レンジャーとの対決
「たく、いい加減こんなところに篭もり続けるのも飽きてきたぜ」
「我慢しろ。取引相手が来るまでの辛抱だ」
「一体どれぐらいで来るんだ?」
「俺が連絡係に頼んだのは三日前だしな。一日で伝達は出来るっていってたが、だとしても明日か明後日ってとこだろうよ」
「まぁ一応今日からでも夜には控えていた方がいいな。交代でやるとしよう」
「コボルトの方はどうなんだ? しっかり餌は食ってるか?」
「問題ないね。こいつらも子供は大事みたいだし、栄養を取るのは怠らないようだよ」
「てかジェシカ~夜の相手してくれよ。俺もう溜まって死にそうだぜ」
「はん! そんなの一人でマスでもかいてろ馬鹿!」
「振られてやんの」
「あん? なんだとてめぇ! ぶっ殺すぞ!」
「やめろ下らないことで騒ぐな。息苦しくなる」
……洞窟の曲がり角に身を寄せて、零とコボルトのリドゥが少しだけ顔を覗かせ、連中の姿を確認する。
話しているレンジャーは最初の情報通り五人。
一人は女で奥の壁際に背中を預けている。
彼女がロックのいうソーマ士なのだろう。この中で唯一の女性だが、それでもやっていけているのはソーマが使えるからというのが大きいのかもしれない。
レンジャーの一人が好色な発言をしていたが、艶のある顔立ちと、扇情的な露出の多い格好をしている。
銀色の髪は首筋ぐらいまでの長さで、上手く整えられていた。
不思議なのは、みた感じ武器などの類は持ちあわせていないところだ。
完全にソーマに頼った戦い方ということか。
そして残りの四人も一癖も二癖もありそうな連中が揃っている。
一人は天井を頭で突きそうな程の上背を誇る痩躯の男。
この洞窟の天井はロックより頭一つ分高い為、彼は背だけ見ればロックより高いという事になる。
面長の顔立ちをしており目が細い。
髪色は黒で、フォービレッジ王国内では珍しいタイプだ。
全体的に静かな雰囲気で、今も必要な事以外は語らず瞑目を続けている。
武器は両手で抱えている長大の槍。
刃は短めの為、突き刺すのがメインといったところなのだろう。
二人目はガタイの大きい筋肉質の男で頭はスキンヘッド。
厳つい顔をしており、腕力が強そうだ。
背はロックほどではないが、幅はそれほど変わらなそうである。
今は地面にドカッと胡座をかいて座っているが、直ぐ手が届く位置に、鋭いピックの備わった大きなハンマーが置かれている。
三人目はこの中で一番喧しそうな男で、身長は一番低く小柄な体つきをしている。
ジェシカという女に言い寄っていたのもこの男で、棘々とした濃い緑髪をしており、腰の左右にダガーのようなものが吊るされている。
見た目と言い装備品と言い素早さを活かした戦い方をしそうだ。
最後のひとりはジェシカの近くで座り込んでいる男で、ダガーの男ほどではないが、やはり小柄な体つき。
魚のようなギョロギョロとした目が特徴で、黒混じりの緑髪は後ろで縛り総髪ように束ねられている。
陰湿そうな顔立ちではあるが、注目すべきはいま手入れをしている武器で、それは見た目には以前にみたクロスボウなのだが、矢をセットする箇所の上部に細長い筒のような物が備わっており、更に本体の横には手回し式のハンドルがついている。
それらのレンジャーの人数と特徴を確認した後は、更に奥の壁際のコボルトにも目を向ける。
どうやら全員無事のようで、しっかり五体が壁際で寝かされていた。
手と足には木製の枷が嵌められ、身動きがとれないようにされている。
リドゥと零はそれを確認すると、一度顔を引っ込め確認した内容をロックとチョイに其々告げる。
「そのクロスボウは連射式のタイプだな。全く厄介な代物を持ってるもんだ」
ロックの説明によると、ハンドルを回すことで筒から本体に自動で矢弾が装弾され弦が引かれきったところでストッパーが外れる。
その動作を繰り返すことで連射を続けるという仕組みらしい。
「雰囲気的にはソーマ士とクロスボウが後方から援護、残りの三人は前にでて戦うというスタイルか――まぁ槍に関しては中距離戦ってとこだろうが」
そこまでいってロックは、相手との距離はどれぐらいだ? とも確認してくる。
「僕の脚で一〇歩ちょいといったところだと思います。高さは今とほぼ同じ。空洞の規模は屋敷のエントランスより一回りほど狭いですね」
「そうかありがとうな。さて、そうと決まればどうするか――」
ロックが唸りながら頭を悩ます。作戦を考えているといったところだろうが。
何せこの洞窟は一本道でその最奥に連中が固まってる形だ。
回りこんだり出来る道もない。
「おびき寄せて闘いますか?」
「コボルトが捕らえられている以上あまりいい作戦でもないな。それに相手のソーマも判らない以上うかつな事もできない」
確かにと零も頭を捻る。後は風のソーマで一気に決めるというのも思い浮かんだが、それだとコボルトの雌も巻き込みかねない。
「とりあえず厄介なソーマ士とクロスボウのヤツを何とかしたいとこだな」
「しかしみたところそのふたりは、捕まっている雌の直ぐ隣に控えており、更に一番距離も離れている。各個撃破は難しいかもしれん」
零が間にたってロックとリドゥが話合う。
しかし中々難しそうな状況ではあったのだが――
「なんだこの距離なら俺の矢で楽勝だぜ。みてろって」
ふとそんな声が全員の耳に届く。
え? と声のした方を一斉に振り向くと、曲がり角から半身を出し、矢を引き絞るチョイの姿。
「ば! ちょっと待て!」
ヒュン――ガツッ!
「誰だ!」
「…………」
「……ごめんミスった」
照れくさそうにそんなふざけた台詞を吐き出すチョイ。
「この! 馬鹿野郎!」
「何やってんだお前は!」
ロックとリドゥの怒声が容赦なく広がった。
「どこのどいつた! さっさと出てこい!」
更に洞窟の奥から警告のような声まで届く。
零は思わず頭を抱えたくなった。
「仕方ない! とにかくこうなったら突っ込んで乱戦に持ち込むぞ! ソーマとクロスボウには気をつけろ!」
「チョイ! お前は必死に援護しろ!」
そう言うが早いか、チョイ以外は角から飛び出し一〇歩の距離を一気に詰めに掛かる。
「なんだ!? コボルトと人間だと?」
「しかも一人は餓鬼じゃねぇか! 舐めてんのか!」
「馬鹿が! 油断するな! 身のこなしを見ろ、只者じゃないぞ!」
「そりゃどうも!」
お礼の言葉と共に斧を背中から抜き構えるロック。
そんな彼の進路を塞ぐように、同じく巨漢のスキンヘッドが立ちふさがった。
「おらぁ!」
ロックがそれを認め脚を止めると、両手で構えられたハンマーがロック目掛けて振り下ろされる。
柄が長めで、パワーだけでなく遠心力もいかした打撃でその頭をかち割る気らしい。
だがそんな致命傷必死の攻撃を素直に受けるようなロックではない。
僅かに後ろに下がり、ぎりぎりのタイミングでそれを躱す。
しかしヘッドが地面を打ち、土塊が飛び散る中、男の口角が吊り上がり、一歩踏み込みながらピックの尖った部分で掬い上げるような追撃をみせる。
チッ! と舌打ち混じりに脇腹を狙ってきたそれをバックステップで躱し距離を取る。
するとスキンヘッドはそこで一度構えを改め、狩人の目をロックに向けた。
その一瞬の攻防を目の端に認めながらも、零は迫る槍を躱し続ける。
「俺の槍をここまで見事に躱すとは、ただのガキではないって事か――」
「クケケケッ! おらおら犬野郎! 掛かってこいや!」
零が長身痩躯の槍使いと対峙している横では、ダガーを二刀流にしてリドゥに襲いかかるレンジャーの姿。
右、左と刃を振り、リドゥ相手に突っかかるのを横目でみやるが、コボルトはその身のこなしで両手の動きに惑わされること無くしっかりと避け続けている。
「よそ見をしていられるとは余裕だ、な!」
はっ! と視線を槍使いに戻すと、再び穂先がその身に迫る。
手練れた槍さばきは相当なもので、神のソーマでは詠唱する暇など与えてくれそうにない。
そこで零は鞘からショートソードを抜き、相手の動きを注意深く観察する。
「ならばこれはどうかな?」
問いかけるような呟き。そして素早く槍が三突、細かな動きで零の小さな身体に襲い掛かった。
しかし零は一瞬焦るも、強化した足裁きでそれを回避し、更に三度目の腕が伸びきった所で地面を蹴り懐に飛び込もうとする。
長柄の槍は攻撃際に隙が生まれる。そこをついて一気に肉薄しようという考え。
だが――
「おい! やべぇぞ! 避けろ!」
チョイの声が耳に届く。それは零に向けられた言葉だ。
嫌な予感がし咄嗟に頭を下げると、ブォン! という風切音と共に鎌が頭上を通り過ぎた。
「ふん。運の良いやつだ」
手繰り寄せた槍を再度構え直す。零が改めてそれに目を向けると、穂先の手前にさっきまではなかった鎌が一つ追加されていた。
柄から横に飛び出ていて、緩やかに湾曲した刃は内側を向いている。
そして槍使いが持ち手を捻る動作を加えると、鎌が柄の中に収納された。
どうやら自由に出し入れが可能なタイプらしい。
突きしかできないと油断させておき、躱した直後に挑んでくる相手を後ろから鎌で狙うという戦法である。
それを認めた零は、危なかったと魂を冷やす思いだった。
が、そこへ目の前の唇が怪しく歪む。
かと思えばその半身が後方に逸らされ、一直線に飛んできたボルトが零の身を捉えた――




