ロック先生に噛み付く姉
2015/01/05タイトルを変更いたしました。
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零が大地から起き上がり始めた時、ロックの豪快な声がその耳朶を打った。
「いやぁ~悪い悪い。トイのソーマの力を見てたらつい力が入りすぎてしまったみたいでな」
後頭部を擦りながら謝罪の言葉を述べているが、その顔には笑みが浮かんでいる。
尤も零とて別に怒る気はない。鍛錬であれば中途半端に修行を付けてもらっても仕方がない。
とは言え――改めてみると随分と吹き飛ばされたものだと零は首を竦めた。
ソーマを纏った状態を維持できる零ではあるが、それでソーマを使いこなせるかどうかは別問題だ。
ロックが今の一撃を放って、息切れすらしてないことからもそれは良く判る。
つい力が入ったといっても全く本気ではない。
それはロックが纏ったソーマからも明らかであった。
零はここ最近の鍛錬で、目を強化する事によってソーマの流れや強さが視れるようになったりと、かなり練の強も使いこなせるようにはなってはいるが、それでもまだまだだなと自分の未熟さを通関する毎日である。
「ちょっとロック! 何してんのよ!」
と、そこへ零もよく知る淑女の吠え声がふたりの身体を突き抜けた。
零とロックが二人同時に振り返る。なんとなく判ってはいたが、そこには腕を組み仁王立ちのジェンの姿。
「ジ、ジェン来てたのかよ――」
「来てたのかよ、じゃ! ないわよ! ロック! あんたさては加減もなしにトイを殴ったわね!」
ズンズンと歩を進め、ジェンはロックの鼻先に人差し指を突き付け怒鳴り散らした。
その剣幕にロックもたじろぎ苦笑いを浮かべている。
「いや、思ったよりトイの物覚えがよくてついな。いや~流石ジェンの弟だ、才能に満ち溢れてるぜ」
ロックの言葉は――当然ジェンの怒りをやわらげようと思ってのことだろう。
これまでも何度かジェンの怒りが爆発した事があった。
零としてはそこまで怒るほどの事ではないと思うし、見た目の怪我も取り敢えずこれまではない。
だがジェンは弟を溺愛しすぎていてちょっとしたことでもつい機嫌が悪くなってしまう。
「そ、そう? そうよね、だってトイは――って! もうそんな事じゃ誤魔化されないんだからね!」
そういってジェンはロックの頬を両手で摘んでつねり思いっきり引っ張った。
千切れんばかりの勢いだが、とりあえずロックはあまり嫌そうじゃない。
「りゃきぇりょ、きょうぎぇきうぁ、あれれぇときゅんりぇんににゃらにゃいりぇ」
何をいってるか良くわからないが、とりあえず零は止めようと思った。
「お姉ちゃん、ロックさんをあんまり怒らないで。ロックさんのおかげで僕も大分錬のソーマを使いこなせるようになったんだし――」
上目遣いに瞳をウルウルさせるような気持ちでジェンをみやり訴える。
するとロックをつねる手を放しそして今度は零に抱きついてきた。
「いや~~んトイ~~! 本当に、本当に大丈夫だった? 痛くなかった? 嫌ならいつでもいってくれていいんだよ?」
零に頬をよせ、ぐりぐりと押し付けながら相変わらずの心配性を見せるジェン。
流石に零も慣れてしまった。
「本当に大丈夫だってば。それにこれは僕からお願いした事なんだしね」
真面目な顔にかえてジェンに告げる。
するとジェンが顔を上げ、零をじっと見つめながらそのふっくらとした桜色の唇を開いた。
「その話は知ってるけど……でも!」
ジェンがキッ! とロックを睨めつけると、彼は降参するような両手を上げるポーズを見せて笑顔をひきつらせる。
「なんでロックなのよ。第一錬のソーマでいいなら私が教えてあげるのに」
「といってもよぉ。ジェンはトイに厳しくできないだろ?」
「はぁ!? 何よ厳しくって! あんたまさか私のみてない所でトイを!」
「違うよお姉ちゃん落ち着いて。そうじゃないから」
ジェンが今度は首根っこ捕まえてロックを揺らしだすので零もあわてて止めた。
「ケホッ、いやだからジェン、お前だと修行でもトイを優しくしちまうだろ?」
「当たり前でしょ! 何だったら全力で可愛がるわよ!」
「そこあっさり認めるんだなぁ……」
ロックが嘆息混じりに呟いた。やれやれといった表情だがそれも仕方ないだろう。
「お姉ちゃん、だから僕ロックさんにお願いしてるんだ。それに凄く教え方が上手いからとても助かってるんだよ」
とにかく零が必死にフォローすると、不承不承という感じではあるが、ジェンも納得を示してくれた。
「ところでジェンはトイの様子をみにここまできたのか?」
話が一区切りしたところでロックがジェンに尋ねた。
確かにいつもは屋敷に戻ってから、心配したジェンの小言がロックに降り注いでいたわけで、鍛錬のために利用している森の中までくるのは珍しい。
ちなみに今零がロックとやってきているのは、街から西へ数キロほど離れた位置にある小さな森の中だ。
小さなといっても零のいた世界のちょっとしたグラウンドぐらいの大きさはあり、木々の密度もそこまで高くなく、ここまでやってくる人も殆どいないため、鍛錬には持って来いの場所でもある。
「それもあるけど、シドニーがトイの装備が出来たって伝えに来たのよ、折角だから一緒に見に行こうと思って」
そういえば、と零はあの食事会の夜の事を思い出す。
あの時確かにシドニーはジェンに頼まれていた。
「そっか、だったら丁度切りの良い所だったし今日の訓練は終わりにして戻るかい?」
「はい、そうですね」
零が柔軟の動きをしながら応える。
本来零には必要のない事だが、これもキツイ練習の後には必ずやっておくようにとのロックの教えだ、しっかり従う必要がある。
「なんかふたりとも仲がよい……というか妙な雰囲気ね――」
目を細めてそんな事をいうジェン。
「ロックはもう僕にとって先生みたいなものだしね」
にこりと微笑んで零がふたりに向けていう。
するとジェンが、じゃあ私は? 私はトイにとって何? と妙な対抗心を燃やしてきいてくる。
「勿論お姉ちゃんは僕にとって大切で大好きなお姉ちゃんだよ」
「トイ~~~~!」
零がそう口にすると同時にジェンのふたつの果実が迫り、そのまま押し倒され揉みくちゃにされた。
そんなある意味何時もの通りともいえるやり取りを終えた後、三人は町へと戻っていった。
◇◆◇
零は姉のジェン、そしてロックとも一緒になってシドニーの親が営む工房へとやってきた。
この工房は通りに面した表側の店舗と繋がっていて、普段はここで作った品を店先に並べて販売してるらしい。
ただ今回はジェンの依頼による特注品扱いとなっているので、店舗側ではなく工房の方にまで案内された形だ。
ちなみに店舗で接客を行っているのはシドニーの母親――つまり少し離れた位置で難しい顔をして立っているシドニーの父親兼師匠の妻である。
零の憑依してるトイの記憶ではシドニーの母親とは顔を合わせることもまぁまぁあったようだが、父親の方は一、二回あったぐらいだったようだ。
職人気質の男らしく、基本的には一日中工房に篭って作業に専念してるような生活らしく、また普段は口数も少ないため腕はいいが接客は苦手らしい。
まぁだからこそ販売する店舗の方は奥さんに任せているのだろう。
普段シドニーが、親父ももう少し愛想よくすりゃいいのにな、なんて愚痴のようにいっていたのを思い出す。
しかし――やっぱり親子だなと零は改めてふたりを見比べる。
シドニーもかなり逞しい体つきをしているが、父親の方は更に筋骨隆々という言葉がピッタリとはまる肉体を誇り、ロックといい勝負にも感じられた。
だがその顔はシドニーにそっくりで血の濃さをまざまざと見せつけられたような気分だ。
「どうだトイ! ここの縫いとか、あとこの辺りの加工は俺がやったんだぜ!」
そんな事を考えていると、シドニーが木製の作業台の上に置かれた完成品を指さし、誇らしげにいってきた。
「うん、凄いよ、こんな仕事がこなせるなんてシドニーも頑張ってるんだね」
素直な気持ちを言葉で伝えると、彼は照れくさそうに笑って後頭部を掻いた。
そんなシドニーに姉のジェンもロックも讃える言葉を投げかけていく。
「あんまり褒めると調子にのるからそこまでにしといてくれ」
と、そこへシドニーの師匠が唸るように口を挟んだ。
「てめぇもちょっと褒められたぐらいでヘラヘラしてんじゃねぇ。全体でいったらてめぇの仕事なんてカスみたいなもんだ」
叱咤するような言葉、どうやら親子そっくりの顔ではあるが、師匠の指導はそうとうに厳しいらしい。
「わ、判ってるよ」
顎を掻き、面目なさげに瞳を伏せるシドニー。
普段は父親兼師匠について愚痴をこぼしている彼だが、やはり頭は上がらないようだ。
「まぁいい、俺は他の作業もある。説明はお前がやっておけ、それぐらい出来るだろ?」
「あ、あぁ! 勿論だ! ばっちりやっておくよ!」
シドニーが表情を明るくさせてそう応えると父親の口元も僅かに緩んだ。
シドニーは頼られたのが嬉しいようで、父親の方もなんだかんだいいながら息子に期待を寄せている節も感じられた。
それがなんとなく零には微笑ましくもあったりする。
自分にはあまり経験のない事だからだ――
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