ミルフォードへ向けて
レンジャー協会を出て、ジェンとロイエのやり取りに一抹の不安を覚えつつも、零は町を出る前に一旦友人であるセシルとシドニーに旅に出る旨を伝えに行った。
「そっかぁ~トイまた出ちゃうんだね。凄いなぁ色々な仕事任されて」
「いや、僕は今回は叔父さんにあってみようかなってそれだけだよ。任務には加わらない」
勿論それは便宜上ではあるが。
「ふ~ん、でも本当にそれで終わらせるつもり?」
セシルは何かを察してるようなイタズラな笑みを浮かべて零をじっと見てくる。
中々勘が鋭いなと思いつつも、女の子のような綺麗な瞳で見つめられると照れくさくもある。
「でも。僕も頑張らないとなぁ……うん判ったトイ頑張ってね」
ボソリと何かを呟きつつ、セシルは笑顔で見送ってくれた。
手を振ってその場を離れシドニーのいる工房へ向かう。
彼にはこの間の仕事で傷ついた鎧を修復してもらったりとお世話になりっぱなしだ。
「おう! なんか色々大変そうだな。まぁでもこないだ直した時に更に強度がますようにしてるし鎧はバッチリだ! あ、でも無茶すんなよ!」
シドニーは技術的な面でも仕事が増えていってるようで、零が話をしにいった時には首にタオルを巻いて汗だくで仕事をしていた。
かなり忙しそうだったので、話をした後は、また修繕が必要なときはお願いね、とつげ工房を後にした。
まぁ帰り際シドニーの母親に捕まり少々長話に付き合わされたりもしたが……
「ミコノフ様のご加護があらんことを――」
セシルやシドニーに旅に出ることを伝えた後は、姉のジェン、ロック、そしてロイエを含めた三人で教会堂に向かい、旅の無事を願って祈りを捧げる。
そして外に出た後はマーリン自らが祈りの言葉を捧げてくれた。
「――トイも気をつけてくださいね」
祈りの後、マーリンに何か心配そうな眼差しで言われてしまったが。
「な~に心配いらないって。今回はトイは街まで同道するだけだからな。任務には加わらない」
あ、そうなんですか、と少しだけマーリンはほっとした顔をみせる。
「あれれ~この可愛いシスターちゃんはもしかしてトイちんの彼女~?」
「ち、違うよ!」
「ち、違います!」
ふたりの声が揃った。するとロイエが小悪魔のような笑みを浮かべながら零とマーリンを見比べた後。
「へ~そうなの~? ふ~ん、あ! でもそれなら私が食べちゃっても大丈夫だよね~この旅の間にきっとトイちんは~一皮剥けて大人に~って! 痛い痛い痛い! 痛いよジェンたん~~」
「うるさい、この色ボケ女! トイに汚れた言葉を浴びせるな!」
「ふぁ! ら、らめぇ、そんなに強くされたらでちゃう~凄いのでちゃう~~~~!」
その姿にマーリンも呆然としていた。うん、まぁそうだろうな、と思いつつこの短時間ですっかりみなれた光景に目を向ける。
ロックもやれやれと蟀谷の辺りを拳骨でぐりぐりされているロイエを見ている。
「と、とにかく皆様が大事なく戻られるのをお待ちしておりますので――」
マーリンとも挨拶を済ませこれで皆への挨拶は済んだ。
零も出発の準備は整っている。これでいよいよ町を出て――といいたいところだが。
「ところでミルフォードまではどうやって向かうの? 馬車?」
トイはなんとなく疑問に思ったことを口にする。
ロイエがじゃあ脚を用意してくるね~といって一旦離れたのもあって、馬車という言葉も出たわけだが。
「いや、馬車は時間がかかるからな。走っていく形になる」
走って、か……とふと最初にジェンについてきた時の事を思い出す。
あの時彼女は、零が全力でも追いつけない程の速度を軽く出してのけた。
あれでも恐らく力の半分も出していなかったであろうから、本格的にソーマの力を使えば確かに馬車などとは比べ物にならない速度を出すことであろう。
「おっまた~」
と、そこへ離れていたロイエが戻ってきたのだが――その姿に零も思わず目を丸くさせる。
何故なら皆の下に再び姿を現した彼女はあるものに跨っていたからだ。
「え? これってユニコーン?」
「あぁそうだな。俺も久しぶりにみたが」
「あいかわらず愛馬は綺麗ねあんた」
ロックとジェンもそれに応えるように言う。
しかし物語上だけの生物だと思っていたが、異世界とはいえ実際に目にするとやはり驚く。
しかし見た目には零の思っているのと一緒で、白いフサフサの毛並みを湛え、額には逞しい一本角。
全体的には鍛えぬかれた靭やかなフォルムをしており、若干脚が長い気もするが零のいた世界なら競争馬としても活躍できそうである。
「で、でもロイエさんにユニコーンとは意外でした」
零が思わずそう声に出すと、
「えぇ? なんで~?」
と不思議そうに小首を傾げてきた。
零がそう思ったのは、ユニコーンは処女以外には懐かないという伝承をしっていたからだ。
だがそれはあくまで零のいた世界で囁かれていた事。
きっとこの世界では違うのだろうと納得する事にする。
因みにロイエがそもそも処女なのでは? という可能性は端から考えていない。
「ロイエさんはいつもこのユニコーンで?」
「う~ん大体そうかなぁ。それにソーマ士みたいな人外と一緒に旅をするなら必須だよねぇ~」
「誰が人外だ誰が」
「いやまぁソーマ士はという意味だしな」
唸るように文句をいうジェンを窘めるようにロックがいう。
しかし、どうやらこの話を聞く限りではロイエはソーマ士ではないようだ。
まぁ尤も一万人に一人と言われているソーマ士が、ここに三人もいる時点で本来は色々おかしいのだが。
「おう、これから出発か。頑張れよ」
門番の激励を受けながらも一行は町を出て街道に出る。
そして軽く準備運動を済ませた後。
「トイ、錬の強はいけるか?」
「はい大丈夫です」
「もし疲れたら私がトイをお姫様だっこするからな。心配いらない」
それは出来れば御免被りたいと思う零である。
「心配ならトイちんあたしの後ろに乗ってもいいよ~」
「全力で断る!」
「あれれ~なんでジェンたんが~?」
零の返事を聞くまでもなく、ジェンが応えたが間違いではない。
「まぁトイなら十分ついてこれるだろ。それよりロイエこそ遅れるなよ」
「むむむぅ、私のチンチンを馬鹿にしちゃ駄目だぞ!」
「…………」
「まぁそれならいいけどな」
「まぁユニコーンは普通の馬よりはるかに体力があるし、脚も速いしな」
(え!? 名前はスルー!)
「チンチンは特に精力が優れてるから平気だよ~」
「よし! やっぱり最初から飛ばしていこう! 出来ればロイエを置いて行くぐらいに!」
何か拳をグッと握りしめてジェンが宣言する。
それにしてもこの人大丈夫か? と本気で思う零でもあるが。
因みにロイエの装備は、前に零がみた剣と今回は矢筒と弓も背中に下げられていた。
「よし! じゃあ出発だね! トイ~疲れたら言うんだよ~」
「う、うん――」
こうしていよいよ旅が始まったのだが。
「トイ、俺の後ろに付いておけ。風よけになる」
「は、はい!」
「てかトイ本当に凄い。錬いつのまにこんなに使いこなせるように?」
「まぁ俺の修行の成果だな」
「ははっ、でもロックさんのおかげで確かに大分使いこなせるようになりました」
「てか皆そろってやっぱり人外だよね~」
「「人外いうな!」」
そんなやり取りを苦笑しながら眺めつつ、零は三人の後ろをついていく。
ソーマを使用する事については、ソーマが尽きにくい零には特に問題はないのだが、強を使用しての脚力の底上げはやはり慣れや経験である程度左右される。
一応ロックの風よけの効果もあって、後ろをついて行けてはいるが、それでも全く余裕の表情であるロックとジェンを見るとまだまだだなとは思う。
多分本気を出されたならあっさり千切られることだろう。
尤も現状、感覚ではあるが速度は八~九〇キロは出ている。
そして目的地のミルフォードの街までは、通常の馬車で一四日程だ。
馬車の速度は平均で一〇~一二キロなので、大体八倍ぐらいか。
道程としては丁度目的地との中間の位置に掛かる橋の手前の村で一泊して、翌日中には目的の街に到着する予定となっている。
今見る限りロイエが手綱を握るユニコーンもまだまだ余裕がありそうだ。
このままいけば特に問題もなく旅は進むと思うが――それはそれとして、一体どうやって三人の任務に着いていくか――走りながらもその事に頭を悩ます零であった……




