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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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女の誘惑

 ロックから、見たくないなら離れていたほうがいいとも言われたが、零はその場にとどまり続けた。


「レンジャーとしての仕事はしっかり見ておきたいですから」


「そうか。でも気分のいいものではないと思うぞ

本当にいいのか?」

 

 はい、と零は真顔で応える。

 それを見届けたロックは嘆息をつきつつ、判ったと同意し。


「これ知れたらマジでジェンに何言われるか判ったもんじゃないな――」


 町に戻ってからの不安を顔に貼り付けながらも、ロックは未だ気を失っているジェシカの脇に移動する。


 装備品は最低限身体を隠すものを覗いて全て脱がされていた。

 元々軽装だったのでロックからすればそれほど手間ではなかったようだ。


 そして――ロックが半裸になった女の腕を取った。

 ジェシカはこんな事をするような人物でありながら、肉感的なその身は男心をくすぐるものを感じる。

 肌も傷が少なく綺麗で、レンジャーの仕事をしてるとは、さらに言えばこのような犯罪的な行為もしているとはとても信じがたい。


 しかし、それが事実なのは先ほどまで闘いを演じていた零自身がよく判ってることだ。

 勿論ロックなどは場合によっては命を奪われていたかもしれないのである。


 だからこそ――しっかりとやっておく必要があるとロックはいう。


 そしてロックは、意識を失っているジェシカの細腕を――捻るように引っ張りあげた。

 ゴキッ! という鈍い音が零の魂縛にまで響き渡る。


 と、同時に、ジェシカの叫び声が洞窟内に木霊する。

 あまりの痛みに意識が戻ったのだろう。


 だが、そのままロックの行為は彼女の肩にまで及び、左手で肩を押さえ右手で関節を決め、大きく捻る。

 ゴキリッ! という二度目の音。


 重なる悲鳴。

 右の腕を終えたロックは流れるように左腕に移動し、今度は間髪入れず腕と肩を外し、更に両足を抱えるように持ち上げ、こちらは二本同時に終わらせた。


 重苦しく鈍い音とジェシカのこの世のものとは思えない悲鳴が重なり、零は一瞬だが彼女に同情してしまう自分がいる事に気がつく。


 だが、もしここでそれをしなければ脅威になる可能性があることをロックはよく知っていた。


 戦闘できる状態ではなくなったものに、止めを刺すほどロックは鬼でもなかったが、かといってこのまま何もしなければ隙を見てソーマを使われる可能性は十分にある。


 これが神のソーマであれば、詠唱さえさせなければいいので、猿轡を噛ませるなりといった方法でも対応できるが、錬は中々厄介である。


 なにせ錬のソーマは詠唱を必要としない。最初に理の言葉をいうのも形式的なものであり、実は絶対に必要というものではなく、心のなかで思うだけでもよいのである。


 そのため、例えば何かで身体を拘束したとしても、強で戒めを解いたり、また彼女の形であれば、鎖を出すのは例え縛られていても出来てしまう。


 これらのソーマ士を拘束するために、ソーマの力を封じる鉱石というのもあったりはするようだが、希少で一般の市場に出回るようなものでもなく、当然今そんなものはない。


 ならばどうするか――その答えの一つは集中力を奪うこと。

 ソーマは、神にしろ、錬にしろ、聖にしろ、使用する際には意識を集中させることが必須だ。

 

 なので、集中できない状態にしてやればソーマを発動できないという事になる。

 そしてそれに一番効果的なのは――痛みである。

 それも単発の痛みではなく、ジンジンと継続的に続く痛み。


 そしてもうひとつは、ソーマを使ったとしても意味のない状況を作り上げること。


 だからこそ――ロックはジェシカの腕と足の関節を尽く外してみせたのである。

 そうすることで痛みで集中が出来ない状態にしたのだ。

 また関節を外しておきさえすれば、例え強が使えたとしても、腕や足が動かせなければ意味が無くなる。


 そして、更にロックは彼女の仲間の荷物をあさりロープを見つけ、それで脚を縛り、後手に指を手の中に無理やりしまい込んだ状態で雁字搦めにしてしまう。


 彼女の鎖は指先から伸ばすイメージで行使してる可能性が高いからだそうだ。

 それであれば、指先が向かないようにすることでソーマを封じ込められる可能性もある。


 ロックはこういった様々なパターンを考慮し、その対策を講じた。

 

 こうして身動き一つ取れなくなった状態で地面に転がされたジェシカは、痛みに咽び泣きながらも怨嗟の目をロックに向ける。


「ち、く、しょう、わたしが、こんな、こと、で、くぅう、ん、あっ、はぁ、はぁ」


 彼女の顔が赤い。肌も熱を帯びてきているようだ。関節を外されたことで炎症が酷くなっているのかもしれないが、だからといって開放するわけにはいかない。


「命があるだけマシだと思うんだな。痛みは暫くは我慢してもらうぞ。村で拘束できる場所を確保し閉じ込めた後で、教会の司祭や神官に来てもらうことになるとは思うがな」


「教会……くそっ、ソーマを、ちきしょ、う……」


 その言葉で零は理解した。

 イービルと同じである。彼女はソーマの力を封じられることに成るのだろう。

 最も彼女の行った罪を考えれば、それだけで済む話でもないのであろうが。


「これだけのことをやったんだ。諦めるんだな。それに今後は余罪の追求も余儀なくされるだろう。せめて少しでも反省する心があるなら、包み隠さず話すことだな」


 ロックは全く同情を感じさせない冷たい声で言い放った。

 すると怨嗟の目を向け続けていたジェシカの顔が変わり、瞳を潤わせ艶のある声を滲ませ始める。

 

「……な、なぁ、あんた。見逃して、くれないかい? もう、二度とこんなこと、しないよ。だから、さぁん。それに、見逃してくれるなら、私の事を好きにしてくれて、いいから、ね? なんなら、そっちの奴も一緒に、相手するわよ。だから、ねぇ?」


 懇願と誘惑の言葉を織り交ぜ口にするジェシカ。

 気のせいか自らその身を捩り、地面に横たわった状態にも関わらずしなを作ってさえみせる。


 ここまで言うとは彼女も必死なのだろうとは思うが。


「悪いが俺にそんな事しても無駄だ。大人しく迎えが来るまで待っていろ」


 言ってロックが踵を返し零もそれに倣った。捕らわれていたコボルトは既にリドゥとチョイに連れられて外に出ている。


「ち、畜生! この、ふ、ふにゃチンやろう! この、この、わた、しが、くぅ、ここまで、いってんの、に、糞が!」


 背中に口汚い罵りの言葉が届く。この豹変ぶりに思わず零も苦笑いを浮かべる。

 同時に女の怖さも知った気がした。


 とはいえ、ソーマで逃げられる可能性だけが憂慮すべき点であったが、ジェシカの様子を見るに問題はなさそうであり――後は一つやるべきことを済ませればこの任務も終わりとなる。






◇◆◇


「おや? 貴方は?」


 件の岩山の洞窟に続く道に一台の馬車が姿を見せたのは、レンジャー達との死闘を終えた二日後の夜であった。


 あの後、コボルト達を集落に送り届け、その脚で村に戻り事の顛末を説明した後は、村の若者の手も借りうけ洞窟に戻り、死体を回収しジェシカは依頼のあった村の牢屋まで連行された。


 そして、それが終わった後、こうして夜はこの道付近で身を潜め、何者かがやってくるのを待ち続けていた。


 じっと黙って待つというのは張り込みのようなものであり、中々大変な仕事でもあるが、普段から眠りにつくことのない零にはそれほど苦になるようなものでもなく、逆にロックの事が心配なるほどであった。


 だが、彼も仕事がら三日四日ほとんど眠らいない事はよくあったなんて話もしてくれたりしたので、特に心配するような事ではなかったようだが。


 そして今、漸く目的の人物が姿を見せる。

 それは今回レンジャーだった連中と取引をしようとしていた者、つまり闇商人ともいわれる連中である。


「何を言っているんだ? 俺があんたとの取引を持ちかけたんじゃないか」


 どことなく恍ける感じに訊いてきたその男に、ロックは自らが取引の相手に成りきって述べる。


 零は見つからないよう岩の陰で身を潜めている。

 いざとなったら助けに入れるよう、位置はロックと取引相手が望める岩場の上だ。


 この作戦は前もって零は説明を受けていた。

 取引相手と思われる人物が現れたらロックが一人で出ると。


 それは見た目にはまだ若いトイが一緒にいては怪しまれるからである。


 そして、闇商人と思わしき男は顎に指を添え値踏みするようにロックをみる。

 馬車には御者が一人いた。遠目にも判る鋭い眼光が印象深い。

 只の御者ではないだろう。護衛の役目も担ってそうだ。


 ロックと対峙する男に関しては、紫色のローブでほぼ全身を隠し、目深にフードを被った如何にもといった風体の男であった。


 袖から覗かせた腕は筋張っており、ローブに包まれたシルエットからでも痩せ型の人物であることが判る。


 声の雰囲気から年齢は四〇を超えていそうだ。


 そしてフードの男はロックの言葉を聞き、少しの間をおいて肩を小刻みに揺らした。


「ふむ、一体何を言っているのかな? 私はただこの森を見て回っていただけだぞ?」

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