表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
71/89

迎え

 元レンジャーであり、今は罪人扱いとなっているジェシカは、村の外れにあるぼろ小屋に閉じ込められていた。


 その小屋は木造平屋で、見た目にはぼろの域を超えており、手入れの全く行き届いていない板壁はあちらこちらに穴が空き、その隙間からでも中の様子が覗ける程である。


 正直こんな小屋が本当に使われているのか? と疑いたくなるほどで――しかもその小屋は実際にこれまで使われていなかった。


 何せここ十数年は、平和で穏やかな暮らしが続いた村である。

 この小屋とてまだ国が荒れていた時代の名残のようなもので、村でも何度か取り壊しが提案された程だが、もしかしたら罪を犯す者があらわれ、使うこともあるかもしれないと思い辛うじて残しておいたにすぎない。


 尤も村民からしてみれば、こんなものは使わないに越したことはなかったのだが――


 しかしここにきて、そのもしかしたらがおきてしまった。

 件のマウンテンボアの駆除の依頼が、思いがけない方向に転がってしまったからである。


 だが、村民たちはそれでも嫌な顔ひとつせず、マウンテンボアの退治に一役買ってくれたふたりのレンジャーに協力した。


 これが、元の村長であるラムザックの権限が強い時であれば、そんな面倒事はごめんだと一蹴していたかもしれない。が、今回は有無をいわさず村長以外の村民全員の決定でこれを行ったのである。


 理由に関しては、マウンテンボアの件もそうだが、ラムザックが何時の間にか召使のように扱っていた少女の件もあった。

 ラムザックは、事もあろうに少女をレンジャーに差し出し私腹を肥やそうとしていたのである。


 尤も彼の言い分はあくまで村のためにということであったが、実際はマウンテンボアの肉を裏でこっそり回してくれるよう、レンジャーにお願いしていたのだ。


 マウンテンボアは、それ自体は村にとって脅威となる野獣であるが、その肉は旨い。

 更にただ旨いだけでなく、特殊な処理を施して塩に漬け込むことで、干し肉にしても適度な柔らかさを残したままに出来る。

 

 故に旅人にも人気であり、加工して売りに出せば結構な値がつくのである。

 今回のように量が多ければ、かなりの利益が期待できる。

 村長はそれを独り占めにしようと企てていたのだ。


 ちなみにこれを教えたのはロックであった。村長は最初に依頼したレンジャーが戻ってこないことで宛が外れたと思い、彼にも同じことをお願いしようとしたのである。


 尤もロック自身は、少女を使って上手く取り入ろうとした行為に憤慨していた為、村長の願いはただ藪蛇になっただけではあったのだが――


 そういった経緯もあり、ロックの行為でマウンテンボアの横流しも阻止され、村長の悪巧みも露見し、村民全員が彼に感謝し協力してくれる事となった。


 ジェシカを囚えている小屋の前は今も村人が交代で見張りを行っている。

 何せ見た目にはこの有り様だ何かあっては困る。


 ただ外観はともかく、小屋に設置された牢屋は木造ながらも堅牢な作りであり、小屋とは違い今でも十分使用に耐えうるものであった。


 ロックの話では、万が一ジェシカがソーマを使い脱走を試みたとしても、この牢は壊せないとのことであった。


 ジェシカの力がどの程度のものかは、戦ったロック自身がよく判っていたらしい。

 ましてや今、ジェシカは骨が外れた状態でギチギチに縛り上げられ、牢屋の中に転がされている。

 これでは到底逃げることは叶わないだろう。

 食事も犬のように口だけを上手く使わせ食べさせている有り様だ。


 見た目には綺麗な女を、縛り牢屋に放り込み、食事も家畜みたいに食わせるなど、知らない人がみれば人権侵害も甚だしいが、下手な同情を見せて脱走でもされては目も当てられない。


 それに王都からとはいえ、迎えがくるまではそこまで長くはかからない。

 それまでの僅かな辛抱なのである。


 そして――レンジャーふたりが村を離れ三日が過ぎた頃。




「おい、お迎えが来たぞ」


 村の若者が小屋のボロい扉を開け、数名の神官衣や神衣に見を包まれた者たちを案内するようにしながら中に入る。

 ドアの外には王国騎士の姿もあった。

 フォービレッジ王国の証明である紋章が鎧に刻まれている。


 彼らは中に入らず外で待っているつもりのようだ。

 これはどの国でもそうだが、ソーマ士の犯した罪に関する処罰は、ミコノフ教会が率先して行う事になっているからである。

 騎士に関しては護衛としての意味合いが強い。


 小屋の中は、カビと苔の匂いに女の垂れ流した糞尿の匂いが混ざり合い、何ともいえない臭気を放っている。 

 若者も思わず顔を歪め、鼻を摘むほどだ。それでもまだ、風通しがよいだけマシとも言えるのかもしれないが。


「この方がソーマ士でありレンジャーでもあったジェシカですか?」


 この中で尤も威厳を感じる顔つきで、その格好も他と比べ荘厳際立つ男が尋ねるようにいう。

 

 すると多少畏まった感じで若者が、はいそうです、と返した。

 ただ男は若者には殆ど興味を示さず、ジェシカの方へと顔をむける。


「へ、へへっ、なんだよ。やっとおでましかよ。全くまち、くたびれたぜ。なぁ、骨が外れたままで、いい加減キツイんだよ。感覚ももうないし。お願いだから、早く治療しておくれよ――」


 懇願するようなジェシカの言葉。

 その様子に若者も顔を歪める。いくら罪人とはいえ、その痛々しさにいたたまれなくなったのかもしれない。


「ふむ、思ったよりも元気そうだ。このあたりは流石レンジャーというべきか。ただ辛そうなのは確かだな。このまま連れて行くのは少々酷であろう。我々ミコノフ教会は例え罪深きものといえど、慈悲の心は忘れない」


「良かった、じゃあすぐに――」


「安心し給え。一旦眠っては貰うが目覚めた時には景色は一変しているよ」


 目覚め? と疑問の篭った声で呟くジェシカだが、そこへ男が手を翳し、何かを呟いたかと思えばジェシカの意識は微睡みの中へ落ちていった。


 男は若者に牢を開けるようお願いし、他の神官や騎士と協力してジェシカを乗ってきた馬車に運びいれる。


「それではご協力頂き感謝致します」


 辞去する一向に村人も頭を下げ、馬車が完全に見えなくなったのを認めた後は、何事もなかったようにいつもの生活に戻っていった。


 だが、彼らは知らない。その馬車が誰にも見られていない位置まで移動した直後、まるで霧のように消え失せてしまった事に――






◇◆◇


 ジェシカが目覚めた時、まさしく景色が一変していた。

 その変化はあまりに激しく、ふぁ!? と妙な声を発し飛び起きてしまった程だ。


 だが、それで彼女は自分の骨が戻っていることに気がつくこととなる。


「繋がってる? それはいいけど、ここはいったい――」


 彼女のいまいる場所。それは端的にいうならば洞窟であった。

 岩のゴツゴツとした薄暗い洞窟。

 足場も決して良くはなく、かなり湿った空気が肌にまとわりつくため、気分がいいとは決していえないであろう。


 その岩も殆どが黒岩であり、この暗さの要因は日が当たらない事と、周囲を囲むこの岩のせいにも思われる。


 そしてジェシカの目の前には、岩の槍が地面から天井まで伸び何本も横に連なっていて、ジェシカの細身でもとても抜けられそうにない。

 天然の牢屋――それが彼女の感じた印象である。


「でも、どうしてこんなところに――」


「目が覚めた用だな」


 ジェシカが怪訝そうに呟くと、応えるように一人の男が牢屋の前に姿を見せた。

 その様子にジェシカはとても驚いたように目を見開く。


 何せ今まで誰も立っていなかったところに、突如何者かが現れたのだ。

 驚くなというのが無理な話であろう。


「な、何者なんだいあんた?」


 黒ローブに全身を包まれた彼へ、ジェシカが尋ねた。

 頭の上からフードをかぶせてはいたが、暗いなりにその面立ちはなんとなく掴むことが出来る。

 

 しかしそれは、思わずジェシカが顔をくぐもらせてしまう程のものであった。

 何せ目が黒い。黒目というレベルではなくまるでこの洞窟のように眼球が黒く染まっている。 

 

 虹彩の殆ど感じられない漆黒。あえて好意的に見るならば、黒水晶のような瞳といえなくもないが、その様相はとにかく不気味の一言である。

 

 顔全体に張り巡られた皺も、樹皮のようであり、面長の顔立ちも相まって邪気を含んだ奇樹のようですらある。


 そんな男が、牢屋を挟んだ対面に立ち、彼女をその闇穴のような双眸でじっと見つめている。


「質問に応えろよ。第一ここは――」

「エレツ島……ハイゲイド帝国――」


 男の呟きにジェシカは、はぁ!? と素っ頓狂な声を上げた。


「ハイゲイドって……邪帝国ハイゲイド!? 馬鹿な事いってるんじゃないよ! いくらあたしが寝てたからってそんな事あるはずがない! フォービレッジから一体どれだけ距離が離れていると思っているのよ!」


 彼女が驚くのも無理は無い。エレツ島はフォービレッジ王国のあるセドナ島から、船で速くても一〇日掛かる距離に存在するのだ。

 腕のいいソーマ士でも乗せていればまだ時間を縮める事も可能だが、それであっても五日~七日は掛かる。


 まさかジェシカがそれだけの永い期間眠っていた等、先ずあり得ない話だ。

 何よりそれだけ眠り続けていたなら、身体になんらかの影響が出ているはずである。


「信じる信じないはお前の勝手だがな。しかしこの状況をみて嘘だと言い切れるか?」


 ジェシカは怪訝に眉を潜め、黒目だけで辺りを見直す。

 確かに――彼女の記憶でフォービレッジ内にこんな場所は存在しない。


 だからと、ここがエレツ島のしかもハイゲイド帝国などと到底信じられないが、どちらにしても自分は元の王国とは全く違う国に連れて来られている――そう彼女は判断した。


「一体あんた何なんだい? どうみてもミコノフ教会の神官様には見えないし、でも私の骨は治っている。一体何が目的?」


 慎重に相手の様子を探りつつ、相手の真意を知ろうと問いかける。


 するとニヤリと口角を吊り上げ、さぁ何かな? と逆に質問を返してきた。


 男が何を考えているかが掴めない。だが、このままこんなところに閉じ込められているのはごめんだ。


 ジェシカは考えを巡らせ、そして得意の甘い声で男に告げる。


「ねぇん。どっちにしろ貴方が私を助けてくれたんでしょ? その気がないと身体も治してくれないだろうし――だったらこんなところから出してくれないかしら? 私歯向かったりしないし、こうみえて結構役に立つのよ?」


 そういいつつ柵の前まで近づいていく。艶のある声で、悩ましい動きで――


「もし出してくれるなら、私のこの身体を使ってたっぷりサービスしてあげる」


「……それは中々そそられる話だな」


「そうでしょ? だからお願い、あたしをこ・こ・か・ら――さっさと出しな!」


 表情と声が一変し、その瞬間ジェシカの両手から一〇本の鎖が伸び男の身体を縛める。


「はん! あたしがソーマ士だっていうのを忘れてたのかい? それなのに態々骨も繋いで縛りもしないで、おめでたい連中だね! さぁその先端で刺し殺されたくなかったら、さっさとこのふざけた場所から出しな!」


 ギリギリとローブごと身体を締め付けるソーマの鎖。

 そして鋭く尖った三角型のそれが一〇、男の身体をいつでも貫ける位置で停滞している。


 だが――


「知っていたさ。だからここまで連れてきたんだ」


 男がそういうと体全体から黒い光が全てを押し返すように広がり、そして彼女のソーマの鎖を粉々に砕き散らした。


「そ、そんな――私のソーマが……」


「言っておくがただ消し去ったわけではないぞ? お前はもうそのソーマは使えない」


 男の発言に、そんなバカな! とジェシカが再びソーマを発動させようとするが、男のいうように彼女の手から鎖が現れることはなかった。


「ど、どうして! まさか聖の? でも! こんな一瞬になんて!」


 慌てふためく彼女の姿を眺めながら、くくくっ、と忍び笑いを見せる黒ローブの男。


 その姿を呆然と見つめた後ジェシカは。


「ね、ねぇ、今のは、今のはほんの冗談なんだよ。わかるだろ? ちょっと試してみたというか、本気じゃなかったんだ……ほんとだよ? だから、さ。私の身体は好きにしていいから、お願い――」


 そういって再び男を誘惑しようと試みる。


「あぁそうだな。その身体、すごくそそられる」


 ジェシカの瞳に僅かな希望が灯りだす。どんな事をしてでも生き延びたい。彼女はそう思い、利用される覚悟も決めていた。


「そ、そうでしょ? 色々とサービスもするよ。貴方を思う存分楽しませて――」

「何を勘違いしている?」


 必死に自分をアピールする彼女であったが、男の思いがけない言葉に、え? とジェシカの綺麗な目が広がり動揺を見せる。


「私がお前などの相手をするわけがないだろ。ほらよくみてみろ、お前の相手をするのは――そいつらだ」


 その言葉と同時に、牢屋奥の岩壁が引きずるような音とともに口を開け、中から悍ましい姿の邪悪な下僕が姿を見せる。


「え? う、そ。そんな、こんなの、嘘だ! 嫌だ! どうしてこんな!?」


 ジェシカはその顔に恐怖と動揺を貼り付け、岩の柵に手をかけた。


「どうした? その身体を活かしたいんだろ? だったら奴らほど適したものはいまい。何せ奴ら――ハイゴブリンの性欲は底がないからな」


「い、いやだぁああぁ! 出して! ここからだして! こんなのに! こんなのに犯されるなんて、ひぃ!」


 そのかよわい肩に、ゴツゴツとした筋肉質の手が伸し掛かる。かと思えばいつのまにか近づいていた数十体に及ぶハイゴブリンが、彼女の手を牢から引き剥がし、無理やり奥へと連れて行った。


「いやぁあぁああ! やめてぇえぇ! 許して、おねが、い、たす、ひぃいいいいいぃい!」


 その恐怖と絶望に満ちた声を耳にしながら、男は顔を歪め言い捨てる。


「しっかり子を孕めよ――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ