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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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レンジャーの追跡

「つまり最初に来ていたレンジャーは、始めからコボルトの雌を攫うのが目的だったという事ですか?」


 ロックの考えを聞き、零は浮かんだ疑問を彼にぶつける。 

 しかし大きな手を顎に添え一考した後、ロックは首を横に振った。


「いや、もしそうなら敢えて依頼を受ける必要はなかっただろう。元々は依頼の内容通りマウンテンボアの退治の為に動いていたんだと思う」


 そこまでいった後、ロックの顔が険しさを増す。


「だが、その過程でコボルトの雌が孕んでいるという情報を得たんだろうな。そこで計画を変更させたんだろ。そう考えると色々と辻褄があう」


 辻褄? と零が興味深く尋ね返した。ロックはこれまでの情報を整理して結論を導き出そうとしてるらしい。


「あぁ、まずあの毛皮を買い取ってもらった親父の話だ。レンジャーの一人がやってきて野菜なんかを大量に買っていったといってたろ? 時期的に考えれば、恐らくそれは攫った雌の食料にするつもりだったと考えられる。子供を産むのに栄養は不可欠だからな」


「でもそれならこの森で採取などは考えなかったのでしょうか? それにそれならボアを狩るという手も」


「いや、先ず第一にマウンテンボアをけしかけたのは連中だと考えられる。それでコボルト達がパニックに陥ってる間に雌を攫ったのだろう。ならばあまりこの森でうろちょろするのは得策でないと考えた可能性が高い」


 ボアをけしかける――そういうことか、と零はひとり頷いた。

 確かによく考えて見れば、ボアが襲撃してきたと同時に攫われるのはタイミングが良すぎる。


「でも、マウンテンボアをけしかけるなんて可能なんですか?」


「ある程度マウンテンボアを狩るのになれた連中なら出来るだろうな。奴らの好物をよく知っていれば上手いことおびき出し、後は一発怒りを爆発させるきっかけをつくってやれば集落に突撃させるぐらいはわけもないだろ」


 零は、なるほど、と顎を引く。


「それにそう考えると連中がマウンテンボアを退治しなかったのも納得がいく。コボルトの雌を攫った連中は、あまり人にこの森をうろちょろされたくないと考えたのだろう。マウンテンボアが退治されていなければ暫くは人はこの森に寄りつかない」


「でもなんでそこまでこの森に近づけたくないのでしょうか?」


「それは別に難しい話じゃない。ようは連中はまだこの近くに潜んでるってことさ。しかも森の中でないとなると自然と場所は限られてくるだろ?」


 零ははっとした顔でロックを見る。


「カナラ山地ですか?」


「そういう事だ。恐らく連中は例の餌を買うついでになんらかの手段で裏の商人にでも連絡を取ってるはずだ。そして場所を山地に指定してやってくるのを待ってるのだろう」


「そんな……つまりコボルトを売ると? そんな事があるんですか?」


「……あぁ、口にするのも嫌な話だが、コボルトはここフォービレッジ王国にしか生息しない種族だ。そういった類を欲しがる連中というのがいるのさ。特に孕んだ雌なら産まれた子供の性別によっては増やすことも可能だ。それで高値で取引される事も多いのさ――」


 その答えに零の気持ちは沈んだ。仮にも一度はコボルトの身体になり、婚約者に子供が欲しいとさえ願われたのだ、とても他人事には感じられない。


「済まぬがトイ殿、我々の申し出の件なのだが――」


 と、そこでコボルトのリドゥから声が掛かる。

 そういえば彼らにも返事をする必要があるが――取り敢えずこの件を話していいものかどうかロックに確認を取る。

 何せコボルトの雌を攫ったのは自分たちの同業者だ。それをそのまま話しては彼らに不信感を抱かれる可能性が高い。


「……いや、その事は素直に話そう。そして俺からの謝罪の言葉を通訳してくれ。ここで誤魔化したところで直ぐにバレることだしな。ただ、もしそれでも信用してくれるなら協力させて欲しいとも伝えてほしい」


 その言葉に零はひとつ頷き、そしてコボルト達にその考えを説明した。




「成る程――そういう事でしたか……」


 リドゥが難しい顔で呻くように言う。

 本来コボルトの表情の変化など人には分かり得ない事だが、一度コボルトの身体に憑依している零にはそれもよく判った。


「あの――ロックも今回の事は本当に申し訳ない事をしたとそう言っています。そして出来れば皆様の探索に協力させて欲しいと、人間のやったことで虫がよすぎるとも思われるかもしれませんが――」


「いや、寧ろ協力してくれるのは有難い。それにそれはこちらからお願いしたことであるし、そもそもこの事に貴殿らは関係ないではないか。おまけに自分たちの不利に成るかもしれぬことを素直に話してくれた。その心意気も敬服に値する」


 コボルトの言葉に零は目を丸くさせる。確かに今回の件はレンジャーがやった事であると思われるが、ロックと零は当然関わっていない。

 だがここまで素直に聞き入れてもらえるとは思わなかった。


「それに知識有するものであれば色々な考えを持つものもいる。その中には良からぬ企てを考えるのもいるだろう。我が一族だって同じだ。勿論そういったものは厳しく粛清してきたが、それは人間だって同じであろう」


「それに我々を貴方達が助けてくれたのは事実」

「お二人は信頼に値する方だと思ってますので」


 リドゥの言葉に続きエルゥとイルィも同意を示してきた。

 どうやら彼らとの関係を壊すような自体にならずに済んだとほっと胸を撫で下ろす。

 素直に話すと決めたロックの判断は正しかったようだ。


 寧ろこの雰囲気だと、なまじ誤魔化そうとしていたほうが信頼を損ねていた可能性が高いだろ。


 零はコボルト達の言葉を通訳しロックに聞かせる。

 すると、ご理解いただき感謝の言葉もありません、と礼を尽くした。


「でもよぉ、納得いかねぇんだよな」

 

 するとその会話の中に紛れ込む軽い口調。チョイである。

 そしてその言葉を聞いた三体のコボルトが彼を睨めつけ。


「なんだワンケオボンゲチョイ、まさかこのおふた方に不満があるのか?」

 

 コボルトの一体による詰問。

 するとチョイはブンブンと首を横に振り、違う違う! と言った上で。


「納得出来ないのは、なんでその連中はこんな中途半端な攫い方したのかってことだよ。何か旨味があるっていうなら全員攫うんじゃね~の? いや! 勿論俺も攫われた事を良しとは思ってないけどよ!」


 零はチョイの言葉をそのままロックに伝える。


「あぁそれはな、恐らくだがいまコボルトの集落は、再び同じような事が起きるのを懸念し、守りにかなりの人数を割いているのではないか?」


「仰るとおりだな。流石にこれ以上の被害は防がねばならぬ」


「だろうな。そしてさっきの話だとリドゥ達は選抜、つまり一族の中から選びぬかれた精鋭という話、これはつまるところ調査に回ってるのは貴方達四人だけということだと思われるがどうだろう?」


「それもあたりだ。何せ守りを固める以上調査に割けられる人数は限られ――と、なるほどそういう事だったか」


 通訳をしながらも零はロックのいっている意味が理解できた。リドゥや他の二体のコボルトも察したようだが、チョイだけは思案顔で疑問符が頭に浮かんでるような状態が続いている。


「つまり敢えて子を宿している雌を残した事で、我らに警戒心を抱かせるようにしたという事だ。これがもし全員攫われていたなんて事になれば、我らコボルト全員が総力を上げ血眼になって森中探し回っていた事だろう」


 零が通訳し彼らの話を伝えると、ロックも、そうだろうな、と頷きチョイもそれでようやく納得を示す。


「しかし山にいるというなら、急いで向かわねばいけぬが――しかしまだそこに雌を攫った者共はいるであろうか?」


「恐らくな。五日前に攫われ、そこから食料を買いに行ったという日と、そっから何らかの手段で商人に連絡を取ったとしても、引き渡しまではまだ終わっていないだろう。商人と一緒に動くような事があれば目立つだろうし、食料も一緒に買っている以上遠くの街に出向いた可能性も低い。恐らくどこかの連絡係に伝言を願うという手を行っているはずだ」


「それはつまり他にもどこかに仲間がいるということですか?」


 コボルトに通訳しつつ、零は疑問に思ったことをロックに尋ねる。


「仲間というよりは取引相手といったところか。こんな事を初めてで思いつく奴はいないしな。恐らく連中は、レンジャーの仕事をやる傍らでこんな裏稼業にも手を染めていたんだろう」


 零は思わず信じられないといった表情を見せる。

 それを察したロックが面目なさ気に眉を落とし。


「がっかりするかもしれないが、こういうことも往々にあるのが現実だ。レンジャーといっても全員が全員善意で動いている連中ばかりじゃない。悪事に手を染め、その結果逆にレンジャーに追われるような奴らも少なくないんだ」


 零はその事に少なからずショックを受けたが、だがそんな連中であれば、依頼のあった村の少女に行ったような事は日常茶飯事だったのかもしれない。


 そう考えると心魂の奥からふつふつと怒りがこみ上げてくる。


「さて、そこまでわかったらこっちも急がないとな。まだ潜んでいる可能性は高いとはいえぼやぼやはしれいられない」


「確かにその通りだ。ロック殿、勿論我らも協力を惜しまぬぞ」


 その事を伝えるとロックが眉を広げ、

「それは有難いが今回はあまりぞろぞろ動くと目立ってしまう。できるだけ少ない人数で動きたいところだが――」

といって一瞬零をみやるが。


「ロックさん。勿論僕はついていきますよ。そんな話を聞いて放っては置けませんし、ソーマ士としても役立ちたいです!」


 真剣な表情でロックを見つめる。するとロックが頭を掻き。


「いい目だ。一度決めたら聞きそうにないのはジェンとも良く似てるな。だが俺が危険だと感じたら何も聞かず退避するんだ。出来るか?」


 トイは大きく頷いて返す。勿論そのような事態に陥らないようにするのが先決ではあるが。


「全く下手なレンジャーより便りになるんだからな。でもジェンに聞かせたら何言われるか――」


 ロックが苦笑いを浮かべる。確かに予定していた依頼内容とは想定外の事が起きている。

 危険度も高いことだろう。町に戻ってからのジェンの事を考えると少しロックに申し訳ない気もするが、だからといってここまできて引き下がれない。


「我らからはこの私だけが付いて行くとしよう。残りは住処に戻ってもらい――」

「おいおいちょっと待ってくれよ。俺は行くぜ。大体戻って知らせるのなんてこいつらだけで十分だろ」


 チョイがリドゥの意見に異を唱えた。しかし彼はボアの時は逃げようと提案したコボルトでもあるが。


「お前まだ危なくなったら逃げるとかいうんじゃないのか?」

 

 どうやら気持ちは他のコボルトも一緒だったようだ。


「馬鹿いえ、さっきと状況が違うだろうが。それに俺はこうみえて弓には自信がある。連れて行けばきっと役立つと思うぜ」


 そういったチョイの背中を零がみやる。

 確かにそこには矢筒が掛けられていて矢と弓も入れられている。

 矢の数にもまだ余裕はありそうだ。


「あのボアの急所を見事に撃ちぬいていた腕は確かに凄いが――」


 ロックが思い出したように口にする。

 零もその時の状況を思い起こすが、件の巨大なマウンテンボアはともかく、それ以外には見事矢で仕留められていたのもいた。


「なぁ頼むぜ~」


 チョイが引き下がろうとせず、リドゥがロックに確認を取る。


「そうだな、相手の人数を考えても四名ぐらいが丁度いいだろうし」


 ロックの言葉を伝えるとチョイが喜び、そして向かうメンバーが決まった。

 残りのコボルト二体は、これまでの事を伝えるため集落へと戻っていく。


「さて、後はどこへ向かうべきかだが――」


 そういいつつロックは地面に簡単な図を描いた。

 カナラ山地は大小様々な山が集合した地形であるが、連中が使いそうなルートは大きく分けて三つのどれかだとロックはいう。


 先ずは北北東のカナン川の流れる比較的緩やかなルート。ここは川沿いに何箇所か身を潜められそうな洞窟がある。

 続いて真北は岩山の重なる険しいルート。ここにもやはり自然に出来た洞窟は多い。

 最後はここから一番近い西側のルート。険しさはふたつのルートの中間ぐらいで、中腹までは緑の密度も高いそうだ。そしてロックの知る限りここにも連中が潜められそうな場所があるとか。


 さて、当然だがそのルート全てを回っている時間はない。ならばある程度当たりを付ける必要もあるだろうが――


「ロックさん!」


 零は意を決してロックに声を掛ける。

 その真剣な様子に、何か気がついたのか? とロックが顔を向けるが――


「すみません、ちょっとト、トイレを済ましてきていいですか?」

 

 ロックが前のめりにズッコケそうになったのは言うまでもない――


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