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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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叔父との思い出

 エリソンやマーニを見送り、残った皆とも別れた後、零は自分の屋敷に戻ってきた。


「おかえりトイ」

 

 零が戻ると先に戻っていたジェンが出迎えてくれる。

 ただいつもと様子が違うのは直ぐに理解が出来た。


 いつもであれば顔を合わせた瞬間に飛び込んできて、抱きまくらの如き扱いをうけるのだが、今はそれがない――表情もどこか固いからである。


「あ、ただいまお姉ちゃんも帰ってたんだね」


「うん。今さっきだけどね。それでねトイ。戻ったばかりで悪いのだけど、ちょっとお話があるの。いいかな?」


 その真剣な表情をみては頷く他ない。どうやらかなり真面目な話のようだが……何かと思いつつも零はジェンと一緒に部屋に向かった。




 部屋にはロックの姿もあった。やはり彼も真面目な顔で革製のソファーに座っていた。


 部屋の真ん中には木製のテーブルも設置してある。

 高級な丸太から、一本彫りで仕上げた机は漆も塗ってあり、脚には馬を模した彫刻が施されている。

 当然値段もそれなりに張るものだ。


 一階に存在するこの部屋は、トイの記憶では本来来賓を迎える為に使用されていたものだ。

 どうりでふかふかの絨毯も敷いてあるはずである。


 ただ、普段からジェンは掃除に手抜かりがないため、今も清潔さが保たれているが、両親の死後は、この部屋が使われた試しは殆どなかったはずだ。


 その部屋をこうして開けるということは、きっとそれだけ重大な何かなのだろう。


 その事を踏まえた上で、零もどこか構えた感じにゆっくりとソファーに腰を下ろした。

 ロックはテーブルを挟んだ向こう側に座っているが、ジェンも移動し彼の隣に座った。


 その様子に、え! まさか!? と別の勘ぐりをする零。

 そこへジェンが口を開き内容を伝え始める。


「実はねトイ。私達ふたり――」


(えぇええぇえええええぇええ!)


 まさか本当に!? と動いてもいないはずの心臓がバクバク脈打っている気さえしてくる。


「明日から暫くレンジャーの仕事でここを離れることになるの――」


 だが、その後継いで出てきたジェンの言葉に、零は目をぱちくりと瞬かせる。


「え? 仕事?」


「そうなんだ。ちょっと厄介事でな。俺とジェンで掛かることになったんだ」


「……仕事だけ?」


「そうだけど?」


 ジェンが小首を傾げる。


「な~~んだぁ~~」


 トイが大きく息を吐き出し胸を撫で下ろす。

 なぜそんな安心した気持ちになっているかはよく判らないが。


「なんだ~って! トイ、お姉ちゃんと離れるの悲しくないの? 寂しくないの? 私はこんなに胸が張り裂けそうなのに~~~~!」


 零はしまった! と目を大きくさせた。まさかそう取られるとは思いもよらなかった。


「落ち着けよジェン。別に今生の別れというわけではないだろ」


 横から宥めるようにいうロック、だが何故か睨みかえされている。


「あ、そ、それで依頼ってどんな依頼なの?」


 とりあえず話の流れを変えようと、依頼の話を振る。単純に興味が湧いたというのもあるのだが。


 だが、その言葉を聞くとジェンの顔はどこか神妙になり。


「ジェン、ちゃんと説明するんだろ?」


「え、えぇそうね。トイ、あのね叔父さんの事覚えてる?」

 

 叔父さん? と一瞬思ったが直ぐに知識が補完された。

 ダグラス・フォード――母方の兄に当たる人物で、ここフォービレッジ王国にて東端のミルフォード地域で領主を任されており、伯爵の位を授かっている人物である。


「うん覚えているよ」


 零は記憶に従い、そう応える。するとジェンは窺うように零を見つめ。


「今回の依頼はその叔父さんからなのよ」


 そう告げてきた。つまり叔父とはいえ伯爵からの依頼となるわけだ、と顎を引きつつ、そうなんだ、と応えた。


「……そうなんだ――ってトイはもう気にしてないの?」


 そこでジェンからの意外そうな問いかけ。

 零は、あっ、と声には出さないが自分の失敗をしる。


 確かにトイは叔父の事を快くは思っていなかった。

 理由はふたりの両親が亡くなった頃まで遡るが、彼らの父が死亡した知らせを受けた時、ジェンはまだ一二歳でトイに関しても四歳という幼さであった。


 それ故、叔父はふたりを自分が引き取るといい、この屋敷も売却すると話を進めていた。

 だがトイは幼いながらもそれに納得せず屋敷から離れない! 絶対に売らせない! と言ってきかなかった。


 それを叔父は激しく叱咤し、半ば強引に連れて行こうとしていたようなのだが――結局ジェンもトイの考えに同調し、そして自分がこの屋敷を守る! と叔父に言い放ったのである。


 その時叔父は、準成人とはいえ何の後ろ盾もなく、トイを育てながら屋敷を守るなど不可能! と忠告したようだが、ジェンの意志は固く、結局は叔父が折れ、先ずは三〇日様子を見るという条件で見極めるという話になったようだ。


 そしてジェンはその間に死に物狂いでレンジャーの勉強をしつつ、見習いとして働き生活費を工面した。

 

 その姉の努力の甲斐もあって、結局は叔父の元に引き取られることはなかったようだが――だがそのことで叔父とは確執が生じたまま、それ以後は一度も顔も合わせずに来たようだ。


 そんな過去があるにも関わらず――随分と軽い感じに返してしまって少し焦る。


 だがこうなっては仕方がない。


「も、もう随分と昔の話だしね。僕も幼かったし、間違ってたとは思ってないけど、叔父さんの気持ちも少しは判るかなって」

 

 これに関しては、零の気持ちとしてはそのとおりでもあった。

 姉のジェンに関しても幼かったトイに関しても、そのままではとても生活していけるとは思わなかったのだろ。


 その為に手を差し出すのは至極当然ともいえる。屋敷を手放すのも、誰も住まないまま遊ばせておくわけにはいかないという思いからだったのだろう。


 むしろいくら叔父とはいえ、二人を引き取って育てようと決意した事は立派な行いとも言えるかもしれない。


 まぁ叔父自身に直接あったわけでもないので、詳しいことは当然知る由もないが。


「……トイもいつのまにかそんな大人な考えが出来るようになったんだね――駄目だな私は、まだちょっと躊躇ってる思いもあるし」


 ジェンがそう口にし、表情に影を落とした。

 まさかそんな顔をするとは、少し軽率な言動だったかと焦る。


「ジェンだってそれでも依頼を請ける決意をしたじゃないか。最初はそれでいいんだよ。後はまぁ会ってからの話だろ。野となれ山となれぐらいの気持ちで考えればいいし、最悪依頼だけでも完遂すればいいんだ」


 ロックはジェンを励ますような事を言う。

 まぁ確かに叔父と会うのだって一〇年ぶりになるはずだ。

 お互い色々と気持ちの変化もあることだろう。


「それで依頼というのはどんな内容なんですか?」


「うん? あぁそれがな。フォーグ伯が屋敷を構えるミルフォードの街近くにある鉱山で、鉱夫が中に入ったまま戻らない事件が発生してるんだ。それに急遽応援要請があってな」


「ミルフォードですか……あれ? でもその地方にも当然レンジャー協会はありますよね?」


 これはトイの知識と試験に向けての勉強で知ったことだが、協会は各領主の自治する地域ごとに必ず一つは存在している。


「そうなんだがな――その協会から調査のため派遣されたレンジャーも、洞窟に入ったまま戻ってきてないんだ。しかもかなりの腕利きのレンジャーだったらしくてな。それが帰ってこないとあって今は洞窟も封鎖中で、それでこっちに白羽の矢が立ったってわけだ」


 ということは――もしかしてかなり厄介な事態じゃないのか? と腕を組み考えを巡らす。


「それでねトイ。そういう案件だからもしかしたら思ったより長引く事もあるかも知れないし、本当はトイと離れたくなんてないけど、暫く留守番――」

「だったら」

 

 と、そこへ零が言葉を重ね。


「僕も一緒について行っていい?」


 そう話しを紡げるが。


「駄目よ何を言ってるの!」


 かなりの剣幕で怒鳴られ驚いてしまう。


「おい、ジェン落ち着けって」


 それをロックが宥めようとするが。


「ロックは黙ってて。いいトイ? これは凄い危険かもしれない任務なの。確かにトイがロックと大きな事件を解決したのは知ってるけど――でもだからってまだレンジャーでもない貴方を連れてなんていけないわ」


 ジェンは心底心配そうな表情で伝えてくる。

 弟の事を心から思っての事だろう。


「私だって本当はトイと離れたくなんてないし、可能ならそのまま腰に吊り下げて肌身離さず持ち歩きたいぐらいだけど――」


 ……それはちょっと、という思いが心魂を擡げる。

 ロックも、お前そこまで……と呟いたが、どんな気持ちで言っているかは判断がつかないが、とりあえず少し引いているようではある。


「だからいくらトイでも今回は駄目! 留守番してて! お願い!」

 

 最終的にはお願いされてしまった。


 しかしここまでいわれては大人しく待って――などいられるわけもない。

 寧ろジェンとロックに何かあっては後悔しても後悔しきれないだろう。


 ここは何としてでも依頼に同行したいところだ。


 ならどうするか? 簡単だそのまま伝えればいい。


「でも僕、そんな話を聞いたらお姉ちゃんの事が心配になっちゃったよ……足手まといにならないようにするから、一緒について行きたいな――」

 

 甘える子犬の表情も織りませながら、瞳も潤わせ、少し顔も傾ける。

 愛しさと切なさと心強さを取り入れた究極の媚び。


 それに姉のジェンが大きな胸を押さえつつ、あぁ! と仰け反る――が。


「はぁ、はぁ、らめよ! らめらめ! とにかくらめぇええ!」


 両手をぱたぱたと振って否を告げる。"だ"が"ら"になるぐらいまで追い詰めたが、それでも駄目だった。ジェンの意志は固い。


「でもジェン。俺は連れて行ってもいいかなぁとも思ってるんだけどなぁ……」


 そこに思いがけないアシスト。

 ロックに向かってナイス! と叫びたくなる。


「な、何言ってるのよ! あんた! トイが危険な目にあってもいいというの!」


「ちょ! 落ち着けって。確かに気持ちもわかるが、ジェンは直接みてないから判らないだろうけど、トイの腕は正直相当なものだ。下手なレンジャーなんかよりずっと心強い程にな」


 ロックがそう両手を振りながらも説明するが。


「……私だってトイのことは信じてるけど、それとこれとは別よ。それに協会だって今回ばかりは例え従者扱いとしても認めないと思うわよ」

「だったら」


 零はその会話に割って入り。


「依頼を手伝うかどうかはともかく、街までだけでも一緒にいくというのは駄目なのかな? それならお姉ちゃんとも少しでも長く一緒にいれるし――」


 代替え案のつもりだが、そこまでついて行ってしまえば、なし崩し的になんとかなるのでは、という打算もある。


 ただ問題は、ジェンがそれでも認めるかどうか――だったのだが。


「それよ! それよそれそれ! 嫌だ私ったら、なんでそんな簡単な事に気が付かなかったんだろう~~~~あ~~んトイってば賢い~~~~!」


 両手を胸の前で握りしめ花が咲いたような笑顔を見せ、そして机を飛び越え零に抱きつきソファーの上でゴロゴロされる。


 それを呆れ顔でみているロック。


 零はその行為に苦笑しつつも――取り敢えず上手く行ったと安堵した。


 

 


 

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