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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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コボルト救出の為に

 ジェシカの指から伸びた鎖がコボルトの雌を縛り付けた状態で、宙を漂っている。


 そしてその鎖の尖端には、槍のように尖った三角の刃を成したものが付いている。


 その光景に、コボルト達もどこか唖然とした表情を見せていた。

 ただロックはそれでも冷静さを失っていない声音で女に語りかける。


「なるほどな。練の形か。イメージはまんま鎖ってとこだろうが」


 練の形――話には聞いていたが零も目にするのは初めてであった。

 ソーマを己のイメージしたものの形に変え扱うことが出来る――それが形のソーマである。

 

 尤もソーマでイメージしたものそのものを作るというわけでなく、あくまでその形を模すだけだ。

 だからこそジェシカの発した鎖もその色はソーマの色に準ずる。


 ただ。だからこそ厄介でもあるが。普通の鎖と違ってソーマの鎖であれば本来のものでは出来ないような芸当も可能である。

 それは捉えたコボルトを、鎖て持ち上げている状況をみればよくわかる。


 そして零はマウンテンボアの記憶にあった場面も思い出す。

 コボルトを浮かべるようにしていたのはどうやらこの鎖だったようだ。


「彼らの集落から雌を攫ったのもその鎖か。確かにそれならレンジャーの仕事よりは誘拐に持って来いだな」


 ロックが皮肉交じりに言いのける。

 するとジェシカは鼻を鳴らし、整った顔を激しく歪めた。


「なんぼでもいうがいいさ。てか、あんたもソーマ士みたいだけど油断したね。人質を取られちゃ何も出来ないだろ?」


「どうかな? そっちこそ本気でやる気はあるのか? 大事な取引に穴が空くぜ?」


 馬鹿にするんじゃないよ! とジェシカが激昂の声を上げ、鎖でコボルトの身体を切りつけた。


 深い傷ではない。だが警告のつもりなのだろう。


 その光景に、てめぇ! とチョイが弓を構えようとするが、リドゥが、待て! と制止する。


「あんたらその犬野郎にしっかり伝えな! 変な真似したら一匹ずつでも殺してくってね! 脅しじゃないよ!」


 そのジェシカの目は決してハッタリではないと零の身魂が強張る。

 どうやらロックも同じように感じ取ったようだ。


「トイ、取り敢えずは言うとおりにするしか無い。そのままコボルト達に伝えるんだ」


 ロックに言われ零はジェシカの言葉をコボルトに告げる。

 リドゥは一旦剣を下げ、チョイも弓に番えていた矢を収める。


「なるほどね。その餓鬼が犬語を喋れたのかい」


 嘲るようにいい、そして瞳を尖らせる。


「武器を捨てな!」


 人質を盾に命じてくるジェシカ。

 だが、とりあえずはその言葉に従うしか無い。


「後ろに投げるんだよ。近くに置くなんてヌルい真似は許さないからね」


 言われるがままロックが愛用の戦斧を後ろに放り投げ、零もそれに倣う。


 重い音と比較的軽い音が交互に鳴り響くと、ジェシカは更に命令を続けた。


「おい! そこの餓鬼。コボルトにもしっかり告げな! 犬語なんてあんたしかわからないんだからね!」

 

(……僕にしか――判らない?)


 ふとある事が零の精魂を擡げる。


「さっさとしな!」


 ジェシカの激が飛ぶ。恐らく彼女も焦っている。

 当然だ。状況的には仲間もやられ人質以外頼るものがない状況である。


 だが、その人質が自分たちにとってネックなのは確か。

 だからこそ、零はここで失敗するわけにはいかないと気魂を高める。


 そしてコボルトの言葉を発した。リドゥとチョイの方をみながら。

 但し口にした言葉はジェシカの望んでいたものとは違う。


 感じるソーマの高まり。これは魂にも伝わる感覚。

 それで確信した、言語が違えど発動は出来ると。


「……? おい! たかが武器を捨てさせるぐらいで何をちんたら――」


 ジェシカが全てを言う前に、零は彼女の腕に意識を集中させた。

 その瞬間――


「え? キャアァアアァア! な、わ、私の腕がぁあぁあ! 熱い! な、何よコレ!」


 ジェシカの絹を裂くような悲鳴。その右腕は炎に包まれていた。

 零のソーマ。前回は失敗した炎のソーマだ。


 本来洞窟の中でこれは酸欠などの可能性があり得策とはいえない手だ。

 だが今回ばかりは他に手がなかった。


 洞窟のような閉鎖された場所というのは実は風の力はそこまで強くはない。

 槍使いを相手にしたような僅かなソーマでも撃てるタイプであれば別だが、強力なのは外にいるよりも力を集めるのに時間がかかる。

 

 しかも風のソーマはどうしても発動までに何らかのアクションが必要になるため、この状況ではすぐに感付かれる可能性が高い。


 それに対して炎は燃焼できる対象があれば、予備動作なしでも発動は可能だ。

 特に今回のように相手の動きが少ない場面では狙いに集中しやすい。


 ただあまり激しい炎を起こす訳にはいかない。その辺は零もしっかり集中させてソーマを完成させている。


 前回とは違い他に選択肢がない、失敗は許されないといった状況での発動だ。

 だが逆にそれが幸いしたのかもしれない。

 後がないというその気持が成功に結びついたのだろう。


 目の前でジェシカは炎に包まれた腕を振り、相当に慌てている。

 そしてそれこそが狙い。ソーマは集中力が掛けると維持が出来なくなる。


 それは形とて一緒であり――


「よくやった! トイ!」


 ロックの声が零の耳に届く。そして目の前のジェシカの指から鎖が消えた。

 人質に取られていたコボルトの身が地面に落ちる。


 かと思えば前に出たロックがジェシカの目の前まで迫っていた。

 それを認めた上で炎を消す。あまり長時間炎を出し続けるわけにはいかない。

 

 腕を焼いていた炎が消えたことでジェシカの顔色が変わり、そして迫るロックに顔を向けた。

 その綺麗な瞳が驚きに見開かれ、その瞬間にはロックの放った拳が容赦なく彼女の脇腹にめり込み、その勢いで殴られた方向に吹き飛び壁に細身が叩きつけられた。


「やった! ロックさん!」


 零が歓喜の声を上げた。

 そしてロックとその周囲で倒れているコボルトの傍まで掛け取っていく。

 

 リドゥとチョイも喜色を浮かべながら近づいてきた。


「いやぁやったなあんた! 流石だぜ!」


「本当にな。だが一時はヒヤヒヤしたものだ」


 リドゥとチョイが褒め称えるので、その言葉をそのまま告げる。


「あぁ、だが今回はトイの活躍のほうが大きいな。あの炎のソーマは選択肢としては秀逸だった」


 ロックの言葉に零は照れくさそうに後頭部を掻いた。


 とはいえ前回の汚名を返上出来たかもしれないと少しは嬉しく思う零である。


「さて後は彼女達が無事かどうかを確認しないとな――」


 ロックの言葉を告げるとリドゥとチョイが顔を見合わせ、そして急いで雌の安否を確認した。


「うん。大丈夫だ、気絶してるだけらしい」

「こっちもそうだ。お腹の子も問題なさそうだぜ」


 コボルトの声に安堵の表情を浮かべる零。

 そしてロックに顔を向け、

「ところであのレンジャーは――」

と問うようにいう。


 全ては言葉にしなかったが、生きているかどうかを訊いてみた形、だが――


「勝手に殺すんじゃないよ!」


 ロックの背中に突き刺さるような声。

 

 零がハッとして顔を向けると、その時にはロックの身体に幾重にもソーマの鎖が絡みつきコボルトの時のように彼の巨体を拘束する。


「むぐぅ!」


「はん! ロック! ロックか! なるほどね! どうりでうちの連中があっさりやられるわけだ! 全く、とっとと気がついていればあんたを先にぶっ殺してやったのにね!」


 ジェシカは、生み出した鎖でギリギリとロックの身体を締めあげながら、憎々しげにいう。

 その口ぶりからして、彼の名前だけはよく知っていたようだ。

 しかも相当に有名な可能性が高い。


 だが、今はそれよりもロックの身が心配だ。


 なにせ彼女の鎖はロックをズルズルと引きずり、その巨体を盾にするようにして締め上げ続けている。


「さぁさっきの続きだ! 人質は変わったけどね! あっと、言っておくけど同じ手は通じないよ! ちょっとでも妙な動きを見せたらこいつを直ぐにぶっ殺す!」


 くっ! と零は短く呻いた。

 まさかロックの一撃を食らってもまだ動けるとは――完全に油断していた自分に腹が立つ。


「残念だったな――」


 だが、ロックの表情に笑み。すると、強がってんじゃないよ! とジェシカの怒号が飛ぶ。


 しかし零は理解した。それが強がりではないことを。


「お前の失敗はこの俺をこの程度で人質なんかにとれると思ったことだ」


「な、何を訳の分からない事を――」


――ぐぉおおぉおおおぉおお!


 ロックの獣の如き叫び声が洞窟を揺らす。そして己を戒めているソーマの鎖をその怪力で押し広げ、腕を抜き、更に彼女から伸びていた鎖に掴みかかった。


「は、はぁ!? 私のソーマが! そんな、そんな馬鹿な!」


「甘いんだよ。この程度のソーマ、同じ女でもジェンの足元にも及ばねぇ!」


「え? ひっ!」


 気勢を上げたロックが鎖を引き寄せ、そのまま思いっきり天井に向けて振り上げる。

 女レンジャーの顔が恐怖に歪み、短い悲鳴が上がったその瞬間、その身が天井にめり込んだ。


 かと思えば更に止めとばかりに天井から地面に叩きつけ、洞窟が崩落したかの衝撃で轟音が辺りに鳴り響く。


 そしてジェシカは動かなくなった。さっきと違い今度は間違いないだろう。

 完全に意識を失っている。

 

 その鬼神の如き強さを魅せつけられ、リドゥとチョイはすっかり言葉を失っていた。


 そしてそれは勿論零もだが、とはいえ、これで無事コホルトを救出することには成功したのであった――

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