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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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ソーマ士の悪あがき

「トイ!」


 その胸にボルトを受け、地面に倒れ込む零を一瞥しながらロックが叫ぶ。

 緊迫感のある声だ。

 そして直後に洞窟内に響きわたる女の声音。


「あはっ! なんだい大した事ないね。私の出番もなさそうだよ! 所詮餓鬼だね!」


 嘲笑混じりの言葉に、クロスボウを持った男の下品な笑い声が重なった。

 そこへロックの相手をしていた巨漢が鼻を鳴らす。


「はんっ! 大したことのねぇ連中だぜ。おいリーダー! そっちが終わったならこっちを手伝え! 挟み込んでさっさとケリを付けちまおう」


「あぁ――そうだな」


 槍の男が静かに返す。どうやらこの男がこの中のリーダーだったようだ。

 まぁそんな雰囲気はあったなと思いつつ。


「大したことのないのはどっちかな? トイをあんま舐めるな」


 ロックの確信めいた声。どうやら彼は気がついていたようだ。

 そしてそれに応えるように零が蹶然し、ロックに身体を向けた敵のリーダーに狙いを定める。


「なっ!? 馬鹿な確かに命中したはず!」


「ふん! 浅かったのだろう! だったら止めをさ――」


「我より放たれし十指の風矢!」


 しかしその時、零は既にソーマの詠唱を終えていた。

 零の手より生まれし一〇本の風矢が槍使いに迫る。

 

 相手は身を翻すようにしてそれを躱そうと試みるが、散発された矢の全ては避けきれず、数発がその長身に被弾し、僅かに顔を歪ませた。


 その長身故か、それとも動きやすさを考慮してか、彼の装備は全身を固めるに至っていなかった。

 全体的には薄手の服の占める割合も大きい。

 これならば、十指の風矢でもダメージを与えることは出来る。


「くそっ! まさかこの餓鬼ソーマ士だったとは――」


 悔しそうに槍使いが顔を歪めた。

 そしてその炯眼が零の身を射抜く。


 だが、なぜ零が無事でいられたか。

 先ほど零が食らったクロスボウの一撃は、本来ならばまともに食らって無事でいられる代物ではない。


 勿論もともと零は死ぬような状態ではないが、それを抜きにしても零が平気でいられたのは、新調した鎧のおかげなのである。

 この距離はクロスボウの威力を発揮するにはベストな間合い。

 だが、そのボルトも特性のリンネルアーマーにより、尖端が多少刺さった程度で済んでしまった。

 

 零は、まさかこれほどまでとは、と、シドニーの父親が作ってくれた鎧の性能に驚き、早速助けられた事にシドニーへも感謝した。


 そして連中のリーダーである槍使いとの闘いはこの防具の差が勝敗を決する形となった。


 零のソーマはダメージこそ与えたが致命傷を与えるほどのものではなかった。

 だが、ダメージを食らったという事実により、この槍使いの意識は零に集中しすぎてしまった。

 それは、ソーマ士だったのかという驚きもあったかもしれないが、このタイミングを見計らい、横で闘いを演じていたリドゥが上手く相手を誘導し、槍使いまでの射線が開いたのである。


 刹那――弦を放す音と風切音。零より高い位置に見える喉元を、槍から放した右手で咄嗟に押さえる。


 だが時既に遅し、顕になっていた喉横に矢弾が一つ喰らいついていた。

 身長差からか、チョイの放ったそれは斜め下からえぐり込むように男の喉に侵入し、恐らく反対側まで貫通している。


 口を半開きにさせたまま、目を剥き、咽喉から声にならない声をはっし、漏れた空気が笛のようにひゅ~ひゅ~と哀れな響きを奏でていた。


 驚くべきは、それでも男の意識が完全には刈られていなかった事だろう。

 残りの命を諦めたであろう男は、最後の力を振り絞るように槍を構え直し、零に向かって渾身の突きを打ち放ってきた。


 その事に一瞬ぎょっとした零ではあったが、半身を逸し決死の一撃はギリギリで躱すことが出来た。

 そして強による踏み込みで一気に間合いを詰めると、鞘から剣を抜き、刺さった矢を避ける軌道でその首に刃を突き入れた。


 腕も強化していた為か、喰い込んだ剣はズブズブと淀みなく喉奥に入り込み、あっさりと反対側まで突き抜ける。


 槍使いの黒目がぐるんと上を向き、槍を持つ腕の力が完全に抜けた。

 絶命した――その様子から零はそれを認めると、突き刺した剣を抜き、横にそれて前のめりに倒れてくる男の最後を見届けた。


「てめぇらよくも! 許さねぇ!」


 リドゥを相手にしていた小さな男の双腕が激しさを増す。

 喉を、脇腹を、腰を、見事なナイフ裁きでリドゥを捉えようとやっきになる。


 だが、彼はリーダーがやられたことで頭に血が上りすぎていた。

 この状況でより冷静だったのはコボルトのリドゥの方だったのである。

 

 男の振るった右のナイフが空を切りリドゥが攻めこむ、そこへ待ってましたとばかりに左のナイフがリドゥの脇に襲いかかった。

 

 だがそれを完全に読んでいたリドゥは、己の剣でそれを受けつつ、半身を逸らすようにして受け流した。

 その勢いで男の身体はリドゥの背中側に流される。そこへチョイの引き絞られた弓。

 

 男はリドゥの手で見事に的になる位置に移動させられ、チョイの放った矢で眉間を貫かれた。


 哀れな男は死んだ。


「ふ、ふざけやがって!」


 仲間が次々に殺され、クロスボウの男が怒りの声を上げた。

 武器を構え、零とリドゥを狙える位置まで移動し、ハンドルをグルグルと回しだす。


 次々と高速発射されるボルト。

 だが怒りに任せての攻撃は軌道も読みやすい。


「ちょっとあんた落ち着きな!」

「うるせぇ! ぶっ殺してやる!」


 後ろに控えていた女ソーマ士の言葉も聞かず、男はハンドルを回し続ける。

 だが、そんな事をしていては当然すぐ弾も尽きる。

 

 案の定ハンドルを回し続けたクロスボウの本体からは、カラカラという虚しい響きだけが漏れるようになった。


 悔しそうに唇を曲げ、地面に置いてある補充の筒を拾おうとするが。


 させるかよ! と飛び出したチョイが連続で三発の矢を射り、その全てが男の腕、首、頭にヒットした。


 ドサリと男は倒れ、頼みのクロスボウも投げ出され、後はそのまま動かなくなった。


「くそっ! だったらせめてテメェだけでも!」


 ムキになったスキンヘッドが、ロックに向けて上からハンマーを振り下ろす。


「悪いが、そう簡単にはやらられるわけにはいかねぇんだ」


「な、そんな!」


 その光景を目にしたジェシカという女が叫ぶ。

 ロックは相手の打ち下ろした一撃を見事に片手で受け止めていた。


 それは強の効果によるところも大きいだろうが、それだけではなく、彼の読みの鋭さもあっての芸当であった。


 ロックは相手が攻撃を仕掛けるタイミングを完璧に予測し、相手がハンマーを振り下ろした瞬間を狙って手を出したのである。

 これによって完全に力が乗る前にその一撃を受け止めることが出来た。


 尤も、いくらソーマ士といえ、素手でこんな芸当をやってのけるのはロックぐらいしかいないであろうが。


「く、そ――」

 

 必死に力を込めるハンマー使い。

 だがロックは、

「すまねぇな、こんな事に時間はかけていられねぇんだ」

と男に告げ、ハンマーを掴んだまま後ろに崩し、相手がバランスを失った所で斧でその胴体を叩き切る。


 腰から上がごろりと転がり、地面を大量の出血で汚した。

 当然男にもう息はない。


 こうして僅かな綻びが瞬時に裂け広がるように、コボルトを攫ったレンジャーは、たったひとりのソーマ士を除き、次々と地面に倒れ物言わぬ骸と化してしまった。


 コボルトを含めた全員の視線が一斉に残ったジェシカに向けられた。

 彼女の顔には明らかな焦りも見えた。


 だが、その顔は瞬時に何かを決したようなものに切り替わり、かと思えは女が捕らえられているコボルトに向けて右手を差し出した。


「何を!?」


 そうロックが叫びあげた時、ジェシカの右手から白色に輝く鎖が五本伸び、コボルトの身体を一瞬にして戒め、天井すれすれまで持ち上げる。


「あんたら大人しくしな! でないとこの雌のコボルトを全員ぶち殺すよ!」

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