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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
49/89

零が進む道

 零の心魂が高なった。彼女の発言、黒いローブを来た存在。あまりに抽象的で普通であれば首を傾げてしまいそうな話だが、零の精魂にはすぐにある者の顔が浮かび上がる。


「死に、がみ――」


 え? という短い疑問。だが、零はお構いなしに彼女の小さな両肩を掴み捲し立てるように言いのけていた。


「それってもしかして顔が骸骨の! 骸骨の奴ですか!?」


 この時の零はとても冷静とはいえなかった。普通に考えれば、骸骨の男などをみていればこんなところで呑気に話したり出来ないだろうに、零はそんなよく考えれば判るような事を思いつくことも出来なかったのである。


 そして当然マーリンは目を丸くさせ、顔中に疑問符を浮かべたようにさせ困った顔をみせる。


「あ、あの骸骨、とは?」


 え? と今度は零が短い声を発し、そこで漸く失態に気付かされた。


 やばい、と彼女のか細い両肩から手を放し、罰悪く顎を掻く。

だが何かいわなければマズイだろう。


 零は、とにかく誤魔化さないとと頭をしぼり。


「ご、ごめんね。その、ゆ、夢をみたんだ」


 いったあとに我ながらなんて嘘が下手なんだと魂で身悶える。


「夢――ですか?」


 小首を傾げ問い直してくるマーリン。だがそこまで怪しんでいる雰囲気は感じない。

 意外と夢という部分に興味を示してるようにも感じられる。


「そ、そう! 夢! 夢でそのローブの骸骨に鎌で斬られる夢を何度もみてね。それを不安に思ってた時にそんな事いわれたから」


 もうこれで押し通すしかない! と少し大げさな身振りで零が説明する。


 するとマーリンは指で口を押さえ、くすくすと笑みをこぼす。


「あ、ごめんなさい、笑い事じゃないですよね。でも安心して下さいね。私がみたのは骸骨ではないですし、鎌ももってませんでしたので」


 緩んだ頬はまるで聖母のような安心感を思わせる。変な人、とはもしかしたら思われたかもしれないが、そういった感情をおくびにも出さないところが素晴らしいと好感を持った。


 ただ、彼女の話を聞く限りはソレは零の精魂に浮かんだものとは違うかもしれない、と少しだけ残念にも思う。


「確かに骸骨なんているわけないもんね。僕もいい年して何をいってるんだろ」


 そういって零は表情を緩ませた。だが、ふとマーリンは零に視線を貼り付け、そして、でも、と口を開き。


「すみません私の方こそ変な事を聞いてしまって……その、どうしてそんな事を? とおかしく思われるかもしれないんですが……」


 言って瞳を伏せ、戸惑いの感情を匂わせる。言い淀んでる感じではあるが。

 まだ何か思うところがあるのだろう。


「そんな、何をいわれてもマーリンさんにそんな事を思いませんよ。ですから続きを聞かせてください」


 零は出来るだけ彼女が話しやすいようにと、優しく言葉をかける。


「は、はい。実はトイさんと初めてお会いした時、ふと雰囲気がその人に似てるなと思ったんです」


「雰囲気?」


「はい。なんというかそこにいるはずなのに、まるでいないかのような――」


 もし今の零に心臓があったとしたら、驚きに何度も跳ねまわった事だろう。

 動機も激しくなりとても平常心ではいられなかったかもしれない。


 だが、最初に黒ローブの存在を知った時、思わず興奮してしまった零ではあったが。

 今の彼女の発言で寧ろ妙に気持ちは落ち着いてしまっている。


 そして今度は意外なほどサラリと尋ねることが出来た。


「その人は一体どんな方だったのですか?」


 自然な質問にマーリンも、え~と、と指を顎に添えたまま考え始め。


「なんというか不思議な方で、髪は長くてローブと同じように黒く、そのかわり肌は透き通るように白くて、綺麗なんですが女性とも男性ともとれる顔立ちだったんです。声も綺麗なんですが正直性別ははっきりしなかったですね」


「そうなんですか。何か話をしたんですか?」


「え? はいつい気になって少し……他愛もない世間話のつもりだったのですが、ただ少し変わったことをいっていて――」


「変わったこと?」


「はい。何か、ここにひとつ送ったものでね。自分でも久しぶりにこの世界をみて回りたくなった、とか――」


 その瞬間、零のもしかしたらという思いは確信に変わった。


「あの……もしかしてやっぱりお知り合いか何かで?」


 マーリンが伺うような目で問いかけてくる。だがそれを有りのまま話すわけにもいかない。


「そういうわけではないのですが、ぼくもちょっと興味が湧くとつい気になっちゃって」


 そこまで言って、だから最後に、と付け加え。


「その方とは一体いつどこでお会いしたのですか?」


 そう質問を重ねる。


「え~とお会いしたのは聖ミコノフ教会本部にある大聖堂の前ですね――私がこの街への出向を言い渡される二日ほど前でしたから――日数で言ったら七日ほどまえですね」


 そうですか、と零は静かに返し顔を伏せ考えを巡らせた。


「あの、本当にご免なさい。変に思いましたよね? その最初は確かにその方と似てるなと思ったんですが、今は全然そんな事ないんですよ! 思わず聞いちゃいましたけど、トイさんがいい人なのは話しててわかりましたし、お姉様から愛されているのもよくわかりますし!」


 その声に零は彼女へと視線を戻した。慌てたように言葉を連ねるマーリンがちょっと可愛らしく思える。


「いや、気にしてないですし、寧ろ途中からは僕のほうが――」

「トイぃいいいぃいいい!」


 と、そこへ突然ドアが開き、ジェンの豊満な胸に零の身体が押しつぶされた。


「え!? お、お姉ちゃん?」


「トイ~~! どうしてよ~~もしかしてマーリンちゃんに惚れちゃったの? それでこんなところでふたりきりで? ふぇ~~~~ん捨てちゃうの? お姉ちゃんの事捨てちゃうの~~!?」


 胸を押し付けながら、頬をグリングリンと擦りつけてくるジェン。その両頬は燃えるように赤い。


 しかも、言葉はところどころが、しどろもどろであり――


「お、お姉ちゃんもしかして酔ってる?」


「何よ~~~~トイ~~酔ったら悪いの~! お姉ちゃんだって飲みたい夜もあるよ。人恋しくなる夜もあるんだよ~~!」


「悪いトイ。あまり飲むなとはいったんだけどな俺も」


 ジェンの後にロックが駆けつけ、申し訳無さそうに頭を擦る。


「てかお前いつまで二人っきりで話してるつもりだよ」


「そうそう。本当、もしかしてトイがマーリンちゃんに襲いかかるんじゃないかと思ってちょっと期待したじゃない」


「えぇええぇえぇえええ!」


 シドニーとマーニも顔を見せ、誂うようにいってくる。

 その言葉に、マーリンが顔を真赤にさせて叫び声を上げた。


「むむぅ、トイ先輩もなかなか隅に置けないですね。教会の女性は身が固いと聞くのに――そして更に実のお姉さんにまで! ふおぉおおお!」


 エリソンは妙な妄想を膨らませ勝手に興奮している。その姿にマーリンでさへ冷たい視線を送っていた。


「ご、誤解だよ皆。ちょっと一休みで話を聞いてただけだし。それにもう終わったから」


「本当!? お姉ちゃんの事捨てない? 見捨てない?」


「当然だよ当たり前じゃないか。さぁ戻ろうか」


 そして零とマーリンは再びダイニングに戻り、そしてそれから暫く酔ったジェンに揉みくちゃにされながらも、大方の料理も皆で平らげ、こうして夜も更けた辺りでお開きとなった――





◇◆◇


 全員を見送った後は、完全に酔いつぶれたジェンを部屋に寝かせ、そしてロックとも寝る前の挨拶をかわし、零は部屋へと戻ってきた。


 恐らくジェンは完全に潰れてしまっているため、今日部屋まで来ることはないだろう。


 ベッドに背中を預け、天井を見上げながら物思いに耽る。


 先ほどマーリンから聞いた内容が、グルグルと頭の中を巡っていた。


 恐らく、いや間違いなく彼女のいっていたのはあの死神のような奴だろう。

 それがなぜ人の姿をし、この世界をウロウロしだしているのは検討もつかないが――


 だが、零を魂だけの状態で送った存在がこの地にいるのは確かである。


 最初にこの異世界に来た時、零は、自分を送った張本人を見つけなければいけないと考えていた。

 

 そして今、その情報がふとしたところから湧いて出てきたのだ。


 ならばどうするか?


 マーリンのいっていた聖ミコノフ教会本部。その場所は聞くまでもなく理解できている。


 ここフォービレッジ王国から北に位置する商業都市メテオラとデンデラ帝国を挟み、更に北上した先に聳え立つミコノフ山脈。


 そのミコノフ山脈の中に聖ミコノフ教会の本部は存在する。


 場所はわかっている……しかし行くとしてもどう行くべきか。


 身体を捨てて魂だけで向かうか? だが魂の状態はそこまで万能ではない。移動速度も限定される。


 ならばこの身体のままで船にでも乗っていくか? 港からはそれほど多くはないが貨客船も出ている。


 だが、それも却下だ。そもそも国を出ることはそれ程簡単なことではない。


 いや――そもそもの問題として……





 この屋敷の二階には、廊下の最奥にテラスが設けられている。


 それは、それ程大きなものではないが、零が出て空を眺めるには十分な作りであった。


 感覚がなく、吹き抜ける風の心地よさも感じられない身ではあるが、空一面に広がる星々を眺めているだけでも、少しは落ち着いた気持ちになれる。


「トイまだ起きてたか」


 ふと背中に当たる低い声。振り返るとそこにはロックの姿。

 どうやら彼もまだ眠りにはついていなかったようだ。尤もいまの零には眠ること自体がままならないわけだが。


「うん――」


 そうか、と短いやりとり。その後はロックも空を見上げ暫くの沈黙。


 そして――


「トイ、本気でレンジャー目指すんだな」


 星に目を向けたままロックが訪ねてくる。それにも零は、うん、とだけ返した。


「そうか、それはやっぱり、ジェンの為か?」


 顔を零に向け真剣な目でロックが述べる。


「……それもあるよ。僕はいつもお姉ちゃんに助けてもらったから。だから今度は僕がお姉ちゃんを助けたい」


 それは――トイの想いであるが、今の零にも、彼女の助けになりたいという気持ちが芽生えはじめている。


「そうか――」


 ロックは深く頷き。


「動機としては悪くないな。誰かの為に何かを成したいという気持ちは、時折すさまじい力を発揮するものさ」


 ロックはそこまでいって、だが、と続け。


「あの姉さんを守るってのは簡単な事じゃないぞ。正直俺だって勝てる気がしないほどの実力をもってる。というかそもそも守る必要があるのかって話だ」


 そう紡げ、今度はガハハ、と豪快に笑った。それに思わず釣られて零も笑みをこぼす。


「まぁ本気でレンジャーを目指してるのは判った。だったらこれはお前が望めばなんだが……よければ試験に備えて俺も少し鍛えてやろうか? 勿論滞在期間の間になるが」


 思いがけない提案に零は眼を丸くさせた。ロックの実力はあの邪獣の一件で十分承知している。

 

 ロックは、どうだ? と首を傾け応えを待っている様子だ。

 そして零の答えは既に決まっている。


「はい! ロックさん! 是非お願いします!」


 黒ローブの男の事が気にならないかといえば嘘になるだろう。


 だが零はトイに憑依した時点で受け止めた想いがある。彼のレンジャーになりたかったという気持ちは、その身体を借り受けている零にはとても無視できない想いであった。


 それに、例え今から無理して死神を探しにいったとしても、見つかるとは限らないだろう。既にどこか別の場所に向かっている可能性の方が高い。


 寧ろここはレンジャーになっておいたほうが、情報も集めやすい筈である。


 だから今はレンジャーを目指す、そう決めた零にとってロックの提案は願ったりかなったりな話である。


――なんというかそこにいるはずなのに、まるでいないかのような――


 ふと頭を過る、マーリンが零に対して抱いた違和感。これも気になるところではあるが――とにかく今はレンジャーになれるよう専念しよう、と満天の星空を眺めながら、改めて決意する零であった――


第三章へ続く

ここで第二章まで終了です。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

第三章は出来るだけ早く始めたいと思いますが年明けからになるかもしれません。


改めて読者の皆様に感謝です!またもし評価や感想等を頂けたならとても嬉しく思います。

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