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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
44/89

事件の後処理

 町に戻ってきた一行を出迎えてくれた門番は、驚きに眼を見開いていた。


 事前に大体の事はあのイービルの取り巻きふたりに聞いていたようで、本来は既に門は閉められていても可笑しくない時間ではあったが、ふたり門の外で皆の帰りを待ち続けていたらしい。


 彼らが驚愕したのは、勿論ジェンが担いできた邪獣の骸を眼にした事が要因だ。

 そして門番のひとりは相方に早口で、ここは頼む! と言い伝え、そのまま協会まで駆けていった。


 姉のジェンは早く通してくれと文句をいったが、流石にこんなものを見せられては、自分の判断では中には通せない、と彼女やロックとは同じレンジャーの仲間ではあるが、彼はそれを一向に譲らなかった。


 そんなジェンをロックがこればかりは仕方がない、と宥め、零も一緒になって、ここは待とうよ、と口にして、ジェンも、トイがいうなら、と了承したところで。


 しばしの間、門番の彼と言葉を交わす。なんだかんだでやはり彼も気になってたようで、カチーナ山での話をシドニーから聞いてやたらと興奮してみせていた。


 そんなやり取りを続けていると、程なくして協会の支部長達を引き連れてあの門番が戻ってくる。


 驚いたことにドム支部長と一緒にやってきたのはこの町と周辺を任されている領主であった。


 零は実際領主をその眼にしたのは初めてであったが、トイの記憶にはあるため、みてすぐ知ることが出来たのだ。

 

 白髪交じりの黒髪を、綺麗に油で後ろに撫で付けた四十代半ば過ぎぐらいの男性である。

 白地の開襟シャツの上から赤ベストを纏い、ズボンは折り目の整ったスラックスタイプのものを着用し革製のベルトで締めてある。


 派手ではないがきっちりとしたイメージだ。普段は温和なイメージのある領主で、堅実で人々にやさしい領地運用を行うことから、領民からも慕われているらしい。


 だがそんな温厚な領主も、今はどこか張り詰めた空気を表情に宿している。

 それもやはりこの邪獣が原因なのか。

 どうやら自体は思った以上に深刻らしい。


 結局ジェンとロックは、帰ってきたその脚で領主の屋敷へ向かうこととなった。

 同じく当事者である零達に関しては、今日はもう遅いので、一旦はそれぞれの家に戻ってもらうという話になり、後日改めて話を聞くという形に落ち着いた。


 ジェンは少しとはいえ、零と離れることに不平を漏らしたが、支部長に若干強い口調でいわれ、渋々とロックと共に後を付いて行った。


 イービルに関しては、一緒にきていた教会の神官達が身柄を引き受ける事となり神官たちに抱きかかえられるような形で連れていかれてしまう。

 

 そしてどこかバタバタとした空気の中、其々は家に戻り零は次の日の朝を待った――

 




◇◆◇


 翌日は町中が邪獣とイービルの話題で持ちきりとなった。


 零達も後日、レンジャー協会にて詳しい聴き取りを受けることとなったが、その席には領主はいなかった。


 先に席についていたドム支部長によると、昨晩のうちに大体の話はつき、領主は納得してくれたらしい。


 どのような話だったのかは、秘密事項もあって全ては明かせないとの事だったが、表立った危険は回避されたということで安心を得たようだ。


 だが、レンジャー協会は今てんやわんやの様相を示していた。それは零達が協会のドアをくぐった瞬間から顕著にあらわれていた。


 協会に務める職員たちが忙しなく建物の中を動きまわり、集まったレンジャー達に仕事の内容を伝えていたのだ。


 その様子をみながら一行は協会のカウンターを超えた先にある部屋に通され、今は席に座って紅茶を啜りながら、支部長の話に耳を傾けている。


 話の内容は特に難しい事ではなかった。支部長からの聴き取りが終わった後も自分たちのやった行動を咎められることもなかった。


 いや、寧ろ邪獣を結果的に足止め出来たこと、それだけの状況にありながら、大きな怪我人等は一切でなかった事。


 これらが領主からも高く評価されたらしい。後から賞状のような物も送られるそうだ。

 零はそれには大して興味もないが、マーニに関しては騎士になる上でいい手土産となった事だろう。

 

 本人はあまりお役に立ってないのに――等と神妙な雰囲気を醸し出してたが、これにはセシルやシドニー、そして零も必死にフォローした。


 彼女はこういう場面では生真面目な性格である。


「ところで皆なんであんなに忙しそうなんだ?」


 話も落ち着き一旦会話も途切れたところで、シドニーがドムに質問した。


 昨晩のうちに邪獣も退治したし解決したんじゃねぇの? と更に続ける。


「あっはっは。いやいや確かに君たちの活躍もあって根本としては解決されてるとは思うけどね。だが邪獣が現れた後というのはいつもこんなもんさ。事後処理に多くのレンジャーを派遣しないといけないし、しかもそんな事件が唐突に降ってくるんだからね」


 事後処理ですか? とマーニが首を傾げる。


「そう。もしかしたらって事もあるからね、トイのお姉さんのジェンやロックが中心となって他に邪獣がいないか確認して回っているのさ」


 その言葉に、え!? とセシルが緊迫のこえを上げる。


「まだ他にも邪獣がいるんですか?」


 整った眉を寄せ、真剣さを含めた声音で尋ねる。


 だが、ドム支部長は、いやいや、と肩を上下に揺らし。


「あくまで念のためさ。ゴブリンと違ってオウグフォルファングみたいな大型の邪獣はそうそう出るものじゃないし、過去の例でも単独出現ばかりだ。ただそれでも万が一って事もあるからね」


「そういう事か。でもその万が一ってのは起きてほしくねぇな」

 

「全くよ」


 シドニーが肩をすくめると、マーニも同調するように顔を歪めた。

 彼女は下手したらその生命を奪われていたかもしれないのだ、思い出すのも嫌だといったとこなのかもしれない。


「まぁでも陽が出た直後から最初の部隊には向かってもらっているが、今のところ邪獣に関しての報告はない。この調子なら問題ないだろ。後は邪気の影響がどの程度出てるか、今外で説明受けてるレンジャー達はその調査に追われる形だね」


 昨日ロックからの説明にあったように、邪獣は周囲に邪気をまき散らす。

 動物などはこれに影響を受ける可能性が高く、邪獣を眼にした恐怖心から心を侵され精神を狂わせてしまう事が多々あるそうだ。


 ロックの事を襲ったアックスディアなどがその最たる例ともいえる。


「そんなわけだから、ここも久しぶりに大忙しってとこさ。ただ今回はトイの姉さんと更にロックまで手伝ってくれているからな。並のレンジャーなら総掛かりでも最低三~四日掛かるだろうが、あのふたりがいれば恐らく今日中には片がつくだろう」


 言ってドムが豪快に笑う。零は改めてジェンの凄さを知った気がした。と、同時にロックという男もそうとうな腕前なのだろうと考える。


「やっぱりすげぇなぁジェン様は」


 シドニーが崇拝しきった目でいった。相変わらずだなと零は苦笑いを浮かべる。


「あの――ところでイービルはどうなりましたか?」


 セシルが思い切った感じに口にする。

 すると、イービルくんか、とドムがその顔に影を落とす。


「もしかして症状が改善されないんですか?」


 ドムの雰囲気から何かを感じたようにマーニが口を開いた。

 その顔を見ていたシドニーは、一瞬顔を眇めるも何もいうことはない。


「いや、それは司祭様自らが行った聖のソーマの力で解決したようだ。無事邪気は祓われたと報告を受けている」


 セシルがほっとしたような表情を見せる。


 やはり彼は心優しいなと零は思う。治らなければ良かったなどとは思わないが、助かったと聞いても素直には喜べないのである。


「ただ、彼はこれからミコノフ教会から色々と聞かれる事になるので、暫くは教会堂の教護室からは出れないだろうね。ロックから聞いてるとは思うが、邪気に染まるということはそういう事だ」


 更に続けられたドムの話では、彼の家族にも連絡がいくようで、特にイービルの父親に関しては現役の騎士という事もあり、それなりの影響がでるのかもしれないようだ。


 子が成人に達するまでの管理責任は親も問われることになる為であるらしい。


「おっと、こんな話ですまないね。いや、ただ命に別状はないわけだし、彼の行動も褒められたものではないが、そこまで徹底的に責められる事もないだろう、騎士としては今後難しいかもしれないが、彼次第では十分立ち直れるさ」


 ドムは途中の騎士の部分に関しては声を落としていったが、それでも皆には聞こえていただろう、勿論零にだってはっきりと聞き取れた。


 結局最終的には、全員どこか浮かない調子で部屋を後にする事になった。

 正直嫌な男でしかないイービルだが、恐らく今回の件で全てを失ったに近いと思うと、やはり同情のひとつもしてしまう。


「あぁそうだ。今日は出来ればこのまま家に戻って待機していて欲しいんだ。実は教会の神官達が個別に事情を聞きに向かうらしくてね。まぁ事情と言っても君たちからは少し話を聞くぐらいだと思うけど、もう少し付き合ってもらえると嬉しい」


 それを聞いたシドニーは、言葉には出さないにしてもあからさまに嫌な顔をみせた。

 それをみたマーニが思いっきりエルボーでどつき、わかりましたと笑顔でドムに返した。


 隣ではシドニーがひとり呻いている。


 そしてセシルと零もそれにならって返事をし、全員でギルドを後にした。





「いってぇなぁマジで、この暴力女」

「うるさいわね。あんたがあそこで露骨に嫌な顔をするのが悪いんでしょう」

「だって面倒だろうがよ。たく今ここで話したばかりなのに、なぁトイ?」


 急に振られて、え? と戸惑い気味に返す零だが。


「まぁ確かにちょっと――でも仕方ないよ。事が事だしね」


「そうだよね。それに教会が同じことを聞くとも限らないし」


「だったら何を聞かれるんだよ?」


「それはやっぱり――」

 

 と、そこでマーニが言い淀む。


「ま、まぁ聞かれるだけでなくて、例えば僕達にもその祓というのをしてくれるとか」

「え!?」


 思わず上げた零の素っ頓狂な声に、皆の視線が集まる。


「どうしたのトイ? 突然変な声を上げて?」


「あ、いや、その、な、なんで態々そんな事をするのかな――て……」


 誤魔化すように笑いながら、零は歯切れの悪い台詞を吐いた。


「う~ん僕達も邪獣と遭遇してるわけだし、念のためって事もあるんじゃないかなって、そう思っただけなんだけどね」


 軽く首を折り曲げ、妙に可愛らしい仕草で言ってくるセシルだが、零からしたら気が気じゃない。


 前に一度教会で具合が悪くなったことが思い出される。あの時は判らなかったが、今思えばあれは聖のソーマの歌による影響だろう。


 それが魂であることの影響なのかは零にも知り得ない事だが、聖のソーマとは相性が悪い確率はかなり高いといえる。


 その上で祓のようなものをされては、一体どのような影響があるか――


「で、でも何もないのに祓をやって逆に悪影響が出たらマズイよね――」

「う~んでもそんな悪影響があるようなものなら、イービルにも使えないと思うけど……まぁ僕のはもしかしたらって話だからね」


 セシルの浮かべた笑みを眺めながら、簡単にいってくれるよ、と心魂のなかでため息をつく。


「まぁとにかくそういう事なら、今日は一旦戻っておいたほうがいいわね」


 マーニの発言に、シドニーは仕方がない、と不承不承といった雰囲気で口にし、セシルは、そうだね、と素直に返し、そして気持ちの昏い零も含めてその場はお開きになる。


 だが帰路につく零の脚はどことなく重く、万が一はどうごまかそうかということばかり考えてしまっていた――






 

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