遺体と故郷
翌日ロイエの操るユニコーンの背にガイアルの遺体を乗せ村に向けて出発することにした。
驚いたのは、町中の鍛冶師や協会のレンジャーなどが見送りに出てきてくれたことだ。
どうやら鉱山を解放した事を、かなりありがたがられているらしい。
昨晩の騒ぎ用からある程度察していた零だが、ここまでとは思わなかった。
「ロイエ~今度はまたいつ来るんだよ~」
「お前との夜、忘れられそうにないぜ!」
「え? 夜ってまさかお前もかよ!」
「あははは~みんな中々美味しかったよ~」
どうやら鉱山の事以外の件で見送りに来た男もいるようだが零は聞かなかったことにする。
「ガイアルの事はよろしく頼む。こんな事になっちまったが本当は悪い奴じゃないんだ――」
そんな中ひとりのレンジャーがユニコーンの背に乗った遺体をみやりながら残念そうに口にした。
事情を知っているレンジャーのひとりだろう。
「大丈夫だよ~ガイアルの遺体はしっかりチンチンに乗せて運ぶからね~」
「……あ、あぁ」
レンジャーの男が戸惑いの表情を見せる。
チンチンの背に乗せるとか何だよ! と思わず心の中で零が突っ込んだがそういう名なのだから仕方がない。
こうして惜しまれながらも一行は町を後にし、村へと向けて歩みを進める。
ガイアルの故郷でもあるというグリスト村は、ミルフィード山脈の麓――正確には麓から更に南下すると大海とぶつかるわけだが、その海までの中間地点に位置する村だ。
出発した町からは馬車でいくと半日はかかるのだが、ユニコーンの速度とソーマ士である三人の能力であれば、余力を残しながらでもその半分の時間で辿りつけてしまった。
だが、村に一歩踏み込んだ印象はかなり寂れた村といった様相だ。
嵐と洪水の影響なのか半壊してしまっている家屋もちらほら見受けられる。
だがそれ以前に人の姿が殆ど見受けられない。
まるでゴーストタウンのようだと零は心魂で呟く。
「こんな寂れた村に客人とは珍しい事もあるものだ。一体なんの御用かな?」
村の中では比較的損傷の少ない家屋の中からひとりの老人が姿を現した。
痩躯で白髪交じりの緑髪を生やした男性だ。
どうやら誰も住んでいない村という事ではなさそうだ。
「え~とここはグリスト村で間違いありませんよね?」
皆を代表してロックが前に出て口を開いた。
流石にギルドマスターの息子と言うだけあり、こういう時には積極的に前に出てくれる。
見た目に反して社交性は高いようだ。
「村か……今となってはここを村などと呼ぶもんもおらんがな。確かにここはそういう名であったし、わしはその当時村長を任されていたりもしたが」
「これはこれは村長様でしたか」
ロックが更に畏まった感じに述べるが、ふんっ、と村長は鼻を鳴らし。
「今となってはそんな肩書き何の意味ももたんがな。しかしあんたら余所者だな? ここの事もよう知らんようだし」
「これは失礼致しました。実は私達は西のギザからとある依頼の件で派遣されたレンジャーでして」
ロックが説明すると、レンジャーじゃと? と村長が驚いたように目を見開く。
「依頼でわざわざそんなところから来るとは……もしかしてミルフォードの鉱山の件が関係してるのかのう?」
村長の態度が変わり、一行の事に関心を持ち始めたようだ。
一歩離れた位置で聞いていた零、ジェン、ロイエの三人でそれぞれ顔を見合わせる。
「その話を知っているのでしたら話が早くて助かります。実は――」
そしてロックが事の経緯を村長に話し始めた――
◇◆◇
「本当ならば紅茶のひとつでも出せればいいのじゃがのう」
いえお構いなく、とロックとジェンが声を揃えた。
あの後ロックの話しを聞き終えた村長は、ガイアルの遺体をひと目確認し終えた後、一行を家に招き入れた。
部屋は一室のみで、これといった調度品もなく椅子などといった物もないので、床に直接座る形となる。
木造の壁に所々ひび割れのような傷が見られ、正直村長といっても住んでいる家から考えると決して裕福とはいえない様子だ。
「ははっ……ボロボロじゃろう? 本当はもっとマシな家に住んでたんだが、そこは潰れてしまってのう。今はこの空き家で残された日々を過ごしとる」
物悲しげに語る村長の姿に哀愁を感じる。
色々と辛いことがあったのかもしれない。
「それにしてもガイアルがな……ただでさえ妻と息子も失ったばかりだったというのに――なんともやり切れんわい」
嘆息し憐憫の眼差しで呟く。
話しぶりを聞くにこの村長はガイアルの事をよく知っていそうだ。
「確か奥様とお子様はあの災害で――」
ジェンがそこまで言って言葉を切り、悲しみを帯びた瞳を村長に向けた。
「あぁ……そのとおりだ。全くあれは酷い有様だったわい。村の者も何人も死んだよ。あの子だってまだまだこれからだったというのに――」
そういいつつ村長の瞳が零に向けられる。
そして――
「そういえばその子……トイくんと言ったかな」
自己紹介は家に入る直前にすましている。
「あ、はい」
「え~と、トイが何か?」
じ~っと零を見つめるその様子にジェンが問いかけた。
すると後頭部を擦り、あぁ済まない、と一言述べ。
「あの子の面影を感じてな……どことなく似てるのだよ。ガイアルとメイリーの間に生まれた子供にな」
「そうなんだ。でもそれも判る気もするかな~そのメイリーさんの父親がトイの叔父様だし~」
流石に少しは抑えている感じもあるが、それでもどことなく間延びした軽い口調でロイエが口にする。
「何? ということはフォーグ伯爵、領主様の親族の方で、こ、これは失礼致しました」
村長がジェンやトイの事を知り突如深々と頭を下げ畏まったようにいう。
「もうロイエったら、そんな事わざわざ言わなくてもいいじゃないの」
「え~でも話の流れで~」
特に悪いとも思っていないロイエを横目に、すぐにジェンが村長に声を掛けた。
「親族といってもそんな大したものじゃないんです。ですからもっと気楽な感じでいいので」
「そうだぜ。俺達は一介のレンジャーだ。そんな畏まるようなものじゃないぜ」
ジェンとロックを上目で確認しながら、そうですか? と言いそして頭をあげる。
「それにしてもトイはそんなに似てますか?」
「えぇそうですな。そうだガイアルの住んでいた家は今もまだ残っておりますし後で行ってみるとよいでしょう。確か家族で絵描きに描いてもらったという絵も残ってたはず」
行ってみようよ、と囁くように零。
判った後でね、とジェンが応じる。
そして村長に顔を向けなおした。
「でも……叔父もあんまりだと私は思います。ガイアルさんの結婚も認めないで……きっとガイアルさんは叔父の事を憎んでいたのではないでしょうか?」
ここでジェンが思い切った質問をした。
やはりまだ叔父との間に凝りのようなものが残っているのだろう。
だからこそ邪気に支配されたのは叔父のせいであると考えていたのかもしれない。
「……確かに駆け落ち同然という事で色々囁かれていた時期もあったようですが、私からみてそうは思えませんでしたかな。それにふたりはこの村で過ごせてとても幸せそうだった」
「そう、なんですか?」
怪訝そうにジェンが問う。
「えぇ。そもそも結婚を許さないといいながらも、父親であるフォーグ卿は娘のメイリー様がここで暮らしている事に一切文句を言ってこなかったですしな。もし本気で連れ帰る気ならいろいろ手はあったでしょうに」
あ……とジェンの声が漏れる。
「俺もそれは気になってた。確かに口ではあぁ言っていたが、この村まで馬車でも精々半日の距離だ。決して遠い距離じゃないしな」
零もそれは確かにそうだなと頷いた。
「はい。私が思うにフォーグ卿は少々意地になっていたのではないかと。本当はガイアルの事も認めたかったのではないかな。でも心ではそう思っても中々行動には出せない。しかしそれでも目の届く場所には居てもらいたい。結果的にガイアルの生まれ育ったこの村が丁度良かったのでしょう。全く父親というのは斯くも面倒なものですな」
「男親ってのはそんなもんかも知れないな……」
ロックも何かを思い出したように呟いた。
だが、零にはこの気持は理解が出来なかった。小さな頃から異常な物を見るような目を向け続けられ、両親の家族の愛情などとは無縁だった零には――
ただ、それでも今現在零はトイの身体を通じて、仮初とはいえジェンという姉と毎日を過ごすことで、家族の絆というものを少しずつ感じ始めてもいる――




