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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第三章 レンジャーへの道編
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戦いの心得

 ヒルズウルフは全て倒された。もう生き残っているのはいない。


 零に向かって飛びかかってきた炎の狼もロックの手によってひき肉にされた。


 だが――それでも零は緊張感和らぐことなくその場に立ち続けている。


 顎を上げ、間違いなくヒルズウルフ等より怖い存在が、厳しい表情で零を見おろしていた。


 腕を組み、ほぼ仁王立ちに近い状態で聳え立つ二メートル近い巨漢は、反則的なまでに迫力が凄い。


 そして空気がビリビリしていそうな沈黙。感覚がない零でも身魂に電気が奔っているようなそんな気さえした。


その様相に思わず零の身が竦み、沈黙に耐え切れず、あ、あの、と声をかけるが。


「なんで炎のソーマに頼った?」


 押しつぶされるような重圧感のある響き。

 掻かない筈の汗が魂のうちから滲み出てきている気さえする。


 しかし答えねばならない。


 ロックを見上げ、細い声で理由をいう。


「相手は獣です。だから炎が有効かと――」

「嘘を付くな!」


 空気がまるで爆発したかのように感じる声音。

 零の肩が震えそして縮こまるのを感じた。


 だが――確かに嘘だ。それはトイがあの時咄嗟に思ってしまったこと。

 それを言い訳に使ってしまった。だがそんな見え透いた嘘が通じる相手ではないのだ。


「ごめんな、さい。本当は試してみたかったんです――炎の力が、自分の炎の力が通用するか――」


 それが、本心だった。今思えば馬鹿な事をしたと思っている。

 まだまだだなんて自分では思っておきながら、結局ロックに褒められていたことが心魂に色濃く染み込んでいたのだろう。


 だからつい、調子に乗ってしまった。自分ならいけると思ってしまった。


 だが――


「トイ、今俺達がやろうとしていることは普段の修練とはわけが違う。依頼を請けてそれを解決すべく動いているんだ。嫌ならやめればいいなんて甘いもんじゃないし、危険だからと手を緩めるものもいないんだ。失敗はそのまま死につながる事だってある」


「……はい」


「判ってるなら実践でいけるかもしれないなんて中途半端な術を試すな! もっと依頼に真摯に向き合い常に自分にとってベストな方法を選択して動くんだ! そうでなければ俺はこれからお前を信頼して旅なんて続けられない――」

 

 ロックの言葉が重く零の身魂に伸し掛かる。

 もしかしたら自分は知らず知らずの内に死について軽く考えていたのかもしれないとさえ思えた。


 死なない身体だから、いつでも代えがきくなんて事を心魂のどこかで思っていたのではないか? と――


 だから調子に乗った……炎のソーマがどれだけ制御が難しいか等理解できていた筈なのに。


 炎のソーマというのは、燃焼するものであれば凡そどんな物からでも生み出し創りだす事ができる。

 

 だがそれ故に恐ろしい、炎のソーマは基本攻撃性しかもたず、そこから生み出さえるのは破壊だけだからだ。


 だからこそ少しでも制御を間違えれば今回のような事が起きる。

 ただ零の身が危なかったという話ではない。

 万が一あの時零が避けていたとしても、制御できない炎が他の木々や草花に燃え移っていたなら、大惨事を引き起こした可能性だってあるのだ。


 だからこそロックは憤慨しているのだろう。そして零もそれを理解しているため、返す言葉もなくただ目を伏せ、ごめんなさい、と蚊の鳴くような声で謝る他無かった。


 するとロックが嘆息を付いた。呆れられただろうか? と窺うように目線を上げる。


「ま、今のは俺が前に親父に言われたことでもあるんだけどな」


 え? と零は顔を上げ眼を丸くさせる。


「前もいったろう? 俺の親父もレンジャーだからな。その仕事に俺自身よく付き合ったが、つい調子にのってやれもしないことを実戦で試したりなんかしてな。お前は仕事舐めてんのか! て、こっぴどく叱られたもんさ」

 

 そういって微苦笑を浮かべ、どこか罰が悪そうに顎を掻いた。


「ま、失敗は誰にでもあるさ。だがレンジャーの仕事はたった一度の些細な失敗で命を落とすことだってある。だからトイ今回お前が生きながらえたのはただ運が良かっただけだと思うんだ。そして二度と同じ過ちを繰り返すな――て、これも親父の受け売りだが間違っちゃいないと思うぜ」


 締めの言葉と同時に豪快に笑い、零の肩をバンバンと叩く。

 それがロックの優しさなのは零にも痛いほど判った。


 だから零はまたひとつ魂に刻まなければいけない。今回の失敗を、決して同じ過ちを繰り返さないように。


「ありがとうございますロックさん」


 ロックに心からのお礼を述べる。色々と気づかせてくれたからこそ。


「うん、まぁそうだな。わかればいいんだうむ」


 そしてロックはわざと偉ぶって笑いを誘う。やはりロックはいい人だと零は改めてロックの人柄を見直した。


「さてっと。それじゃあこのヒルズウルフの毛を狩るぞ。トイも折角の機会だ、ナイフは持ってたよな?」

 

 瞬時に話を切り替え、ロックが零に尋ねた。

 零はそういえばと、ショートソードとは逆の腰に取り付けたそれを見る。


 姉のジェンが色々と使えるからと水筒やバックと一緒に持たせてくれたものだ。

 片手でもあつかえる代物で、専用の革ケースにいれベルトに止めてある。


 ショートソードはロングソード等よりは短いと言っても全長七〇センチで柄の尺もそれなりにある。

 細かい作業には剥かず基本は戦闘か普段は精々進行上邪魔になる木の枝を刈り取るのに使うぐらいだ。


 だからこそこういった毛皮の処理にはナイフの方が圧倒的に使いやすい。

 ジェンがこれを持たしてくれたのも、そういった事態を想定していたからなのだろう。

 

 零はケースの留め具を外し、取り出したナイフをロックに見せた。

 彼も同じようにナイフを取り出しひとつ頷く。

 ロックの持っているのは零のに比べると無骨で鉈に近いものだが、彼の体格にかかればそれでも小さく感じられる。


「この毛皮はここを抜けた先の村で買い取って貰えるからな。こういうアクシデントの時でも、使えるものは使う。売れそうなものなら売る。そうやってどんな事態もいい方に持って行き決して無駄にしないのもレンジャーには大切だ」


 そういってロックがヒルズウルフの皮をナイフを使い器用に剥いでいく。


 それをみながら零も見よう見まねでやっていく。が、やはり初めての作業は中々難しい。

 すると途中ロックが手を取り、細かく剥ぎ方を教えてくれた。


 こうしてロックと一緒に作業し、ウルフの毛皮を一〇枚剥ぐことに成功したが、いったいどういうふうに持っていくのか? と零は少し気になった。


 一応バッグは腰に掛けているがそれに入るような代物ではない。


 が、ロックはそれの多くを無造作に肩に掛け、残った数枚を零に持ってくるように言ってきた。


 相変わらず豪快だな、と零は思いつつ、それに従いそして彼の言う村に向けて、ロックとの移動を再開した。






◇◆◇


 丘陵地を抜け暫くは傾斜の少ないなだらかな街道をふたりであるく。


 その内に二手に分かれる道が目に入ったが、本来はここを北に進むところを、先ほどいっていた毛皮の売却の為とロックは分かれ道を右に折れた。


 それから間もなくしてふたりは小さな村にたどり着く。

 入り口は一つで、周囲を零の胸辺りまである柵で囲んである村だ。


 入り口には特に誰も立っておらず、ロックの幅だと横にならないと通れないぐらいの簡素な扉を抜け村の中に入った。


 村は入って入り口の手前側に畑が並び、奥の方には藁葺き屋根の平屋が十棟ぐらい点在していた。


 ふたりが村に入ると畑仕事をしていた村民の視線が一瞬向けられる。

 が、何人かはロックに向かって手を上げ、それ以外はすぐ畑仕事に戻っていった。


 どうやらロックはこの村では知られてる顔らしい。


「以前何度か畑を荒らす獣の退治にやってきたことがあってな。それで良く知っているんだ」


 そうなんですね、と零は返す。

 更にロックと歩きながら話を続けるが、この村で栽培されているのは野菜がメインらしい。


 ロックの話では、ここで取れる野菜は味が良いと評判らしく、定期的にやってくる行商が野菜を買い取って行くため、村としては小さいが割と潤ってるとの事であった。


 藁葺き屋根も別に貧しいからというわけではなく、寧ろ中々上等な藁を使ってるらしい。


 この辺りはフォービレッジ王国の中でも特に天候の乱れが少なく、年中気持ちのいい風も吹いているため、藁葺き屋根のほうが風通しが良く快適なのだそうだ。


 そして零がロックとそんな話をしながら歩いている内に、ふたりは目的の平屋へと辿りついた――

次回更新は2015/01/17日予定です

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