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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第一章 コボルト憑依編
7/89

退避

 ゴブリンの荒々しい息吹と奇声が四方八方から交錯するように響き渡る。

 その中を二体のコボルトはとにかく駆け抜けた。


 葉と枝で出来た壁を突き抜け、左右の脚を力強く踏み込み、まるで飛ぶように緑の異形から距離を離していく。


 集落から武器を奪ったゴブリン共。中には弓を引き矢を撃つ者もいたが、慣れてないせいなのか、全く照準が定まっておらず、避けるのは造作も無いことであった。


 更に、ゴブリンはコボルトに比べれば遥かに脚が遅い。

 ましてや先に仲間たちを逃し、零とドヌィ二人だけであったのが逆に幸いした。


 これであれば後方や前方に気遣う必要もない。お互いが視認できれば遠慮なく逃げることに集中が出来る。


 ドヌィの話では先に退却したヴィヌ達とは恐らく数キロ近く離れてる筈だという。

 それであれば、あとはとにかく追手を巻くことを考えれば良い。


 そしてある程度全力で走り続けた後は、そこまで神経を尖らす必要もなくなっていた。冥々裏(めいめいり)に追手を振りきっていたからだ。


「もうこの辺りまでくれば大丈夫だな」


「あぁ進路を戻そう」


 零とドヌィは先に逃げたコボルト達とは別のルートを辿っていた。

 自分たちの暮らす集落の位置をゴブリン共に把握されない為である。


 しかしドヌィが耳を欹て確認する限り、ゴブリンがこれ以上追ってくる様子は無いようだ。どうやら上手く巻けたようである。


 ゴブリンの聴覚はコボルトに比べれば大したことはない。その点からみてもこれ以上心配する必要はないであろう。


 念の為と零が辺りを見回すが、集落に戻る方向にあの巨木が凛と佇んでる以外に目立つものはない。


 そして大丈夫であることを見極めた後、二体のコボルトはお互いに頷き合い、集落へ後戻りする脚を早めた。

 



◇◆◇


 零とドヌィが長の下へ戻った頃には、先に逃走していた他の者も既に戻り終え長のテントに集まっていた。


 その彼らの様子からは、感覚というものがほぼ無い零でも、どこかピリピリとし、それでいて重苦しい空気を身魂に感じた。


 皆の表情は固い。特に隊を組んだコボルト達はどこか魂の抜けた抜け殻のような雰囲気さえ感じさせる。


 しかしそれも仕方ないかと零は記憶を呼び起こした。

 状況を打破しようと向かった零率いる援軍は、怪我を負ったものも出てはいるが、取り敢えずは全員無事生き延びることが出来た。

 

 だが、肝心の西の縄張りは事実上全滅である。恐らく雌は生きたまま捕らえられているだろうが、それもゴブリンの繁殖行為に利用されるだけであり、事が終われば後は死を待つだけだ。

 

 それならばまだ、その場で殺された雄の方が多少はマシなのかもしれない。

 子供に関してはもっと悲惨だ。奴等は子供の肉を食料としか捉えていない。


 勿論本来であれば少しでも多く助けたかったのは山々であった。

 それは零にも悔やまれるところである。


 だが、あの化物を目の当たりにしては、そのような気持ちもいつのまにか吹き飛んでしまった。

 あのままもし戦いを強行していたならば、ほぼ間違いなく全滅していたことだろう。

 そして零には死は訪れないが、仲間たちはそうはいかないのである。


 零だけではなく、ドヌィやヴィヌ、その他のコボルト達にもあの化物の恐ろしさは身魂に徹するものとなった。

 

「あの者に謝らなければいけません。私は結局彼の仲間を助けることは出来なかった――」


 零がそう述べると、長はゆっくりと首を左右に振った。


「残念だが彼も皆が出てすぐに息を引き取った。相当な手傷を負わされていたからな。ここの薬草だけではどうしようもなかったのだ……」


 そこまで言って長は物悲しげに肩を落とした。


「……申し訳ありません。私の力及ばず、結果的に縄張りを守る事は出来ませんでした」


「いえ。隊長はよくやってくれました。あの化け物は流石に一朝一夕になんとかなるものではないでしょう。寧ろあの退却の判断は正しかったと思われます。そのおかげで少なくとも我が隊は多少の怪我を負った程度で済みました」


 ヴィヌは零を庇うように言ってくれた。いや彼は見え透いた嘘をつくようなタイプではない。恐らくそう本心から言ってくれてるのだろう。


 相手は確かにそれぐらいの化け物であった。


「だけどよぉ。このまま手をこまねいて黙ってるってわけには行かないだろう?」


 ドヌィが鼻息を荒らげて言う。彼は本当に勇猛な戦士である。あのゴブリンを見ても零が命じなければ引く様子など微塵も見せなかった。


 だが、だからこそ危うい部分もあると零、というよりは彼の記憶が告げている。

 とは言え、この場においてはその言い分は尤もであり――


「そこは確かにワンバコレイゥドヌィの言うとおりでしょう。少しの間は奴等も動かないと思いますが、二、三日もしたら更に縄張りを荒らしにかかる可能性が高い。特に今はあの化け物の後ろ盾ある上、新しい武器も手に入れた」


「全くだ。下手したら明日にでもやってくるかも知れねぇだろ? うかうかはしてられねぇぜ」


 ドヌィは腕を組み頷いて見せる。こういった仕草は見た目が犬であることを忘れさせる。


「まぁすぐ明日って事は無いだろうがな」


 ドヌィの意見にヴィヌが若干の異を唱えた。

 すると、なんでそんな事がわかんだよ? と彼も反論する。


「忘れたのか? 奴等は雌は連れ去って行っているって話だ。多種と交配する奴等は、雌を奪えば先ずは繁殖に専念する」


 悍ましい知識ではあるが全くもってヴィヌの言うとおりでもある。そして奴等は種付けを終えた後、妊娠が確認できるまでは基本的には動かない。そしてそれが発覚するまでの期間は二日程度と言われている。


 つまりそれを考慮すれば、二日は奴等があの元の縄張り周辺から出て回る事は無いということである。


「しかしそれでも正直時間が足りるとは思えないがな。対策を講じるにも二日となると……場合によってはここを離れる事も考えねばならぬかもしれんだろう」


 ヴィヌはどんな時でも最善の策を練ろうとする。正直、自分なんかより団長に向いてるのでは? と零は思ってしまった。


「馬鹿いえ! 尻尾巻いて逃げるなんて戦士のやることじゃねぇぜ! なぁワンヌヴオズイズヌ?」


 急な振りに零は一瞬肩が震えた。そして顎のあたりに手を添えしばし考える。


「お、おいワンヌヴオズイズヌ……」


「あまり無茶を言うな。いくら隊長といえどそう安々と打開策など弾き出せぬであろう」


「……こうワンバイォイヌヴィヌは言っているがどうかな? ワンヌヴオズイズヌ?」


 長が口を出し、零に尋ねてくる。どうもこの先の判断は零の考えに委ねられているようだ。


「確かにワンバイォイヌヴィヌの言うことも尤もだ」


 その言に耳を垂らし、明らかにがっかりした態度をドヌィが示す。


「只、だからと言ってこのまま逃げ続けて解決できる問題でもないだろう」

と今度はその発言に耳をピンッと立て、そうだろ! そうだろ! とドヌィが喜ぶ。


「別に逃げ続けようという話ではない。ただ今は引いて作戦を立て直すべきでは? と思っての事だ」


 ヴィヌが噛み付いた。とは言っても零にというよりはドヌィにという感じもあるが。


「ワンバイォイヌヴィヌの気持ちも良く分かる。だがいずれは戦わねばならぬ相手だ。だからこそここは一日時間が欲しい。それで何か手は無いか考えてみる。それに、私が頼んでおいた件も無駄にはしたくない」


 零のその言葉に、頼み? とヴィヌとドヌィがほぼ同時に聞いてきた。


「長。如何でしょうか? あの件は」


「あぁ。確かに言われたように他の縄張りにも応援要請を出してある。ただ……今回の件は思ったより早く知れ渡ったようでな。狼煙の返事を見るに、やってくるのは二十体程度になりそうだ」


 長の回答に、そうですか仕方ないですね、と零が応えると。


「ちょっと待ってくれ! て事はあれかい? 団長はハナから勝ち目が無いと思ってたにも関わらず俺らを率いて戦いに挑んだってことかよ」

 

 これはドヌィでもヴィヌでもないコボルトが発した。俺たちを騙してたのか? という不審に近い感情が口調にあらわれている。


 そしてその言葉で他のコボルト達もどよめき出す。が――


「馬鹿かお前は。あの時は集落から命を顧みず助けを求めにきた者がいたから、隊長は少しでもその無念を晴らそうと行動に出られたのだ。確かに隊長は一度あの化け物と対峙しその恐ろしさも知っていたはずだ。だがそれでも勝てる可能性が少しでもあればと剣をとり出発したのだ。仲間のため、そしてコボルト族の未来の為にな」


 ヴィヌは瞳を尖らせ、まるで叱咤するかのように言を並べる。


「そのとおりだ! それとも何か? お前らは勇敢な英雄より義も尽くせない臆病な団長の方が良かったというのかよ!」


 ドヌィが追従とばかりに吠えると、他の物はそれ以上何もいうことはなかった。


「……ワンバコレイゥドヌィとワンバイォイヌヴィヌの言うとおりだ。ワンヌヴオズイズヌは決して無駄な犠牲を出すために行動したわけではないだろう。とにかく、長として今回はワンヌヴオズイズヌを団長としてその考えを重視する。皆のものもしっかり補佐の方を頼んだぞ」


 長はそこまで言うと零に向き直り、援軍は明日太陽が真上に向く頃、つまり昼ごろには到着するであろうと教えてくれた。そして全員一旦そこで解散となる。





「しかしあいつら腹立つよな。ワンヌヴオズイズヌのやり方に不満があるなんて」


「まぁそれは仕方ない。それにあながち全てが間違っているわけではない。勝てる見込みが少ないとも思っていたのも確かだ」


 その言葉にドヌィは目を剥いて、まじかよ! と語気を強めた。


「あぁ。今回は現地に着いてみてどうするかを決める予定だった。もし援護に向かった縄張りが優位に立てそうなら……と僅かな希望も持って向かいはしたが、結局は我らの隊が付いた時にはあの状況だ。ただ……気持ちとしては長たちは助けたかったけどな」


 そういう事か、とヴィヌが腕を組む。


「まぁ助けにいったのは間違いなく正解だろう。あそこでもし何もしなければ皆の今後の士気に関わるし、団長のいや、この縄張りに対する非難は避けられなかっただろう」


「はぁ? 何だよソレ。大体今回こっちの援軍要請に、あいつらビビっちまって、わずかしか応じなかったじゃねぇか。そんな奴等に文句を言われる筋合いじゃねぇよ」


「全く。お前は本当に浅慮な奴だ。コボルト族に取って大事な拠点ともいえる縄張りが危機の時に援軍に向かわないのと、その重要な縄張りや他にも多数が潰されている状態で、助けに来る余裕が持てないのとでは意味合いが全く異なるだろう」


 ヴィヌの鋭い突っ込みにドヌィはグゥの音も出ない……とまでは言わないが、ぐぐぐっ、という単語しか出てこないといった感じだ。


「とりあえず明日援軍が来てからの作戦を考えておかないとな」


 零がそう述べると、ヴィヌが、

「何かいい案がありそうか?」

と尋ねてくる。


「全く何もないとは言わないがとりあえずゆっくり、とまぁそこまでのんびりも出来ないが考えたい」


「そうだな。特に今日は色々あったわけだし、ワンヌヴオズイズヌも気を休めたいだろう。ほれ、だったらさっさと婚約者のところにいってやれ!」


 言ってヴィヌが右腕で零の首を絞める。すると、ワンヌヴオズイズヌ様、と彼の名前を呼ぶ声が届いた。

 それは聞き覚えのある声であり――


「おっと噂をすればってね」


「噂?」


 正しくいま話題に上がっていた婚約者が小首を傾げた。


「いやいやこっちの話だよ。じゃあ邪魔者はさるとしますか。ワンヌヴオズイズヌしっかりな~」


 この頃になると零もコボルトの表情の変化がかなり判るようになっていた。彼等にもしっかり喜怒哀楽はあるようだが、今のドヌィの表情は明らかに誂ってるようなニヤニヤしたものであった。


「では、私も戻るとしようかな。作戦の事は頼んだよ団長」


 ヴィヌはあいも変わらず表情の変化少なくその場を立ち去っていった。零の知ってる言葉でいうならクールガイというのがピッタリはまる。


 そして……既にあたりも暗くなっているという事もあってか外には他に誰もいなく――零は仮の婚約者と二人向かい合う形になってしまった――


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