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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第一章 コボルト憑依編
5/89

コボルトのために――

 零は勿論、彼が死んだという事実は伏せたまま、ゴブリンとの戦いの顛末を話し終えた。

 零の周りで耳を傾けていたコボルト達の表情はすっかり神妙なものに変わっている。


「それは本当なのか? ゴブリンの中にそんな化物がいるなんて聞いたことが無いぞ」


 コボルトの一体が信じられないといった風に言を告げる。


「あん? お前、ワンヌヴオズイズヌのいうことが信じられないってのかよ!」

 ドヌィが鼻息荒げに文句を言う。

 身体中の毛が逆立ち興奮しているのがよく判る。

 おそらくそれは、発言した彼に対する怒りだけではなく、零の話によって溢れでた感情によるものも入り交じっているのだろう。


「落ち着けドヌィ。これはあまりに未聞な出来事だ。信じたくないという気持ちもよくわかる」


 これはヴィヌの言葉だ。口調といい、やはりドヌィに比べてかなり冷静である。


「確かに――だが、事実なのであろう?」

 長が零の顔を覗き込むようにしながら、確認の言葉を告げる。

 それに対して静かに、はい、と応え大きく頷いた。


 すると長は腕を組み徐ろに背筋を伸ばした後、うむぅ、とひとつ唸り口を開く。


「その言葉。そしてワンバイォイヌヴィヌとワンバコレイゥドヌィの見てきた惨状……それらを考えると信じるしかないようだ」

 

 口を閉じ憂いの瞳を覗かせた後、長は静かに瞼を閉じ、だが、と話を紡げる。


「これは我が一族の存続に関わる事態かもしれん。もはや、我の決断だけですむ話でも無いかもしれんな。至急各縄張りの長に声かけし――」


 決意の篭った表情で長が思いを口にするが、その時、周囲からざわめきが起きた。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」


「どうした? 何事だ!」


 外のコボルト達の騒ぎに何事かと、長の従者の一人が外に顔を出し尋ねる。

 テントの外側からがさごそと音がし、布張りの一部が揺れ動いた。


 そして顔を出した従者が、うん? なんだって! と慌てたように言を発す。

 その様子を見る限り、良い知らせでないのは間違い無さそうだ。

 

「大変です長……」


 言ってコボルトが長に近づくと、膝を折り耳打ちする。

 

 すると、なんだと! と長も驚きの声を上げ、見開いた眼を従者に向けた後、

「わかった。とにかく話を聞こう」

と返すと、耳打ちしたコボルトは一つ頷き、テントの外へ出て行った。


「長! いったい何があったのですか?」


 鼻息荒く、ヴィヌが尋ねると、長は少々こまったような雰囲気を発し。


「どうやら……ゴブリン達がまたも西の縄張り近くに現れたそうだ。周りの縄張りのコボルト達も援軍に向かったそうだが、形勢は芳しくないらしい。今西のコボルトの一人がやってきて知らせてくれたようだ……かなりの怪我を追ってはいるようだが――」


「連れてまいりました」


 再びテントの外から声が掛かる。

 あの従者の声だ。焚き火の揺らぎで影が二つ布幕に映りこみゆらゆらと揺れた。


 二つの影は寄り添っている。見たところ片方が肩を貸しているようだ。


「入りたまえ」


 長のボンボが低い声で言い放った。

 すると毛皮の幕が捲れ、従者に肩を担がれ、一体の西から来たというコボルトと二人脚を踏み入れた。


 周囲からはどよめきが起きた。

 無理もないことであった。

 連れて来られた方のコボルトは左腕を従者の肩に回し、半ば脚を引きずるようにしながら長の前まで歩み寄る。見たところ膝や脹脛にあたる位置に、細かな穴がいくつも穿かれている。


 右腕は複雑な形で折れ曲がっていた。手のひらは自身の意志とは関係なくだらんと垂れ下がり、力が全く入っていない。いやいれる事など出来はしないのであろう。

 

 息は荒く、片目は完全に潰れ、耳も左側が皮膚から無理矢理引きちぎられたようで、その部分だけ毛が毟られ紅味を帯びた肉肌が顕になっていた。


 正直このような状態で、よくここまでやってこれた物だと思う。記憶では西の集落から零のいるこの場所まで、二十キロ以上離れていたはずだ。


 しかも森のなかは舗装された道ではない。

 コボルトの身体能力が高いのはここに連れてこられるまでの動きで承知してるが、それも五体満足な状態であればこそであろう。


「こんな――」

「酷すぎる……」


 動揺と悲愴の混ざり合った声が、周りのコボルトから漏れた。

 これまでの記憶から察するに、少なくとも彼等の世代ではゴブリン相手にこれだけの傷を負わされる例はなかったようだ。


 だがヴィヌとドヌィに関しては厳しい光をその眼に宿しているが、動揺はみられない。


 彼等は零を(実際は零が乗り移ったコボルトを)探す為の道中、壊滅させられた集落をみているはずであった。


 その惨状を考えれば、西からやってきたこのコボルトの状態も十分納得できる事なのだろう。


「ワング……ムングィ、ボンボ殿――」


 従者にそっと下ろされると、西のコボルトはヨタヨタとしながらも片膝を付き、辿々しく言を述べる。


 その声は所々掠れてしまっている。

 やはり怪我の影響があるのだろう。

 だが、それでも必死に顔を上げ、彼は話を続けていく。


「わ、我らが、西の縄張りが、ゴブリン達の手によって落ちようと、し、て、います。我が姿をみれば、わかるかと、思われ、ますが、奴らの中にとんでもない、化物が――」


 そこまで言って、彼がごほごほと咳き込んだ。すると血溜まりが数個地面に後を残す。


「お、おい大丈夫か!?」


 ドヌィが立ち上がり、駆け寄ろうとするが彼は右手を上げそれを制した。


「我は、だいじょう、ぶだ。だが直ぐにでも西に援軍を向けて、ほし、い。何箇所からの縄張りから、協力隊がやってきてるが、化物一人の為に、苦戦を、し、い、られ、て、いる、の、だ」


 彼は再び咳き込みながらも更に言を紡げていく。


「ここには、英雄と名高い、勇猛な戦士が、いると、きく、だから、その力、で、是非勝利を――」


 彼の言う英雄とは零が憑依する、この身である事に相違なかった。

 周囲の視線も零に向けられる。


 しかし零自身は、この話の間も一歩も動けずにいた。知識は確かに手に入り、話の内容だってわかる。だがあくまで考えるのは零本人なのである。が、あまりに急な事態に思考が追いつかない。


 なんならこのまま今度こそ憑依を解き、遠くへ逃げ出してしまおうか? という考えも脳裏をよぎるが、なぜかそれは無責任な気がしてならなかった。


「英雄殿は、こちらに、おら、れる、か?」


 西のコボルトが零にお目通りを願い、長が彼に零を鉢合わせる。


「お、おぉ、貴方が、そう、か、確か、に、豪胆な顔つきをしている――」


 そう言って彼は零の両手を取り、涙を流した。


「お、ねがい、です。どうか、我が、一族の、救世主、に……」


 言いながら彼は再び咳き込み、より激しい血塊を吐き出した。


「もう限界であろう。誰かこの者をつれていって怪我の手当と、休む場所を用意してやってくれ」


 長の命に先ほど連れてきた従者が再び彼の肩を持ちテントを出て行った。


「長! これはもう一刻の猶予も許されないでしょう! 今直ぐにでも戦士を集め、西へ向かうべきだ!」


 ドヌィが息巻きながら進言する。

 だが、落ち着け、とヴィヌが窘めるように言い、言葉を引き継いだ。


「ドヌィの言うことも尤もかとは思うが、こちらでその化物と対峙しているのは、ワンヌヴオズイズヌだけだ。どうだ? 今から我らが応援に向かったとして――勝てる相手か?」


 ヴィヌが零に顔を向け問いかけてくる。

 それに対しなんと答えるべきか……頭を悩ませる。


 この記憶でいけば、正直敵は強大だ。只でさえ集落一つを簡単に壊滅出来るような文字通り化物なのである。


 しかし、かと言ってこのまま怖気づいてるだけでは、何も解決しないであろう。

 そして、いくらこの身体の持ち主の記憶が宿ったとはいえ、零自身が見ているわけではない。


「確かに敵はあまりに化け物じみた相手ですが、このまま引き下がっているわけにもいかないでしょう。とにかく我らも一刻もはやく助けに向かうべきかと思います」

 

 零は既に覚悟を決めていた。

 ここまで来たら、彼の無念を晴らす事を第一に考えるべきだと思い始めていた。


 瞳に決意の光を宿らせ、更にコボルト達へと話を紡いていく。


「何よりも西の縄張りは我らの一族で一番武器の生成に長けた者が集まっている。ゴブリンには武器を作る知識はないが、手にいれた武器を使用する頭ぐらいはある。既にこれまで襲った集落からも戦利品として奪ってる可能性もあるでしょう。異形一体だけでも厄介な事この上ない状況で、更に奴らにまで武器を盗られては目も当てられません」


「良く言ったぜ! ワンヌヴオズイズヌ! 流石英雄だ!」


 若干茶化した雰囲気も感じられたドヌィの言葉だが、それも昔から知ってる親友であるからこそだろう。


「確かに西の縄張りをゴブリンに侵略されると厄介な事になる。あそこは川も流れ我らにとって貴重な水場。それに鉱山も使えなくなってしまうだろう」


 長が神妙な声音で皆に向かって述べる。

 そして徐ろに立ち上がり、従者を脇に付け、テントの外に出た。


 それに何かを感じた皆が一斉に長の後に続く。

 零も違わずそれに倣った。


「皆の者! よく聞け! 西の縄張りがゴブリンの集団に襲われ危機的状況に陥っている! その地に流れる川を奪われる事は我々にとっては死と同じ! それだけは絶対に避けなければならぬ! これよりワンヌヴオズイズヌを団長とし西への援軍に向かわせる! 戦えるものは武器を持て! 我らコボルト族一眼となって、奴らに正義の鉄槌を下すのだ!」


 コボルトの長、ワングムングィボンボの宣言に、集落の全コボルトが遠吠えを上げ返した。

 

 いきなり団長に抜擢され零は戸惑うが、今憑依しているワングムングィボンボの存在の大きさを考えれば仕方がないかもしれない、と覚悟を決めた。


 周りに合わせて、ドヌィとヴヌィも一緒になって吠えあげていた。

 それに関しては、零は出来るかが不安だったが見よう見まねでなんとか声を合わせる事が出来た。


 そして進軍の為の準備が始まった。

 戦士たちは己にあった武器を選びそれを持ち出す。


「うん? おいワングムングィボンボ、お前それを持って行く気なのか?」

 

 零がテントから持ちだした武器を見るなり、ドヌィが目を丸くさせた。

 零の腰には、彼が愛用していた剣もしっかり吊るされていたが、それとは別に槍も一本持ちだしたのである。


 だが、ここでは……いやそもそもコボルト族では、槍を使いこなせるものは少ない。

 そもそも槍の数が少ないのだ。この集落でも零の記憶では数本あるだけだ。


 理由としては、彼らの生活範囲がこの森だけであるというところが大きいようだ。

 森のなかでは当然周囲を木々を囲まれた状態になる事が多い。

 その為、あまり長い得物では寧ろ自由が効かないのである。


 コボルト達が主に使う武器は、そういった事情から、零が腰に下げてるような長さ50センチ程度の剣か、手斧、後は弓矢といった具合である。

 

 だが、ワングムングィボンボはいずれ必要になることもあるかも知れないと槍も作らせ、密かに鍛錬に励んでいた。


 残念ながら彼自身は、その成果を発揮できないまま命を落としてしまったが――。


 その記憶を零は役立てようと思ったわけである。


「この槍は、あの化物を相手にするのに適してそうだからな」


 そう言って零は槍を縦に一振りした。

 自意識過剰と思われるかもしれないが、中々に様になっている気がした。


 しかし槍とはいえ、その長さは一〇〇センチ程度。これであれば上手く使えば森のなかでもそう邪魔にならないだろう。


「ワングムングィボンボ様――また戦いに出てしまわれるのですね……」


 零が準備を整え集まった戦士達に目を通していると、婚約者であるクンッニャルヌガヴメが細い声を向けてきた。


「……すまない」


 零はそう一言だけ返した。他にいう言葉は見当たらなかった。


「な~に大丈夫。今度は俺が一緒だ。クンッニャルヌガヴメの大事な旦那を殺させやしないし、絶対に奴らを根絶やしにしてやるよ」


 ドヌィが零の首を軽く絞め上げながら、彼女に告げた。

 いきなり旦那扱いされた事には戸惑いを覚えるが、その姿に気のせいか、クンッニャルヌガヴメの表情に笑顔が灯った気がした。


「準備が出来た。もうすぐ出発だ。団長指揮を頼むぞ」


 ヴィヌが冷静な口調で、二人に話しかけてくる。


「全く空気のよめないやつだなお前は」


 ドヌィの物言いに、フンッと鼻を鳴らし、ヴィヌは自分が任された隊に戻っていく。

 彼はこの集落では一番の弓の使い手だ。

 冷静な彼らしい特技ともいえる。


 背負われた弓は木製で、弦にはこの森で採取した弾性に富んだ蔦を加工した物が使われている。

 同じく背負われた筒の中には、鏃部分に黒曜石を用いた矢弾が、十数本入っていた。


 この集落で、弓矢の扱いになれた戦士は十体。

 それに剣と斧を扱う戦士が十五体。

 合計二十五体の戦士が零の手腕に委ねられた。


 零は改めて婚約者に一旦の別れを告げ、戦士たちの確認を行った後、長の元へ向かった。


「それでは行ってまいります」


「……すまないな。戻ってきたばかりだというのに」


「いえ。それより一つお願いしておきたいことが――」


 零は長に対し一つ願い出た。すると長は驚いたように瞳を丸くさせるが。


「念の為です。それに今回できれば誰も犠牲を出したくないので――」


 最後にそう言い残し、零は戦士たちの下へ戻り、そして団を率いて集落を出た。


 零は考えを巡らせていた。もし西の縄張り周辺のコボルト達がなんとか持ってくれていれば良いが、そうでなければ――

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