死んでも迷惑とは、生ごみ以下だな。今どきごみでもリサイクル出来るってのに――」


 その力故、零は家族の愛などは一切受けずに生きてきた。

 いや、むしろ憎悪に近い感情を叩きつけられながら、生と言えない生を歩み続けてきた。

 

 いつからか家族の前で笑わなくなった。

 いつからか家族の前で俯くようになった。

 いつからか家族との心の距離は離れていった。


 冬羽 零は家族の愛を知らない――






「トイどうしたの?」

 

 思考の海に沈み込んでいた零の意識を、ジェンの声が引き上げた。

 あ……と、短い声を上げた後、ジェンに顔を向け、

「ごめんちょっとぼ~としちゃって」

と薄い笑みを浮かべながらそう応える。


「大丈夫? もしかして疲れちゃったかな?」


「ううん、大丈夫だよ。それより……この村に人がいないのは、やっぱり災害のせい?」

 

 じゃっかん遠慮がちに、しかし大切な質問を零は村長にぶつける。


「……そうじゃのう。それは一度見てもらったほうが早いだろう。ガイアルの遺体も埋葬せんといかんしのう……そこまで付き合ってもらっても宜しいかな?」


「えぇ勿論ですよ。お一人では大変でしょうし、同じレンジャーの仲間としてお手伝いできる事は致します」


 ロックが潔く村長の願い出を受け入れると、ありがとうと会釈し、では付いてきて頂いて宜しいかな? と立ち上がり村長が表に出た。

 

 零達はそのどことなく哀愁ただよう小さな背中を追いかけるように、その後に続いた。






◇◆◇


「……ここが元々村の者が作物を育てていた畑作地ですじゃ」


 村長のいうところの畑が広がっていたという地帯をみて、零は、いや零だけではなくその場にいた全員が愕然となった。


「話には聞いていたけどな。しかしここまで酷いとは……」

「本当に、見る影もないわね――」

「…………」

  

 その壊滅的な光景に、流石のロイエも軽口は叩けない様子。

 真剣な眼差しで、荒れ果てた畑に目を向けている。


 それは当然零も同じ気持だが――


「どうです? 酷いものだろう? わしも今こうしてみてて信じられないほどじゃ」


「でも、いくら嵐の影響で川が氾濫したといってもここまで酷くなるものなんですか?」


 どこか諦めたような、それでいて辛そうな顔と口調で述べる村長。

 だが零は、どうしても気になってしまう。


 何せ、この、畑が広がっていたという地帯にはまるでなにもないのだ。

 そう、洪水で畑に深刻なダメージを受けたとしても、元々育てていた作物などの面影ぐらいはありそうなもの、放置されていても雑草の一つも生えていても良さそうなものだが、今零の視界にはただただ紫っぽく変色した土面だけが顕になった荒廃した土地が広がっているだけだ。


「それはのう……この畑に引き込んでいた水源はルフィード山脈を流れる支流から更に溜め池を一つ挟んで灌漑されていたのだが、その池に邪獣の遺骸が沈んでいたみたいでな……その状態のまま嵐の影響で川が氾濫し溜め池の水も含めて一気に襲いかかってきて、その結果がこのざまだ。邪気を含んでいたのが原因らしい。もうこの辺りの土は全て死んだ。栄養を失い、ぺんぺん草も生えない不毛な地になってしまった……」


「酷い……」


 淋しげに村長が口にすると、その話を真剣に聞いていたジェンが憤りからか眉を顰め呟く。


「こんな酷い状況なのに叔父は……領主のダグラスは何もしなかったの? こんなの酷い……やっぱりあの人――」

「お、おいジェン落ち着けって」


 憎々しげに言うジェンを宥めるようにロックが彼女の肩に手を置いた。

 その様子を見ていた村長はどこか意外そうに目を丸くさせる。


「いやいや! それは何か勘違いされてるようですが、フォーグ卿は少なくとも村の為に色々動いてくれたんじゃよ。今村がこんな状況になっておるのは確かに領主様の対策があったからこそじゃが、その件で恨んでいるものなど誰もおりゃせん」


「え? それは一体どういう事ですか?」


 不思議に思った零が尋ねると、うむ、顎を擦り村長が村から人がいなくなった経緯を教えてくれる。


「フォーグ卿もやはりこの有り様を見て大変憂いていた。ここはミルフォード領の南部でもかなりの規模を誇る穀倉地帯が広がっておりましたからな……だからこそ最初はなんとかこの土壌を回復できないかと試行錯誤してくれたんじゃがな……しかし結局有効な手立ては見つからず、かといって村人をこのままにはしておけないとな、他の農耕地などへの移住を進めてくれたのじゃよ。勿論移住が滞りなく進むよう各村への手回しも全てしっかりやってくれてな」


 え? と溢れるジェンの声。どことなく戸惑いの様子。

 しかしロックがその翠色の瞳を見つめながら深く頷いた。


「……わしらは誰一人として領主様には感謝しとる。ここまでやってもらい文句なんていったらバチが当たるわい」


「でも、それならどうしてお爺さんはこの村に残ってるのかなぁ?」


 ここにきて漸くいつもの調子で口を開くロイエ。

 すると村長は自虐的な笑みを浮かべ。


「……割り切れない事というものもあるんじゃよ。何せわしは生まれてからの殆どの年月をこの村で過ごした。こんな有り様でも愛着はあるのさ。それに――こんな草臥(くたび)れた爺、引き取ってもらっても迷惑を掛けるだけじゃ。もう足腰も弱くなりろくに畑仕事も出来んのさ。そんな状態で他の村で世話になるなんてとてもな……」


「そんな……」


 ジェンがどこか悲しげな顔で述べるが言葉につまりそれ以上の言葉は出てこない。


「いいんじゃよ。それよりも申し訳ない気持ちのほうが今は強いけどのう。この村で骨を埋めようなどとただの年寄りの我が儘だというのに、フォーグ卿が気を使ってくれて商人が時折様子を見に立ち寄ってくれる。食料もその時に置いていってくれてな……今まで村長としてやってくれたからなどと、そんな大したこともしとらんのに……」


 その話を聞いて、やはり叔父に関してはどこか誤解があったことを零は痛感する。

 そしてだからこそ確認して置きたいことがあった。


「村長さんは村の者は他の地へ移ったと言われてましたが、あの……ガイアルさんは?」


「……そうじゃな……あやつもわしと一緒じゃった。この村に残ったのはわしとあやつじゃった。妻も子も亡くし、だからこそこの村に留まる事に拘ったのかもしれんのう」


「あの、ガイアルさんは何か言ってませんでしたか? 実はレンジャーとして鉱山に向かう直前、叔父に何かを見て欲しいと言っていたようですか――」


 零がそこまで告げると、途端に村長が難しそうな顔を見せ。


「そんな事を? と、いうことは、まだ諦めておらんかったのか……」


「諦めて? それは一体?」


 唸るように語られた村長の言葉にジェンが食いつく。

 すると村長がジェンと視線を交差させ応える。


「ガイアルは、どうしてもこの村を元の姿に戻したいと色々研究してたようでな。土のソーマの力を持つ故に、自分が何とかしなければという使命感を覚えていたのかもしれんな……あ、そういえば確かにやる事が出来たと村を出る直前、もしかしたら何とかなるかもしれないというような事をいっておったのう……しかし今となってはもうそれを確かめるすべもないがのう……」


「……ガイアル、もう喋れないもんね――」


 ロイエが少し寂しそうに言った。


「確かに今となっては、か……俺達にできる事はせめてガイアルが天国で奥さんや子どもと再会出来るよう手厚く供養してあげるぐらいか――」


 ロックの言葉で場がしんみりとした空気になった。

 ただ、零だけはそんな中色々と思考を巡らせている。


「そうですな。すまんのう折角のお客様だというのにこんな話。さて、それではガイアルの事お願いしても宜しいでしょうかな? せめて家族と一緒の墓にいれてあげたいしのう」


 村長のお願いに、勿論、と全員が頷いた。

 ガイアルの亡くなった妻と子の墓標は少し離れた高台の上にあった。

 そこに彼の亡骸を収め、一頻り祈りを捧げた後、一行は村に戻りもう遅いからと一泊させてもらう事となる。


 その時零は提案した、ガイアルの住んでいた家屋で眠らせてもらっても良いかと――

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