村での奉仕
「ようこそ村にお越しくださいました。遠路はるばるご苦労様でございます」
村に着くなり零達を出迎えてくれたのは、物腰の柔らかそうな五〇代ぐらいの男性であった。
この村で村長を任されているらしい。
彼は自分の事をラムザックだと名乗った。
顎に蓄えられた茶髭と整ったブラウンの髪が印象的な男性である。
ふたりは村長に連れられ彼の屋敷にて一旦話を聞くこととなった。
屋敷といっても村民の暮らす家屋よりは若干広い程度の建物であり、貴族の暮らすような立派なものではないが、厩も隣接して備えられ普通に生活をするには十分な物が揃っている。
「それで一応確認ですがマウンテンボアによっての被害はこの村の村民数名……死者は出ていないと?」
「はい、そのとおりで御座います。森にキノコや山菜の採取に入った、うちの若いものが襲われまして。弓矢なども携帯していたのですが急な事に対応しきれず……それでも何とか戻っては来ましたが、その後村の男達で調査に入りましたが数も多かったのでこのままではいけないと――」
「我々レンジャーを頼ったというわけですね。いや、懸命だと思います」
話を聞きロックが頷きながら言葉を返す。
内容的には事前に聞いていたものと殆ど変わらないようだ。
「それで私達の前に来ていたレンジャーのことですが――」
「はい。馬車にのって五人レンジャーの方がやって来てくれました。話によれば普段から一緒に行動している仲間ということで、女性が一人、男性が四人という組み合わせでしたね。かなり自信がおありだったようなので期待していたのですが……残念な事を致しました――」
ラムザックは断魂の表情で目を伏せる。どうやら彼は、完全に先に来ていたレンジャーが森で命を失ったとでも思い込んでるらしい。
「……そのご様子だと、やはり先に森に向かったレンジャーの事はそれからみていないのですね?」
「えぇ、まぁ。それで再度協会に催促した形ではございますが」
一瞬目を丸くさせた後、村長は訝るような目を向けてきた。
何故そんな事を訊くのか? といった雰囲気が感じられる。
「いやそうですな。こちらとしても先のレンジャーの事は気になってますので、確認させて頂いたまでです。まぁとにかく明日には森に入りマウンテンボアの駆除に努めさせていただきますので」
「ありがとうございます。何せあれは一度森を出ると村人を襲ったり畑を荒らしたりと好き勝手致しますので、何卒宜しくお願いいたします」
そういってラムザックは深く頭を下げ、ロックと零も返礼した。
「それでは今夜は村で寝床をご用意させて頂きます。あの、お仲間の方はまだ外に?」
「うん? いやいや今回依頼を受けたのは私一人で、彼はサポートとして連れてきております。なのでふたりですね」
「はぁ!? ふたり!」
村長が素っ頓狂な声を上げた。
今まで穏やかだった表情が一変し目を剥いて相当驚いている様子である。
「いや……しかし五人来てもこなせなかったのにお二人ですか?」
今度は顔を眇め、どことなく心配そうに訪ねてきた。
確かに人数でいえば、催促してやってきたのが更に少なければ不安に思うのも判らないでもないが。
「えぇ、ですが私はソーマを使いますし、彼もサポートとはいえ同じソーマ士ですので問題はないと思っております」
ラムザックは、え!? と魂消たと言わんばかりの顔を見せる。
中々表情の豊かな人だなと観察しながら、零は思わずこみ上げそうになった笑いを堪えた。
「そ、それは大変失礼いたしました。まさかソーマ士様がお二人もいらっしゃるとは! 判りました。森の件はお任せいたします。すぐに部屋をご用意させますので」
村長との話が終わり、零とロックは村長に呼び出された案内人の少女に連れられその後を付いて行く。
改めて村の様子に目を向ける零。
この村は素材を売るためにロックと立ち寄った村よりも規模は大きく、予めロックから聞いていた情報では保有している耕地の面積もかなり広いようだ。
麦やとうもろこし系の穀物を中心に育てられており、輪作による農法が取り入れられているらしい。
村の近くにはカナラ山脈から引かれた川が流れており、そこには水車小屋が数カ所設置され製粉に利用されているようだ。
この村は穀倉地帯としてはかなり優れているようだが、だからこそマウンテンボアが森から出た時の被害を懸念しているのだろう。
野生の獣にとってはいい餌場として捉えられる可能性が高いからだ。
村長の屋敷を出て案内人の少女の後に付いて暫く歩き、ロックと零の二人は一軒の家屋に通された。
木製の平屋ではあるが、中にはベッドや机が備わっており寝床として考えるなら十分すぎるぐらいだろう。
「食事のご用意をしてまいりますので」
ふたりを寝床まで案内してくれた女の子は、恭しく頭を下げて部屋を後にした。
ボブ系の髪型をした可愛らしい少女であった。
年齢は今の零よりは年上だが、魂としての零よりは確実に下であっただろう。
とりあえずは木製のベッドに零は腰を掛ける。
ギシリと軋む音がした。
ロックも座るがそっちは零が乗る時よりも更に軋みが凄い。
彼の体重は軽く一〇〇キロは超えていそうだ。ベッドが悲鳴をあげるのも仕方がないだろう。
ロックは固いベッドだなと苦笑し、その後は明日の予定を話し合う。
森まではそれ程距離は離れていない。一刻も歩けば着く位置にある。
ただ森はそれなりに広いので、村人が調査に行った時の情報を頼りに森のなかを探索する事となる。
これに関して零には一つ考えてる事があったが、それは話せることではないので黙っておく。
すると入り口の扉がノックされ、さっきの女の子が料理をトレイに乗せて運んできた。
先程は動きやすそうなチュニック姿であったが、今はその上から肩紐で結ぶタイプのエプロンを身につけている。
「お待たせいたしました」
再び礼儀正しく頭を下げ、食事の乗ったトレイを机の上に慎重におく。
気のせいか腕が震えているようにも思えた。緊張しているのだろうか? と思いつつ、ありがとうと零は笑みをみせる。
ロックも、こりゃ旨そうだありがとうな、と少女に礼をいった。
すると少女は数歩後に下がり、それからそこで軽く目を伏せ立ち続けている。
「……あ、え~とまだ何かあったかな?」
ロックが後頭部を擦りながら遠慮がちに尋ねる。
零はもしかしてチップでも求められているのだろうか? とも一瞬考えた。
ただこの身体の記憶ではそういう風習がある様子は感じられなかった。
それにそれならばロックも気づくだろう。
そして少女の様子もそういった物を求めているようにも思えない。
「村長からちゃんとご奉仕するようにいわれておりますので、何かご希望があれば言って下さい。それまではここにおりますので」
少女の言葉に零は驚き目を丸くさせ、ロックも眉を顰めた。
「お嬢ちゃん、俺達はそういうつもりでここに来てるわけじゃないんだ。だからもう戻っていいよ」
「え? で、でも前いらした方は、その――」
少女が顔を背け口籠る。その態度で察したロックの表情が険しくなり、ベッドから立ち上がると両の腕が少女の小さな肩に重なった。
少女がビクリと震え、怯えたような瞳がロックに向けられる。
「前来たレンジャーがそういう事をお嬢ちゃんに命じてきたのかい?」
「え? ち、違います! あくまで村の、む、村からの……」
そこで言い淀む。若干声が掠れていた。
肩もやはりプルプルと震えている。
するとロックは一つ息をつき、そしてその肩から手を放した。
「……すまなかった」
ロックが少女に向けて深々と頭を下げる。
少女は、え? と戸惑いの声を上げた。
「謝ってすむ事じゃねぇが――同じレンジャーとして恥ずかしくも思う。嬢ちゃんを傷つけて本当にすまねぇ」
それが形だけの謝罪でないのは零からみても明らかであった。
前に来たというレンジャーがこの子に何をしたのか――それは零にも容易に想像ができた。
その事に関しても憤りを覚えた。
どうやら先に依頼を請けたというレンジャー達は、人として優れているというわけではなかったようだ。
ロックに頭を下げられ少女は、困惑した様子で頭を上げるように願ってきた。
そして自分たちで望んだことだという言い分は変える事無く、ただ最後には一言、ありがとうございます、と告げ部屋を後にした。
部屋を出る直前少女の目に涙の膜が張られていた事に、零の心魂が傷んだ。
少女が出て行った後、ロックはやれやれと嘆息をつき。
「これは明日出る前に、村長ともう一度話しをしておく必要があるな」
そうひとりごちた後、零の顔を見てぎょっとしたように背中を引く。
「あ、あぁ、いやあれだ。今のはトイにはちょっと早い話というか、まぁあれだな、うん」
どうやらロックは、今の話が零には理解できていないと思っているらしい。
腕組みし、なんと説明していいか迷ってる節もある。
だが、正直例え今の身体がトイのままであったとしても、それぐらいは理解できていたとは思うが――
「まぁなんだ、先にきていたレンジャーの奴らは、あの子にかなり意地悪な事をしていたようだな。全くとんでもない奴らだ! 見つけたらガツンっといってやらないとな! よし! とにかく明日に備えて飯を食おう!」
かなり強引に話を纏めてきたロックの姿に、少しだけ零の顔が綻ぶ。
それにしても――そこまでの事をしておきながら、依頼をこなさず、更に不穏な動きをしているレンジャーに零はそこはかとなく不安を覚えるのだった――
更新が遅くなりすみません




