叔父との再会
「随分と久し振りだな――」
執事に案内され、執務室といった雰囲気の部屋に通され、レンジャーとして赴いたジェンが頭を下げる。
その直後に振り向いた叔父であるダグラスの第一声がそれであった。
ダグラスの姿はトイの記憶に残っているものとそれほど変わらない。
整えられた薄緑色の髪に、面長の精悍な顔立ち。ハの字型の口ひげを生やし、中肉中背といった体格。
刻まれた皺は記憶よりは多い。そこに過ぎた歳月を感じさせる。
「最期にお会いしたのは、屋敷に私が残ると決めた時……八年振りとなりますが――」
ジェンはダグラスの方を向いているようで、視線は定まっていない。
叔父の姿を見るのに躊躇いが見られる。
「お前はまだレンジャーの仕事などしているのだな……」
「まだというか、それが私の仕事です。変える気はありません」
だが叔父の発したその言葉で、ジェンの空気が一瞬にして変わり、定まっていない視線を尖らせダグラスを睨めつける。
「……全く今のお前を見てると妹を思い出すようだ。あいつもレンジャーをやめること無く、そして命を縮めた――お前を見てるとそれを思いだす。愚かな妹のことをな」
「私は父も母も誇りに思っている! そのような言い方は止めてもらいたい!」
ジェンがむきになって怒鳴る。
するとロックが間に入るように、
「お、おいおいジェン」
と口を挟むが。
「そもそも女がレンジャーをしているというのが間違いなのだ。女は年頃になったら子を産むものだ。レンジャー等という安定していない仕事を続けている暇があるなら、とっとと男でも捕まえて家に入ってしまえばいいものを」
「あれれ~それって私に対してのあてつけかなぁ~?」
「ロイエ! 頼むからこれ以上話をややこしくするな!」
ロックが苦渋にまみれた顔で声を上げ、ロイエは笑顔ではあるが、気のせいか蟀谷がピクピク波打っている。
「ふん! 叔父上は相変わらずだな。全く女はこうであるべきだ、子供はこうであるべきだ、全て自分の考えを押し付ける。もしかして領民に対してもそうなのか? だとしたら大変だな。叔父上のような頭が硬いばかりで融通のきかない領主を持った人々は」
「なんだと?」
「ま、まぁまぁ落ち着いてよお姉ちゃんも叔父さんも。ねっ? ダグラス叔父様もあまりお姉ちゃんを虐めないで上げて下さい」
何か険悪な空気も漂ってきたので、思わず零が間に入り仲裁しようとする。
するとダグラスの視線が下がり零の姿を認めた後で。
「……あぁ、トイか――そうだな少々私もむきになってしまったようだ。しかし、大きくなったな」
「はい、おかげさまで。それにしてもお久しぶりですダグラス叔父様――」
言って零は頭を下げる。恐らく入ってきた時点でダグラスは零に気が付いていたようだが、話すタイミングが掴めなかったようだ。
先にジェンが口火を切ったというのもあるが、その後喧嘩みたいな物が始まったのだからそれもそうかとも思うが。
そして零が頭をあげると、その眼に映ったダグラスの顔は随分と優しいものであった。
トイの記憶には厳しい顔のダグラスの姿しか残ってなかったものだが――
「それにしても、時が立つというのは早いものだな――」
徐ろに一同に背中を見せ、どこか淋しげに語る。
その姿にジェンも毒気を抜かれたようで、ふぅ、と一つ息を吐き出し。
「とにかく。今回我々はレンジャー協会が請けた依頼をこなす為にここまで来ている。なんでも鉱山から鉱夫が戻らず、調査に向かったこの地域のレンジャーも帰ってこないと」
あぁ、と改めて叔父が一行を振り返る。
「確かに今はその事のほうが大事だな。協会に説明したように、鉱山に入っていった者が尽く消息不明となってな。ほとほと困り果てている。今はまだ蓄えていた分で鍛冶師達の仕事も補えているが、これ以上鉱山を封鎖させておくわけにも行かない。今後の仕事にも差し支えるしな。なんとか早急な対応をお願いしたい」
叔父はどこか淡々とした口調で用件を述べる。
するとジェンの眦が尖り、叔父を睨めつけるようにして口を開く。
「やはり私は叔父上が好かんな。その口調ではまるで、鉱夫や調査に向かったレンジャーの安否よりも、鉱山での作業が止まっていることのほうが心配なようではないか」
「――そうだな。正にそのとおりだ。戻ってこない者達の事はもうどうしようもないだろう。それよりも今は早く鉱山の活動を再開させ、現場を立て直すことのほうが先決だ」
「何だと貴様!」
「落ち着けジェン!」
激昂するジェンの肩を掴み、制止の言葉をロックが投げつける。
ジェンは下手したら今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。
「放せロック! 私は!」
「レンジャーの本分を忘れるなジェン! 俺達はここに領主と喧嘩するために派遣されたわけじゃない!」
その言葉にジェンがハッ、としたように目を見開き、そうだったな……と肩を落とす。
「済まないロック……」
ジェンの謝罪の言葉に一つ頷き。
「ダグラス公、我々としても当然此度の事件、早急に解決へと導きたい次第です。そこで早速でも調査に趣きたいところですが、鉱山の入り口を開けてもらえますかな?」
ロックがジェンに代わってダグラスに願い出る。
するとダグラスは了解と頷き。
「だが、今日のところはもう遅い。街の宿屋には伝えてあるからすぐにでも泊まることは可能だろう。鉱山の入り口は朝には開けるよう命じておく。今日のところはゆっくり休むといい」
◇◆◇
「全く腹ただしいことだ!」
宿につき、其々の部屋に入り、一旦落ち着いた一行であったが、ジェンとロイエが零とロックの部屋に突撃してきて、開口一番ジェンが騒ぐ。
ちなみに部屋割りはそういうわけで、零とロック、ジェンとロイエに分かれて二部屋取られていた。
「こんなとこまできてそこまで騒ぐなよ。それにあの人だって、領主としての立場でもってあんな言い方をしたんだと思うぜ。本心の言葉じゃないだろ」
「ロック! 貴様あの男の肩を持つ気か!」
ジェンはロックへ、噛み付かんばかりの勢いで顔を近づけ、吠えるように文句を言う。
「いやそういうわけでも、ただそこまで悪い人だとも思えないんだよな」
「ふん! 話にならん! トイ~~~~! トイはお姉ちゃんの味方だよね~~~~」
媚びるような眼で訴えてくる姉に苦笑しながらも、零は頬を掻き。
「う、う~ん、でも僕もそんなに、確かに前の事はあったけど、今日あった限りではそんなに酷い人だとも――」
そう、零はどうしても彼が見せた笑みが脳裏から離れない。
あの笑顔は本物だと思うのだ。偽物の取り繕うような笑顔を、生前さんざん見てきた零にはなんとなくそれが判る。
「トイ~~~~! トイだけはお姉ちゃんの味方だと思ったのに裏切るの~~~~!」
叫び上げつつ、零にダッシュで抱きつき、ベッドの上でゴロゴロゴロゴロゴロゴロしてくる。
結局どこでもこうなる運命なのか、と目を細める零である。
「そもそも! 私はこの部屋割りにも納得がいかない! 叔父上はわざと私を困らせる気に違いない!」
ガバリと起き上がりそんな事を言い出すジェン。
「そうか? 別におかしいことはないだろ? 俺とトイは男、ジェンとロイエは女、部屋を分けるのは当然だろうしな」
「馬鹿言うな! 普通に考えれば私とトイが同じ部屋だろ!」
ロックが引きつった笑みを浮かべる。だがこれは彼の失言だろう。ジェンの性格を考えればそういう話になるに決まってる。
「そうだ! 私いいこと思いついちゃったよ! これでジェンも私もトイもハッピーになれる!」
「よっし! 発言を許可するロイエ!」
指差しジェンが叫んだ。何か色々と残念だ。
「ここはロックがこの部屋に一人! そして私とジェンの部屋にトイも来てもらって、夜は組んず解れつの大乱交――」
「却下する!」
ロイエの頭上から拳骨が飛ぶ。
「なぁあんたらが領主様のいっていたレンジャーの方々かい?」
部屋の中がカオスになりつつある中、何時の間にかドアが開いていて、中から五十代ぐらいの逞しい男が顔を出した。
どうやらレンジャーとしてやってきた一行に用事があるようだが。
「……う~んあまりタイプじゃないんだけどなぁ~もっと若い子いなかったのかな~?」
「ロイエ。一応言っておくが、多分お前の期待しているような事じゃないぞ」
そもそも一体何を期待しているのだろう? と思う零である。
「俺はこの町で鍛冶屋を営んでるゲイルだ。領主様に頼まれてな、明日までに武器の整備をしてやってくれと言われたんだ。だからちょっと武器を見せてくれっかい?」
「叔父のダグラスが?」
話を聞き、怪訝に眉を顰めるジェンであるが。
「ほら。なんだかんだで気にかけてくれてるんだろ。好意に甘えておこうぜ」
そういってロックは斧を、ロイエは小剣を手渡した。
ジェンも少し考える仕草を見せてはいたが、大剣を手渡す。
「僕のこれもいいですか?」
「うん? なんだあんちゃんも戦えるのか。まだ小さいのに大したもんだな」
一応準成人の身ではあるのだが、背の低さでもっと年下に見られているのかもしれない。
「それじゃあ、明日の朝一には店を開けておっから取りに来てくれや」
そういってゲイルは部屋を後にする。ロックの持つ斧が大きいのは事前に知っていたようで、他の弟子たちに持たせていた。
「さて後は飯でも食って明日に備えて休むか」
「あ、その前にここお風呂があるし入ってこようかな~」
「おお! いいなお風呂! トイも~~一緒に入ろうよ~~」
えぇぇえぇえ! と驚く零。
「いや、ここは男と女しっかり分かれてるからな……」
そして夕食の前にお風呂を先に頂く四人。
当然ロックとトイで男湯に向かうが。
『おおおおぉおおお! ジェンったらまたおっぱい大きくなった~~~~?』
『ば、ばかお前! 変なところ触るな!』
『えぇ~いいじゃん女同士なんだし~』
『お、お前は触り方がイヤラシイのよ!』
『ふふふふ、そんな事を言って本当はここがいいんじゃ――』
「…………早めに上がるかトイ」
「そうですねロックさん……」
壁の向こうから聞こえる嬌声に、落ち着かない二人である。
そしてお風呂から上がり夕食を食べ――三人は就寝し、零は朝を待ち続けるのであった……




