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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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邪悪に蝕われしもの

 ロックの言うように、邪獣とジェンの戦いにおいては力の差が歴然であった。

 勿論これは邪獣ではなく、ジェンの方が圧倒しているという意味であるが――


 見た目の禍々しさやその大きさだけ見るなら、只の人間など一捻りにされそうな気もするのだが、ジェンは邪獣の鉤爪のようなものを生やした前肢での攻撃を危なげなく躱し、しかもその最中でもきっちり大剣による攻撃は加えていく。


 鱗状の表皮はとても硬そうなのだが、ジェンの一振り一振りで確実にその装甲は剥がれていき、内側に隠されていた肉叢(ししむら)を露わにしていく。


「あれは錬の強を使ってこその芸当だな。普通の攻撃じゃ一撃であそこまで装甲は剥がれない。ジェンは俺以上に錬の使い方が上手い。強での一発の破壊力なら俺だって負けないが、ソーマを練り上げる精妙さは、俺なんかじゃジェンの足下にも及ばないさ」


 零はロックの戦いをこれまで目にし、その実力はよく知っている。

 彼の強さは本物だ。だがそのロックが舌を巻くぐらいに、ジェンの能力は高いということだ。


 その事を念頭に置きつつジェンの戦いを見守る。

 やはり彼女の強さは圧倒的だ。


 だが相手は流石は邪獣というべきか、一方的にやられるわけにもいかないと攻撃方法を変えてくる。


 驚いたことに邪獣は、二本の後肢だけで人のように立ち上がった。

 そうなると一層その大きさが際立つ。巨大な影がジェンを一瞬覆うが、その身のこなしで直ぐに側面に回った。


 しかし立ち上がったのはいいが、明らかに邪獣はその状態の方が動きが鈍い。

 一体何のために? と心魂で首を傾げる零であったが――その瞬間、邪獣は地面に倒れ込むようにしながら前肢を地面に叩きつける。

 

 すると地面から岩の槍が天井に向かって勢い良く伸び上がった。

 長さが二メートル程の円錐型の物だ。それが邪獣の周囲に無数に現出したのである。


「お姉ちゃん!」


 思わず零も緊迫した声で叫びあげる。

 だが、ロックがその肩に手をおいて、なんて事はないように言った。


「大丈夫だ。みてみろ」


 ロックが天井を指さした。零は首をもたげその方向を見やる。

 すると宙を舞い回転するジェンの姿に、その優雅とも言える身のこなしに思わず見惚れてしまう。


「あの槍、そう長くは持たないみたいだねぇ~やり終えた男のアレみたいに萎んでいくよ~」


「お前、もうちょっとまともな表現ないのかよ……」


 半眼で呆れたようにロックが言う。

 この状況でもロイエ・マンリヤの下ネタは留まることを知らない。


 そしてそんな最中、ジェンが安全となった地面へ着地すると同時に邪獣の装甲を斬り裂く。

 獣の叫びが洞窟を震わせた。


「さて、ジェンの奴はそろそろ決めにかかるかもな」


「う~ん、てことはもしかしてアレ出す気かな~?」

 

 アレ? とジェンの一挙手一投足に注目する。

 彼女は相変わらずの熟れた動きで邪獣を翻弄し、縦横無尽に駆け回りその装甲を削っていった。


 すると再び邪獣が立ち上がり、あの大技を決めようと前肢を振り上げる――が、その瞬間、ジェンが邪獣の正面に立ち超高速の突きを繰り出した。


 零には只の一撃にしか見えなかった突きだが、攻撃が終わると同時に、邪獣の四肢と頭にソーマの楔が打ち込まれ、そして点と点を結ぶように光の鎖が紡がれていき、邪獣の身に見事なまでの五芒星が刻まれた。


「出たなペンタグラムホールド(縛めの五芒星)


 ロックが表情に喜色を浮かべ、ジェンの使った技名のような物を口にした。


「ペ、ペンタグラムホールドですか?」


「あぁ。あれはジェンのオリジナルの技でな。唯一無二の誰にも真似できねぇ必殺技さ。何せあれ一つでソーマの錬をすべて集約しているからな」


 錬を? と疑問げに呟く。


「ジェンのあれは、まず強を利用することで目にも止まらない神速の突きを放つことから始まる。トイも恐らく目で追えなかったんじゃないか?」


「は、はい、一発にしか――」


「だろうな。実際は見ての通り五発打ち込んでいて、同時に放と形も展開している。楔とそれに繋がる鎖に見えるのがそれだ。そしてあのソーマの凄いのは、楔の周辺の相手のソーマを集め、力を膨張させること。そして溜まったソーマは――」


 ロックの説明を聞いている間、彼の言うように相手のソーマを吸い上げ楔に溜まったソーマが膨れ上がり、そして五芒星の真ん中に溜まったソーマを放出する。


「人でも化け物でもホールドされている間は動くことは出来ない。そして真ん中に力が集約した瞬間――」


「ジャッジメント!」

 

 ロックの言葉に重なるように、ジェンの声が洞窟内に響き渡り、そして彼女のトドメの突きが邪獣の中心に放たれた。

 刹那――眩い光が獣の身体から溢れだし、轟音と共に爆散した。

 

 あれだけの巨体を誇った邪獣が、まるで消え失せたように粉々になり、散ったのである。


「……やっぱあれの威力は高いな。まったく自分で喰らったらと思うと身が竦むよ」


 やれやれと肩を竦め零に微笑みかけてくる。

 だが、零はあまりの事に唖然として身魂ごと固まってしまったような状態になってしまう。


「ふぅ、なんとか片付いたわね」


「なんとか? 余裕の間違いだろ?」


 汗を拭うようにして戻ってくるジェンに、苦笑まじりにロックが返した。


「何言ってるの。あれ結構やる、って! えぇ! なんでトイがいるの~~~~!」

 

 零に気づいたジェンの叫びで、はっ! と零も我に返る。


「あぁなんか心配で来てしまったらしいんだ。でもあんま怒らないで――」

「トイーーーーーーーー!」


 怒るどころか瞬きするより速く、ジェンは零に飛びついて抱きしめてそのまま押し倒した。


「駄目じゃないのトイ~~こんな危険なところまで来たら~~心配で? お姉ちゃんが心配できたの? 大丈夫だよ~~お姉ちゃんはそれよりトイの方が心配なんだから~~~~!」


「う、うん、いま見てたし、それは判ったし、でもね、ちょっと落ち着いて――」

「トイ~~~~~~~~!」


 それから暫くジェンによる、零の頬へのスリスリなどの愛撫は続き、流石に少しげんなりする零であった。





「やはり生き残った鉱夫はいないか……」


 邪獣を退治し終え、ジェンの零への所為も落ち着いたところで、四人は空洞内に生き残りがいないか調べて回ったが、その結果は散々たるものであった。


 見つかったのは、解決のためここまで赴いたと思われるレンジャーの装備品。

 そして邪獣によって食い散らかされたと思われる残滓のみである。


 邪獣の恐ろしいところは、その獰猛さに加え、異常な程の食欲の旺盛さにある。

 邪獣は大凡生物といえるものは全て喰らい続けるため、邪獣が生まれた際は周辺の人間も当然捕食対象となる。


 今回更に運が悪いのは、邪獣が鉱山という人が多く働く場所で生まれたことだろう。

 当然そうなると、邪獣にとっての餌は鉱夫が中心となる。

 

 ただ、それでも鉱山内だけで処理することが出来たのは、幸いだったかもしれないとロックは言う。


 もしこれだけの邪獣が、鉱山を出て街に向かったなら、その被害はここの比ではなかった事だろう。


 とはいえやはり、数多くの死者が出たことに心魂を痛める零ではあるが。


「とりあえず持てるものは持っていくとしても、細かいものは元の鉱夫たちにみてもらうしかないな……」


「そうね。でも……生存者が全くいないなんてね。もう少し早く駆けつけることが出来れば……」


「……ジェンたん、レンジャーにとってたらればは禁句だよ。あの領主だって街の人だって既に覚悟はできてた筈だよ。被害者を弔う気持ちは大事だけどね~」


「確かにね……でも、あんたに教えられるなんてね」


 ジェンが溜息まじりに言う。

 すると、あぁひっど~い、とロイエが頬を膨らませた。


 しかし……彼女もまともな事が言えるんだなと少し驚いてしまう零である。


「まぁ、俺たちレンジャーは事件が起きてから依頼が来ることも多い。全てを完璧に解決するなんて無理な話でもある、悔しくはあるが、今は出来る最善の努力をしようぜ」


 そうね……とジェンが返事し、再び動き始める四人であったが――その時、爆轟と共に空洞内の壁の一部が弾けた。


 思わず全員がほぼ同時に、衝撃の元を振り返る。

 土煙が上がっていたが、それが少しずつ霧散していく。


「あ、あぁ……」


 すると、決して大きくはないが、静けさが漂う空洞内に、呻き声がこだました。


 間違いなく人の声だ。そして人影が徐々にその姿を露わにし、現れたのは土色のローブに身を包まれた壮年の男であった。


 髪の毛は剃られ、割と端正な顔立ちではあるが、その瞳はどことなく虚ろにも思える。


「……大地のガイアル――」


 するとロイエが、彼をみやりつつその名を呟く。


「ロイエさん知ってるのですか?」


「うん、ミルフォードのレンジャーで、今回の調査にも派遣されてたんだよ」


「……その名なら俺も知ってるぜ。腕利きのソーマ士で土のソーマを扱わせたら右に出るものはいないとさせ言われているほどだろ?」


「そうね、私も知ってるけど……まさか彼もこの調査に来てて解決出来なかったとはね……でも――」


 ジェンの顔が険しくなる。それが零には不思議であった。


「お姉ちゃんどうしたの? 生存者がいたなら良かったんじゃ……」


「トイ、それは逆だ。俺達からしたら、あの邪獣より確実に脅威でもある」


 するとジェンの表情が一変。ロイエを振り返り叫ぶ。


「ロイエ! トイを連れて逃げて!」


「……判ったよ。まぁしょうがないかな」


 え? と零は一瞬戸惑う。するとロイエがその手を取ろうとするが――その瞬間轟音と共に今度は洞窟の出入口が土の壁によって塞がれた。


「あちゃ~どうやら遅かったみたいね……」


 ロイエの苦笑苦笑まじりの呟き。

 それを行ったのは――あのガイアルという男。


 そこまで認め、零はようやく理解した。 

 彼は、あの時のイービルと同じ状態であるんだという事に――

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