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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第一章 コボルト憑依編
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異形の脅威

 コボルトの移動速度は早い。集落を出てから十キロの距離を進むのにこの闇の中でも恐らく三十分もかかっていないだろう。


 零を含めた二十五体のコボルト達は、五つのグループにわかれて行軍していた。


 魁は斥候役として、尤も鼻と耳が効く五体が努め、手に松明を持ち矢印の先のように少し後方に広がるようにしながら先を進む。


 その後ろ、零達の隊の前方に更に五体、一番真ん中を精鋭に囲まれた零の隊、殿は弓使いのニ隊が右側面と左側面に分かれ一定距離を保ったまま移動している。


 彼らの動きを見ている限り、零がいた集落のコボルトはかなり集団行動に長けているようであった。


 そしてそれは零が憑依した、ワンヌヴオズイズヌのかつての功績によるところが大きい。


 彼が英雄と呼ばれるようになったのも、以前に数十体といたゴブリンの集団による襲撃を僅か五体のコボルト兵だけで打ち倒したという実例があったからである。


「もうすぐ西の縄張りに入る。ここからは前に任せて少し抑えよう」


 零がそう伝えると、ドヌィを含めた四体が頷き、更に前衛に合図を送った。

 この令によって、跳ねるように移動していた二隊は動きを緩め、身を低くした状態での徒歩に切り替えた。


 魁の五体は動きを緩めることなく(但し松明の火は消し)、先へと進んでいく。目的の地の状況を確かめるためだ。


 後方では弓隊が様子を伺っていると思われた。

 思われたというのは、彼らが一切の気配を消しているためだ。

 その為、移動方法一つとっても零達と異なり、身をスレスレまで低め四肢を地面につけるという獣に近いスタイルで皆の後を追ってきている。


 彼らがしっかり付いてきているかどうかは、要所要所の木々を利用した合図でのみ知ることが出来た。


 斥候が向かってから少し歩く。風は無風に近かった。その為、匂いでの判別にはあまり期待が持てない。

 

 ただこれはコボルトにとっては不都合とも言えない部分ももある。何故なら嗅覚はゴブリンも相当に優れているからだ。

 勿論元が犬と思われるコボルトも嗅覚に優れる種族だが双方が同等であれば攻め込む方が不利となる。


 ただ視力に関してもゴブリンの方が優れており夜目も効く。


 そうなると後は聴覚が便りとなる。実際現状においても周りのコボルト達は両耳をぴくぴくと動かし、何かしらの音を聞いているようだ。


「戦いの音だ。ゴブリンと戦士達が戦っているんだろう」


 ドヌィの言葉に零は少しだけ安心した。どうやらまだ全滅はしていないようである。

 すると前方から斥候の五体が戻ってきた。


「どんな状況だろうか?」


 零が尋ねると、斥候は息急き切るようにしながら、質問に応えた。


「ここから一キロ程はなれたところで同胞とゴブリンが戦闘を繰り広げてます。数は十と三十――」


「ゴブリンが十か!?」


 全てを聞く前に、ドヌィが口を挟む。が、返ってきたのは、逆ですの一言であった。


「くそ、だったら早く助けねぇと! 急ごうぜ!」


 ドヌィが息巻くが、零は他に敵の姿が無かったのかを確認する。


「……恐らく彼らは拠点から一度撤退してきた者と思われます。長の姿もありました。なのでもうそちらの方は恐らく――」


 壊滅という事か、と零は顔を伏せる。彼の記憶が脳裏になだれ込んできた。状況はそのときと似たようなものか。


 数こそ違うが、逃走した長達をゴブリンの追手が迫り――と言ったところなのだろう。


「判った。とにかく彼らだけでも助けに向かおう。そして話を聞き今後のことも考えなければならない」

 

 零は彼らにそう伝え、再び隊列を組み、斥候の言うコボルト達を救出へと向かった。

 

 距離が近づくにつれ、零にも戦いの音が認識できるようになった。

 木々の間から様子を探る。斥候の伝達から駆けつけるまで5分と掛かっていないと思うが、更に二人やられてしまっていたようだ。


 場所は森の中にぽっと生まれた空間であった。集落のように住処として切り開いたものではなく、自然に出来たものであろう。


 そこではコボルトの残り八体が、中心で一体を守るように囲み、円陣を組んでいる。何体かは明かり役として松明を掲げている。

 そして恐らくはその中心の一体が彼らの長であろう。


 零は一旦隊列を組み直し、弓隊を左右に分け、残った三隊でゴブリンを強襲する作戦に出た。幸いゴブリン共は追い詰めたコボルトに完全に目がいっている。


 零の合図と共に、零を含めた十五体が外側からゴブリン達を襲った。

 緑色の化物達は完全に虚を疲れた様子で慌てふためいている。

 

 元々知能の高い種族ではない。こちらがアドバンテージを取ってしまえば、多少の数の差は物ともしない実力をみな兼ね添えている。


 おまけに緑の隙間からは弓隊から放たれた矢が次々とゴブリンの喉に額にと突き刺さっていく。

 

 数では有利であったはずのゴブリンも、その強襲を受けたことでどんどんと地に倒れていく。


 援軍に気づいた西のコボルト達も、攻撃に参加してくれたおかげで、更に形勢は有利となった。


 零自身も、襲い掛かってくるゴブリンを手持の槍で突き刺し片をつけていく。

 初めての実践に緊張はしたものの、魂の記憶がそれを凌駕した。


「やったな隊長!」


 ゴブリン全てを片付け、ドヌィが意気揚々とした声音で述べた。

 零も一つ頷き返し、長の元へと近づいていく。


「ありがとうございます。助かりました――」


 西の長は恭しく頭を下げ、周りのコボルト達もそれにならった。


 その後、零は自分たちが駆けつけた経緯を話す。


「そうでしたか――ワングランドィングィがやってくれたのですな」


 長が口にしたのは、あの怪我を負ったコボルトの名であった。


「……それで現在の状況は?」


 零は正直聞くまでもない気はしていたが、一応確認を取る。


「はい、情けない話ですが壊滅しました――各所から応援もやってきたのですが戦士は全て……」


「しかし納得出来ないぜ!」


 声を荒らげたのはドヌィであった。


「こんな奴らに壊滅? いくらなんでもありえねぇだろ? まさか千、二千といるってわけでもないんだろ?」


 しかし西の長は顔を伏せながら、

「それならばまだマシだったかも知れません」

と細い声を発した。


「どういう事だそれは――」


 ドヌィが更に質問を続けようとしたその時であった。


「何かくるぞ!」


 仲間の声にドヌィの耳もピクリと蠢く。

 その直後、ドスドス、という地に鳴る響きと振動。


「な、なんだ?」


 音の鳴る方に皆の視線が一斉に向けられた。その時、黒い影が空を覆った。


「隊長! 逃げろ!」


 声は木々の間から。ヴィヌによるものだ。

 それに反応し零は何かを確認もせず反射的に影の外に向け駆けた。横目にドヌィの姿も見えた。


 だが――一顧した零の瞳に映るは、それに気を取られてしまい完全に出遅れている西の長達の姿。


 刹那、大地が砕け散ったかのような轟音が彼等の耳に届いた。

 逃げ遅れたコボルト達の上に巨岩が一つ聳え立っていた。


 勿論こんな周りを木々で囲まれた場所で落石などはありえない。

 これは明らかに何者かの手によって投げ放たれたものだ。


 そしてその正体は零の脳裏にすぐに浮かび上がり――直後、再び大きな影が木々をへし折りながら現出し、大地へと降り立った。


 その際の踏み足で、巨岩の洗礼から何とか生き延びていた物も骨の砕けた鈍い音だけを残し哀れな骸と化していった。


「な、何だこの化物は――」


 体長二メートルを超える緑の山に、ドヌィも戸惑いの色を隠しきれていない。

 そしてこの化物こそが、零の記憶に染み付いた、彼の怨念の対象である。


 しかし――零の憑依してるのがコボルトということもあるせいか、その巨大さに思わず零も脚が竦む思いがした。


 いや、例え零が元の身体であったとしても、やはりロクに動けはしないだろう。

 山中で凶暴な野生の熊に遭遇したようなものだ。しかも相手は明らかな敵意を向けてきている。


 そして、零の脳裏に一瞬浮かんだ”死”という一文字。

 だが、逆にそれが零を冷静な思考にひきもどした。

 

 そう。ありえないのだ。零にとって死はありえない。

 そう思うと魂体の震えに近い感情は収まり、とにかく現状を打破する事に考えが巡る。


 この間はどれだけの時間だったであろうか。

 恐らくは長くても数秒の時を刻んだ程度だろう。


 だがそのしばしの間は、巨人が次の行動に移るには十分なものだった。

 

「グォオオオォオオ!」


 野生の叫びと同時に、零の目の前の化物はその手を横に振るった。

 狙いは勿論、零に向けられ――


「危ねぇ!」


 ドヌィが一つ叫び、横っ飛びで零を掴み、地面に伏せる。


 その瞬間目の前を緑の岩石が過ぎ去り、空気を叩き割る音をその耳に残した。

 零はドヌィに助けられ仰向けに倒れていたのである。


「何ぼ~ぅとしってやがんだ。隊長さんよ」


 皮肉交じりの言葉と共に、ドヌィの手で零は身体を引き起こされる。


「あ、あぁすまない」


 零は素直に謝るが。とりあえず余りグズグズしている時間は無さそうだ。


「さぁ隊長どうする。あの化物を倒すために指示を頼むぜ」


 脚を動かし、身体ごとこちらに向けてくるゴブリンの化物を見ながらドヌィが判断を仰ぐ。


 しかし零にとってはやるべき事は決まっていた。

 何せ化物だけでなく、その配下と思われるゴブリン達も集まりだしている。

 流石にこの組み合わせは状況的に芳しくない。


「逃げよう」

「はぁ!?」


 横でドヌィが素っ頓狂な声を上げた。

 その気持は判らないでもない。

 だがまともに戦ったところで勝ち目は薄い。

 正直コボルトで相手するには敵が規格外すぎるのだ。


「おいおい冗談だろ? 西の縄張りを盗られ、目の前で同士まで討たれておめおめ逃げ帰るっていうのか?」


「そのとおりだ。正直時間がない。ドヌィとりあえず皆に声をかえ今直ぐ撤退しろ。こいつらは俺が惹きつけておく」


「な!? お前それ――」

「頼むぞ!」


 一言言い残し、零はこちらに向かって再び動き出す化物目掛け駆けた。


「ヴィヌ! こっちは俺が惹きつける! その間に撤退しろ! ドヌィには伝えてる! これ以上誰一人として犠牲者を出すな!」


 その声に反応したようにヴィヌが辺りによく響く遠吠えを発した。

 それは撤退の合図である。


「冗談じゃねぇ! 俺は逃げるなんて!」

「ドヌィ! 隊長の指示に逆らうのか!?」

 

 背後から彼の親友二人の声が聞こえた。やはりヴィヌにも伝えて正解だった。

 彼は冷静に状況を判断できる。

 

 零はコボルトの身体を少しでも活かそうと、身を地面すれすれまで低くし、槍を構え異形目掛け突撃する。


 当然、敵とてそれを黙って見ているわけもなく、大きく身を捩り拳を振り下ろしてくる。

 だがどんな敵にも欠点ぐらいある。

 この化物の動きは単調で軌道がよみやすい。

 コボルトの素早さがあれば――。


 再び、思いっきりバットでも空振りしたような音が零の右側から飛び込んだ。

 タイミングをみて左に避けたのだ。

 

 そして、露わになった化物の右脇腹目掛け、体重を掛け突っ込む!


 分厚い壁を殴りつける――そんな固い音が響いた。感触は全く掴むことが出来ないが、目を凝らせば、肌に傷ひとつ付いていないのが良く判る。


 異形のゴブリンは、槍を伸ばした状態の零を一瞥し、ニヤリと分厚い唇を歪めた。

 そして今度は左の豪腕が、竜巻のような身体の畝りと共に、迫り来る。


 しかしその時の零の状態は、突いた槍を引き戻すところであり、躱す体勢は整っていない。


 こうなったら! と零は破れかぶれといった思いで、引いた槍を再度前に繰り出した。

 だがその穂先もろとも拳骨の突進に巻き込まれた事で、木製の柄はバラバラに粉砕され、零もろとも吹き飛ばされた。


 とは言え、零には痛みはなく、ただ目の前の景色が勢い良く過ぎ去っていくのみである。

 だが、流石に無茶をしすぎたと思う。

 

 いくら死なないとはいえ、痛みがないとはいえ、この衝撃では憑依した本体は無事ではすまないかもしれない。


 だがそんな思考をめぐらし、視界が緑色の葉に包まれたその時、急に動きが留まり、ドサリという音と共に、視界が定着した。


「全く無茶しやがるぜ」


 耳元に聞こえるは、ドヌィの呟き。


 零は身体を起こし、首を巡らせた。するとその身体の下でドヌィが仰向けに倒れていた。

 零の腰には彼の両腕が回されている。


 推測するに、どうやら彼が、あの化物の手で吹き飛ばされた零の身体を受け止めてくれたようだ。


「おい、早くどいてくれ。重くて仕方ねぇや」


 回していた腕を解きドヌィが言う。


「あ、あぁすまない」


 零は立ち上がり、今度は彼に手を貸し、その身を起こしてあげた。


「てか、逃げろと言った筈だが?」

「あぁ逃げたよ。俺以外はな。だがお前をそのまま見殺しにしたらクンッニャルヌガヴメに顔向け出来ないだろうが」


 どうやら冗談交じりにいっていた彼女との約束を、しっかり果たしてくれたようだ。

 全く律儀な奴だと零は心のなかでくすりと笑った。


「さぁどうするんだ隊長? まだやるのかい?」

 

 ドヌィの確認に零は一瞬考える仕草をみせた。ふと足元を見ると持ってきていた槍の尖端が草の中でキラリと光っていた。

 一緒にここまで吹き飛んできたのだろう。


「いや逃げよう。流石にもうこれ以上はやるだけ無駄だ」


「了解。じゃあ急ごうぜ。流石に二人だけじゃゴブリンの集団に囲まれれば厄介だ」


 ドヌィの言葉に零は一つ頷いた。周囲からは無数のゴブリンの雄叫びが響きわたっていた。


 それは勝利を確信した声でもあり、同時に逃げる敵を追い詰めようとする狩人の響きでもあった。


 辺りから枝と葉の擦れあう音が近づいてきている。それは零にも判った。

 今、零がするべきことはただ一つ。

 この身体で無事彼等の住む縄張りまで逃げ延びる事である。

 


 

 


 

 


 

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