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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
42/89

イービルの処置

 やけに耳に残る高域の叫び。その眼は狂気に支配され、血走った瞳からは正常な意思など感じられない。


 口角を吊り上げ、涎を垂れ流し、藪から飛び出してきたソレは、まるで狂犬病にでもかかった獣のようだ。


 そして彼、どうやら邪気にあてられたらしいイービルは、狙いを零に定め、両手で振り上げたバスタードソードを用いて斬りかかってくる。


 だが、完全に狂気に飲まれたその撃剣は乱れに乱れ、型も崩れ、ただ本能の赴くままに行動しているようにしか思えない。

 

 不意をつかれたとはいえ、これであれば零なら余裕で躱せもするが――どうやらその必要は無さそうであり。


「ふむ、まさか本当に狂気に飲まれる奴がいるとはね」


 左手で顎を擦りながら、意外そうな顔を見せるロック。

 その右手には振り下ろされたイービルの剣がしっかり握りしめられていた。

 彼は全くなんの躊躇いも見せず、勢いの乗ったその刃を、軽々と片手で受け止めて見せたのである。


 普通であれば、そんな事をすれば下手したら指が切断される。よくても手にかなりの怪我を負うことだろう。


 だが、ロックの分厚い掌は、かすり傷一つ負っていない。


 あの邪獣を相手にしても全く物ともしなかったのは伊達じゃないな、と零は思わず感嘆してしまう。おかげで無意識に口を半開きにしてしまっていたようで、少々間の抜けた顔を晒してしまった。


 とはいえこれは、身体の扱いに慣れてきたと喜ぶべきことなのかもしれないが。


「とりあえず仕方がない。ちょっと眠っててな!」


 ロックはそう言って、イービルの腹部に岩石のような拳をめり込ませた。

 グフゥ! という呻き声が漏れてきて、そしてイービルはそのまま腰を折り大地に蹲るように倒れていった。


「え~と、これは?」


 マーニが狼狽した様子で尋ねる。

 すると後頭部を擦りながらロックが、

「あぁ、気絶させただけさ。こんな状態じゃ一緒には帰れないだろ?」

と苦笑してみせる。


「まぁ確かに。しっかし迷惑なやつだぜ」


 鼻息を一つ吹きだたせシドニーがいう。言葉の通り、額には迷惑という形に刻まれてるかのような皺が浮かび上がっていた。


「でもイービルは、この状態から回復は可能なんですか?」


 セシルが聞く。その横からシドニーが、そんな奴の事放っておいてもいいだろ、と言い捨てるが、マーニが一睨みしたことでその口を閉じた。

 ただやはりイービルの事はよく思ってないのか、口をへの字に曲げて苛立ちを滲ませている。


「シドニーの気持ちもわかるけど、町で暴れられても迷惑だしね。ロックさんどうなのでしょうか?」


 改めてマーニが聞くと、うむ、と顎を擦り。


「この症状自体は、ミコノフ教会に連れてさえ行けば神官の力で何とかしてくれると思う。聖のソーマによる祓は邪気も落としてくれるからな。ただ――」


 そこでロックが口籠る。


「ロックさん何か問題があるんですか?」


 気になって零が尋ねる。すると少し困ったような表情になりながらもロックが口を開いて。


「そうだな。無関係というわけでも無さそうだし。ただその前に移動しながらでも俺にこれまでの経緯を教えてもらっていいかな? さっきの話しぶりだと、このイービルというのにはあまり皆いい感情を抱いてないようだしな――」





◇◆◇


 ロックを先頭に零達は山を下っていた。あの化け物は彼のいうようにそのままにしてあるが、それを考慮してもやはりロックの力は凄まじい。


 何せ右肩には体長三メートルほどはあるアックスディアを乗せ、それを片手で押さえながら、右腕にはイービルを抱えているのだ。


  山を降りはじめるときには、シドニーも気を利かせて解体しておきましょうか? と尋ねたが、解体している時間が無さそうだということでロックがアックスディアを軽々と担いでみせたのである。


 アックスディアの体重はこのクラスだと優に三〇〇キロは超える。更に背中にはあの巨大な斧も背負っている。

 にも関わらず全く問題にしてる様子はなく、余裕の表情で前を歩き続けている。


 その姿に皆も随分驚いていた。ちなみに血抜きは終えているらしい。


 そして暫くは唖然として山を下っていた面々であったが、ロックが気軽に話しかけてきて、その為か割りと帰路はすぐに和み、そのままイービルとの話に切り替わり山での顛末を伝えていく。


「なる程な。確かにそれは中々歪んだ性格をしていたみたいだな。どうりで……さっきもいったように邪気に精神を支配されるのは心に闇を持っているものだ。そういう意味ではこの男の条件はぴったりだったわけだ」


 ロックに抱えられ前後に揺れるイービルをみやりながら彼はいう。


「あの、それでロックさんさっき何かいいかけてましたけどあれは?」


「うん? あぁそうか。いや実はな、確かに教会に連れて行けばこのイービルは元に戻る。だがその後が問題でな。話の通り邪気にあてられて正気を失ったりするのは元々心に邪心を抱えている場合だ。勿論人は誰しもそういった感情を持っているものだが、邪気に蝕まえるのは特にそういった気持ちが強い場合が殆どなんだ」


 ロックの説明にシドニーが、だったらイービルは成るべくして成ったってとこだな、と口をはさむ。


「まぁそのへんはなんともいえないが、ただ当然教会はそれを前提に判断しているからな。教会にいけば確かに治してはもらえるが、その後は神官たちから厳しい詰問を受けることになる」


 ロックはそこでひとつ溜め息を吐き出した。


「それを受けると何かあるのですか?」

  

 零が問うとロックが顔を向けてきて話を続けた。


「そうだな。今俺が聞いたのが全て真実なら」

「俺達は嘘は一切いってないぞ」


 言下に口を出したシドニーに苦笑しつつ。


「恐らくこの男はソーマの力を封印される事になるだろう。無闇に力を振るい山を荒らしたのはそれだけでも罪は大きい。王国的にもそうだが、教会としてもな。俺も今回の件は化け物の事も含めてレンジャー協会に報告する必要があるし、誤魔化しようがないだろ。まぁそもそも例えこのシドニーが白をきろうとしても、教会連中はすぐ見抜いてしまうけどな」


「でも、ソーマの力を封印なんて可能なんですか?」


 これはセシルが尋ねた。イービルの身を案じてか表情が若干暗い。セシルも随分ひどいことをいわれ、イービル自身もブラックベアを散々傷つけてもいるのだが、それでも彼に同情してしまうのはセシルの心優しさゆえか。


「俺もそこまで教会のソーマには詳しくないんだけどな。ただ教会連中の使う歌の力にはそういう効果のもあるらしいんだ」


 そうなのか、と零はその事をよく覚えておこうと思った。同時に自分にもその効果は現れるのか? とも少し考えたが、少なくとも零自身が教会に咎められる事情はない。


 一応前の試合の事があるにはあるが――それとなくロックに訪ねても見たが、ソーマ士同士が納得の上であくまで練習試合的に行った事ならそこまで問題になることはないようだ。


 ただソーマ士ではないマーニに承知もさせず、ソーマを使ったことは問題がありそうだったが、それは敢えてはいわなかった。


 ただ話を聞いてる分には、イービルへの詰問の際に、その話にも触れられるかもしれない。


「問題なのはこの事で、恐らくイービルは騎士にはなれなくなってしまう可能性が高いという事か。王国には間違いなくレンジャー協会やミコノフ教会を通して伝達される。それは勿論王国軍の騎士団の耳にも入るだろうしな」


 そうなんだ……とマーニが憐れむような瞳をイービルへ向けた。

 自業自得とはいえ、同じ騎士を目指す身として残念に思ってるのかもしれない。


「まぁしゃあないんじゃないのか? マーニやトイにも随分な事をいってたし、因果応報って奴だと思うぜ」


「……あんた頭わるそうなのにそういう言葉は知ってるのね」

「余計なお世話だ!」


 そのやり取りを見てると零はちょっとだけホッとした気持ちになる。


 しかし、イービルの事は零とていけ好かないやつという思いも強いが、それでも騎士の道が絶たれるかもしれないというのには気の毒な思いもある。

 

 出来れば今回の件をきっかけに魂を入れ替えて、少しは人の気持のわかる人間になって欲しいとも思うが――


「ところで、そのブラックベアの子供はどうする気なんだい?」

 

 セシルの横に並んで歩く子熊を一瞥し、ロックが問いかけた。


「……僕の家で一緒に暮らそうと思います。両親がなんというかというのもありますが、それは必ず説得しますし僕が責任持って面倒見ますので」


 ロックは、そうか、とだけ述べそれ以上は何もいわなかった。子熊はみたところすっかりセシルに懐いているようである。

 確かにこの様子を見る限りセシルが育てるのが一番なのかもしれない。


 と、そう思って山の中を歩いていたその時――


「トイ~~~~~~!」


 突然藪の中から馴染みの声が聞こえてきて、零にむかって飛びつき、押し倒してきた。巨大な果実が零の顔を覆い隠す。


「良かったぁ~~トイ無事だったんだね――本当に本当に良かったよぉおおお」


「ふごご! ふぐぉ! ふぐぉっほ!」


 脅威の胸圧によって完全に口が塞がれ、零の声にならない声が響き渡る。


「ジェ! ジェン様がどうしてここに!」


「いや、てかジェンさんそのままだとトイが別な意味で無事じゃなくなるんじゃ……」


 とりあえず零は死ぬことはないが、今の状況を想像すると魂そのものが沸騰して気化してしまいそうだ。


「え? あ! ごめんねトイ! つい!」


 そこで漸く、姉の柔らかい果実から開放された。


「ははっ、全くジェンは相変わらずだな」


 様子を見ていたロックが、苦笑交じりに述べる。

 するとジェンが彼を振り返り、そこで、あ、と声を漏らす。


「ロック! なんだよお前来てたのか~久しぶりじゃないか? どのくらいぶりかな~?」


 立ち上がり笑みを浮かべながら彼にそう話した。


「いや、久しぶりといっても前の月に仕事で会ってるけどな」


 ロックのおいおい、といいたげな返しに、うん? そうだったか? とジェンが思案顔をみせた。


 気のせいかロックの表情が寂しそうにも感じられる。


「てか、なんでお前がここに?」


「いやそれは俺も聞きたいとこだけどな」


「私は町に戻ってきてやたら騒いでいたふたりの話を聞いてな」


「ふたり……あの! もしかしてそれって!」


 マーニが感づいたように声を張り上げると、ジェンが彼女に視線を移し。


「うん。イービルという男と一緒に卒業後の狩りの為に山に登ってたというふたりでな。化け物に襲われたというのと、その時トイ達も一緒にいたというのを聞いてね、急いでここまでやってきたというわけさ」


 やっぱり、と皆が得心のいった顔をみせる。


 そしてその後は、ロックがことの顛末を、ジェンに聞かしてあげるのだった――


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