山越えでの戦い
探す予定であったレンジャーの情報も手に入れ、毛皮の売却も終えたふたりは村民に挨拶を交わしながら村を出た。
太陽は既に中天を大分過ぎているが、ソーマ士ふたりでの進行速度は速い。
このまま先を急ぎ、トドロ渓流に入る手前に位置する宿場で一泊し早朝に宿を出て崖沿いの道を進み渓流に沿うように進み山脈を超えるという。
この道は、馬車などであれば少し迂回して山脈に敷設された広めの街道を利用するところだが、ふたりであれば北に向かって突き進める渓谷沿いの崖路の方が早いらしい。
ロックと道々そんな話をし、そして会話はあのお爺さんのいっていたレンジャーの話に及ぶ。
あの話が彼の思い違い等でなければやはり妙な話であった。
依頼が完了したというなら報告しない筈もなく、また依頼主から催促がくることもないだろう。
入れ違いというのも街道を進んでる以上あまり考えられることではない。
そもそも村にひとり戻ってきた時期を考えれば、依頼が終わっているならとっくに戻っていてもおかしくないはずである。
ならば嘘を? という可能性も、わざわざあの村までいって嘘をつく必要がない。
どうせつくならば、いい悪いは別として依頼主につくだろう。
「なんだかよく判らない話だが、とりあえず俺たちは与えられた依頼をこなしつつ、まぁ探ってみるとするか」
最終的にロックはそう考えを述べ、一旦はこの話は後においておく形となった。
そしてそうこうしてる内に空が茜色に染め上がり、それから暫く歩き続ける事で、この日泊まる事となる宿場に辿り着いた。
その宿場は毛皮を買い取って貰った村よりも更に小規模な集落の中にあり、建物も決して綺麗とはいえないものであった。
「宿泊ならひとり銅貨五枚だよ」
痩躯の腰の曲がったお婆さんに言われ、ロックは二人分の料金として銀貨一枚を支払った。
料金は格安だが部屋が分かれてるわけではなく、広間(といっても四人も寝れば一杯一杯だと思うが)で雑魚寝といったスタイルである。
だが寝れる場所があるだけでも有難い事なのだろう。
勿論そんなところなので夕食など付いてるわけもないのだが、ただロックの話では集落の中の一軒で食事を用意してくれるらしい。
更に干し肉なども購入できるというので一緒にその建物に向かう。
やはり建物は綺麗ではなかったが、そこで対応してくれたのは寝床のお婆さんよりは朗らかな恰幅の良いおばさんであった。
出てくる料理も結構旨いんだぜ、とロックがいうので、零もそれに合わせて彼が注文してくれた食事に美味しいと応えた。
勿論味などはわからないし、食べたものは後でしっかり処理する必要があるが、それはもう大分慣れてきている。
そして食事を終えた後は次の日に備えて早めに就寝につく。
暁闇の内には宿場を出ることになるそうだ。
ロックからは起こすと言われたが、そもそも零は寝ることはない。
しかし魂の状態でも目を瞑ることは可能だ。
瞼を閉じながら色々な事を考える。異世界での出来事、ソーマの事、件の死神の事、今日起こった出来事、そしてやはりどうしても思い出してしまう日本に住む友人の事。
そんな思考の海に魂をプカプカと浮かべていると、いつの間にか夜が更けていく。
零はこの世界にきて暫く過ごす内に、すっかり長い夜にも慣れてきていた。
そして――
「トイ、時間だ。起きてるか?」
零は瞼を擦り、まだ微睡みの中にいる振りをしながら上半身を起こしロックに挨拶した。
「はい、大丈夫です――」
集落では手押しポンプの類はなく、土地の真ん中にある井戸が水源となっているようだ。
ロックはその井戸を汲み水筒に水を注ぐ。零の水筒にも満たしてくれた。
これから向かう道は崖下に流れる渓流を見下ろしながらの道程となるようだ。
宿場のあった集落を抜け旅を再開する。
太陽が東の空に上り、斜陽が草花を照らし始めた頃、目的の山脈に辿り着く。
ふたりは木々の生い茂った道無き道を掻き分けながら進み、崖路のある場所に辿り着いた。
だが道と言っても整備等されておらず、なんとか人が歩けそうな場所を道とよんでるに過ぎない。
ゴツゴツした岩場を乗り越えるようにしながら登り進み、岸壁すれすれに出来たなんとか一人分が歩けそうな岩床を選び、ふたり並んで山越えを続けていく。
零はまだ今の身体が小柄だからよいが、ロックの体格だと横になり蟹歩きに近い形で進まなければいけない。
そして左手には切り立った崖、右手には遥か真下に渓流を望む。
その右手側には支えになるものなど何もなく、眼下では緑に挟まれた激流が激しく唸り声を上げていた。
この流れの勢いに飲まれてはきっと一溜まりもないだろう。滑落でもしようものなら、その先に待ってるものは普通の人であれば死。
零であっても、この身体が無事でいられるかは判らない。
とにかく気を引き締めねばならない。油断など一切出来ない、そんな状況で進んでいくのだが――
ロックの動きは速い。横向きの状態でありながら、その巨体に似合わない敏捷な動きで突き進んでいく。
そもそもこの道のことを知っているとだけあって、慣れているという考え方もあるが、それにしても凄い。
「トイ大丈夫か? ペース速いなら落とすぞ?」
「いえ、大丈夫です。まだまだいけますので」
正直半分ほどは強がりだったが、疲れないという事がここにきて功をなした。
それでも付いて行くんのは決して楽ではないが、近道を通っているのに道程が遅くなっては意味が無い。
「そうか。もう少しして尾根沿いの道に出れば多少はマシになる。それまでは頑張れ」
必死に食らいつく零の姿に、ロックは言葉通りと受け取ったのだろう。
ペースが早まる事こそなかったが、かといって落とすことも無く、不安な足場を軽々と突き進んでいく。
それに決して離れないように、脚を滑らせないように後ろからついていき、その内に岩山の山頂付近に辿り着き、ロックのいう尾根沿いの道を更に向かう。
ここまでくると高さはかなりのものだが、確かに足場はまだ広い方で、ロックも普通に歩くことが出来る。
後はこのまま暫く進めば峠を越える事が出来るようだ。そこから下りに入り、後は低くなっていく山を超えながら降りていけば反対側の麓に辿り着く――のだが、そう甘くはいかないようだ。
「グギェー、グギィイィ!」
正しく怪鳥の鳴き声で上空から近づいてくる無数の大群。
やけに長い首を持ち、鶏冠付きの頭と鋭い嘴。胴体には細々とした黒い毛が生えそろっているがそれ以外は肌肉がむき出しといった様相。
広げた羽は逞しく、それをバッサバッサと羽ばたかせながらかなりの速度で飛来してくる。
「ガルドルか、また厄介なのがやってきたな」
ガルドル……その名前は今の零の記憶にもない
初めて聞く名だ。
「ガルドルはこの辺りの空を縄張りにもつ獰猛な鳥だ。目をつけたら人間でも平気で襲ってくる」
成る程、話を聞く限り猛禽類に近い種の鳥なのだろう。
そしてロックのいうように、空中に続々と集まってくる集団は、怪鳥の鳴き声を発しながら二人めがけて猛烈な勢いで仕掛けてくる。
「トイ! 接近されると厄介だ! 風の力を使え!」
ロックがそう助言してきた。
零は首肯し風神ジェードの力を借りる為、詠唱を行う。
だがガルドルの動きは速い。
そのままでは間に合うように思えないが。
「聖神ミコノフの名のもとに我は力を行使する!」
ロックは力強く叫びあげ、胸の前で両の拳を叩き合わせた。
そして拳を開き腕を脇に引き、力を溜める。
するとロックの手の中が輝き始め、握りこぶしより一回りほど大きな光球が手の中に生まれる。
それをみて零は気が付く、あれは錬の放であると。
「波!」
ロックは気合の声と共に、其々の手の中に生まれた光の球を、迫るガルドル目掛け投げつけた。
ロックの放によって投擲された弾丸は、淀みなく二匹の首を捉え、メキッ! とひしゃげた音を奏でる。
どうやら首の骨が折れたようで、絶命の鳴き声を上げ、ガルドル二匹が墜落を始める。
しかもロックの放った光球はそれだけでは終わらず、二匹に止めを刺した直後バウンドし、ジグザグの光の軌跡を残しながら他の怪鳥達も次々と撃ち落としていく。
時折交差し空に幾重にも重なる光の帯、そして縦横無尽に跳ねまわる光球はまるで意思を持ち互いにダンスを踊っているような風にも思える。
そしてロックの行ったソーマの力で、一〇数匹はいたガルドルの群れが残り数匹にまで減った。
そしてその頃には零の詠唱も終わり、残ったガルドルにとどめを刺そうと発動の言葉を唱える。
「切り刻め重畳なる風の刃よ!」
零の詠唱によって、ガルドルが集まっていた中心へ渦を描くように風のソーマが集まりだした。
ギャーギャーと怪鳥どもが耳障りな鳴き声で騒ぎ始める。
しかしそんな事はお構いなしと、集約したソーマがパンッ! と弾け、円状の刃が螺旋の軌道で回転しながら上下左右に広がりガルドル達を巻き込んだ。
鳴き喚いていたその音がピタリと止み、かと思えば怪鳥の肉体に無数の線が刻まれ、瞬刻の後に細切れの肉片と化し血肉の雨となって山脈の尾根に降り注がれた。
「おっと、すげぇ威力だな。あれは一溜まりもないぜ」
額に右手を翳すように重ね、ロックが感嘆の声を漏らす。
だが、零からしてみれば強だけでなく、放も使用可能なロックの方が驚きである。
そして一頻り怪鳥の躯を眺めた後、ロックとふたり尾根沿いに山を下っていく。
ヒルズウルフと違い、このガルドルは食用にも向かず、毛もそれほど多くない上使い道がないようで、素材として剥ぎ取るものはないそうだ。
まぁ死体はそのうち死肉を啄む鳥達の腹の中にでも収まるだろう、という事でそのままにしておいても問題はなさそうであった。
そして一度峠を超えると、後はスムーズに山越えを完了させる事ができた。
崖路に比べれば、峠を超えてから麓へ続く道の方が楽だったからである。
ロックは途中、流石に帰りは広い方の道で通ろうといってきた。
零もそれに特に依存はなかった。
依頼を完了させてしまえば、帰路で無茶をする必要もないのである。
麓に下りちょっとした自然の中を掻き分けるように進み、道らしきもものを見つけてからはそれに従ってふたりは進んだ。
森を抜けた頃には、すでに太陽は中天を超えていた。
だがそれでもかなり短時間で抜けてきたのは間違いないだろう。
実際あとはこのまま道にそって進めば、依頼主である村まではそれほど時間も掛からずに辿り着くとのことであった。
「まぁ大体予定通りってとこかな。後は村についてから話を聞いてって形になると思う。まぁどっちにしろカナラ森林に向かうのは明日かな」
ロックの言葉に零は首肯し、彼の広い背中を目にしながら、前を進む脚を早めた――
次回更新ですが少し遅くなるかもしれません
今週中には更新するつもりですが申し訳ありません




