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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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山の猛獣

 旅立ちから初日は特に何の問題もなく終わり、予定通り橋の手前の村で宿泊し、翌朝には村を出た。


 橋を超えるルートは山越えとなるが、それほど険阻な道でもなく、ロイエのユニコーンでも問題なく進むことが出来る予定――勿論順調にいけばという基本的な話なのだが。


――グルルルゥ……


 橋の恐らく数百メートル程手前。向かって左側が切り立った崖となっている道の途中で一匹の獣と出くわした。

 丁度進行方向で道を塞ぐようにしてこちらを睨めつけてきている。

 しかもかなり大型の猛獣だ。零の感覚では虎そのものだが、モヒカンのような鬣を持つのが違いでもあり更に――


「全くツインタイガーとはな。個体数は多くないのに餌でも不足してたか?」


 ロックの声が響く。ロイエも、やだ~こわ~い、等と言っているが表情は寧ろ楽しそうで、ユニコーンの上から早速弓に矢を番え始めてさえいる。


 やはりこの辺は熟練したレンジャーか、こんな化け物を目の前にしても全く動揺が見られない。

 尤も化け物というのもあくまで零からみた感想で、実際この世界ではただの猛獣扱いなのだろうが――とはいえ頭が二つある虎などはやはり初めてみると面を喰らう。


「しかしあそこまで興奮してると、ただ追い返すってわけにもいかないな。逃げても他の人間を襲う可能性もあるし、しかたない私がいくか」

 

 言ってジェンが前に出て背中の大剣に手をかけようとするが。


「ちょっと待ってくれジェン」


 ロックがその背中に待ったを掛けた。

 すると怪訝な顔でジェンが振り返り言葉を返す。


「なんだ? ロックがやる気なのか?」


 ジェンの口調も目つきも完全に戦闘モードだ。普段とのギャップが凄い。

 改めて考えると、レンジャーとしてのジェンはハイゴブリン以降みていなかったことに零は気がつく。


「ちょっと待ってよ~私の出番は~?」


 と、そこへ毒気が抜かれそうな天然な声。戦闘間近になっても全く変わらない女の子が一人。

 

「あんたそんな弓でやれるの?」


「あ~ジェンたんたらひっど~い。あんなの急所狙えば一発だよ~」


 何か凄い会話をしてるなと目をパチクリさせる零である。

 あんな獰猛そうな虎にジェンはともかく、ロイエまで怯んでないのだ。

 いや言葉ではこわ~いみたいな事を言っていたが。


「いやそうじゃなくて、俺はトイに任せていいと思ってな。いけるだろトイ?」


 突然の大抜擢に目を丸くさせる零。すると案の定というかジェンがロックの首を絞めた。


「何いってるのあんた! トイが食べられちゃったらどうするのよ!」

「そうだよ~私もまだ食べてないのに~」

「あんた後で殴る!」

「ぐぇ、く、くるし、ちょ、落ち着けジェ……」


 このままでは本当に落ちかねないので零が止めに入ってなんとか宥めた。


「ケホッ、とにかくちょっとトイの意見を聞いてみろって。絶対いけるとおもてるからよ。なぁトイ?」


 喉を押さえながらロックが確認してくる。

 改めて目の前の猛獣をみやる零だが、確かに初めて見るその姿に驚いてはいたが、恐怖感は全く持ってない。


「はい、大丈夫です。これなら僕でも倒せるかと」


 零がそう言うと、ジェンが驚いたように目を見広げる。


「トイ、無理しないでいいんだよ? ツインタイガーは猛獣でも結構手強い方だし。普通レンジャーでも倒すより逃げるのを優先させる場合もあるんだから」


 ジェンの表情は戦闘モードから完全に姉の物に切り替わっていた。

 心配そうに眉を落としていて、零が倒せるとは夢にも思っていないようだが。


「ジェン。トイは移動でも俺たちについてこれるぐらいにソーマを使いこなせてる。しかも錬と神を両方使えるんだ。ボテンシャルなら俺なんかよりずっと上だと思ってる」


 でも、とジェンはやっぱり不安そうだし、零もそこまでは買いかぶり過ぎだろうという思いもあるが、とりあえず。


「お姉ちゃん。とりあえず風のソーマで離れたところからやってみるし、そんなに危険はないと思うよ。信じて貰えると嬉しいな」


 小首を傾げお願いのポーズを決める。下から覗き込むようにして、丸い瞳をさらに真ん丸にさせるようにして媚びるのがポイントだ。


「ふぁん! そ、そんな顔されたら、う、うぅうう、判ったよトイ。でも危なくなったらすぐ助けるんだからね!」


 うん、ありがとう、と笑顔で返す零。


「う~んやりおるなこやつ。よし! じゃあお姉さんも応援してから食べちゃうぞ!」


 虎に食べられるよりはマシだが、それはそれで勘弁願いたい零である。


「問題無いと思うがトイ油断はするなよ」


 ロックの言葉に、はい! と答え、零は猛獣の姿を視界に収めつつ一歩前に出て、詠唱を始めた。使うソーマーはジュドー()


「切り刻め重畳なる風の刃よ!」

 

 零の使える中で尤も強力な風のソーマが、ツインタイガーを巻き込む竜巻と化す。

 螺旋の中に生まれる無数の風の刃は、いくら猛獣といえど耐えられる筈がない。


 そう思っていたが、なんとツインタイガーは幾重の風刃が舞い上がる竜巻の中を無理やり突き抜け前に出た。


 肉肌が抉られかなりの出血が見られるが、それでもまだ戦えるだけの余裕があるようだ。

 敵ながら感服してしまうようなタフさだが、零もまた気持ちを相手に置いたままだ。

 

 油断はしない、その心構えで挑んでいる。

 ニ首の虎は更にジリジリと距離を詰め、あの動きであれば、恐らく飛びかかれば零の身を爪と牙でズタズタにできる位置まで近づいている。


 するとそこでツインタイガーの片割れの大口が開き始め。


「トイ! 衝撃波に気をつけろ!」

 

 背中に刺さる警告。

 刹那――全てを掻き消すような獣の咆哮。

 ビリビリとしたものを魂に感じていると、もう片方の首も口をあける。


 その所為に、何やら嫌なものを感じた零は咄嗟に錬の強を足に集中させ、左に向かって飛んだ。

 すると二度目の咆哮と共に零の立っていた場所が、パンッ! と弾ける。


 これがロックの言っていた衝撃波かと思いつつも、零は切り立った崖を足場に蹴り飛ばし、腰の剣を抜いてツインタイガーとの距離を瞬時に詰めた。


 強化した飛び込みに更に肉薄したと同時に膂力も高める。左側の首目掛け空中で錐揉み回転するようにしながら下から剣戟を叩き込んだ。

  

 ソーマを腕に纏わせている為、刃が深く喰い込んだ感触も知ることが出来た。

 片首の絶命の鳴き声が耳朶を打つ。


 零は喰い込んだ刃を無理やり抜き、その勢いを活かして今度は残った首目掛け、上から刃を突き立てた。

 目と目が合った瞬間に恐らくツインタイガーは死を覚悟していたのだろう。

 そんな諦めに似た目を見せてきたが、ここで容赦などするわけもいかないのだ。

 寧ろ手負いのまま逃すほうが無責任というものである。


 頭蓋を刃で貫かれた猛獣は、その場で力なく脚を折り、伏せるような姿勢でその生涯を終えた。


 その最後を認めた後、零は皆を振り返るが、ロックは満足気な顔でよくやったぞ~と手を降って喜んでくれたが、ジェンはどこかポカーンとした表情で最愛の弟をみていた――




「流石に驚いたけど流石トイね! お姉ちゃん鼻が高いよ~~~~」


 ツインタイガーを倒した後は道程を再開させた一行であったが、その道すがらジェンの声は止まらなかった。


 零の戦いぶりを目にした直後はどこか呆けていたジェンだったのだが、暫くすると目をウルウルさせてその力を褒め称えてくれた程だ。


 しかもそれは歩いている途中も留まることを知らない。


「でもトイちん実際凄かったよ~もう抱いて! って思ったもん」


 ジェンのキツイ視線がロイエに注がれる。そして零もなんて返していいか判らない。


「まぁでもいいもんが手に入ったな。この山超えたら村があるからそこで売却した後ミルフォードに向かおうぜ」


 どことなく嬉しそうに口にするロックの肩には、ツインタイガーから剥ぎ取った皮が乗せられていた。

 結構な大型だったので面積も中々のものだ。

 布で包まれた肝もその手に握られている。

 

 ツインタイガーの肉は食用に向かないが皮は高級品として、肝も薬用として重宝されているとの事だ。

 ただ肝はあまり長くは持たないので先に売っておきたいらしい。


 因みにあの衝撃波に付いても聞いてみたが、ツインタイガーは最初に片方が咆哮しそれで位置を決めもう一匹が咆哮をぶつけることで衝撃波を発生させてるらしい。

 威力は大したことがないが、それで相手が怯んだすきに飛びかかって獲物を仕留めるのだそうだ。


 猛獣も退治し、途中川を見下ろしながら橋を渡り、それから山を下りていく。

 麓の村ではロックが最初は交渉していたが、ロイエが口を挟み、わがままな太ももをチラチラさせての交渉術で金貨五枚の筈が金貨八枚まで値が上がった。

 

 こういうところは流石だなと思う。分け前は値が上がった分はしっかりロイエが徴収していたが、残りは全部零の分という事で手渡された。

 それに戸惑い断ったりもしたが、倒したのは零だからと半ば無理やり握らされた。

 

 自分で稼いだ実感をしっかり持った方がレンジャーとしては大成するそうだ。

 とはいえ基本姉であるジェンにお世話になってる身だ、ありがたく受け取りながらも預けるという形でジェンに渡しておく。


 村を出てからは再び脚力を強化し先を急ぐ。橋を一つ超えると領地も変わる。

 一見すると特に変化のない気もしたが、街道を走っているうちに、穀倉地帯の広がる場所が視界に入るようになり、更に周辺には中々立派な風車が連なる姿も見受けられるようになる。


 ロックやジェンの話だと、このあたりはいい風が年を通して吹き続けるので、穀物の製粉の為に利用されているそうだ。

 

「う~ん風がいい気持ち~あの風車小屋とか懐かしいなぁ。あの中でお互い重なりあって」

「黙れ、今すぐ黙れ」


 まるで世間話のようにとんでもないカミングアウトするロイエに、ジェンも突っ込みを休ます隙がない。

 

 そして段々とその会話に慣れてきている零も、ちょっと自分が不安になったりする。

 

 そしてそんな会話を耳にしながら走り続けていると、空が茜色に染まる頃、目的地であるミルフォードの町が見えてくるのであった――

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